第422話 方々の協力を集めて
「ただいま~。あれ? ユータは~?」
「おう、おかえり! ユータまだ帰ってきてねえんだ」
外は既に暗くなっている。ユータのことだから、危険な目には遭っているかもしれないけれど大丈夫だろう。ただ、家族が心配を始める前には帰って来て欲しい。ラキはふう、と息をついてベッドへ腰掛けた。
「どうだった? 収穫は?」
タクトはゆっくりと椅子を跨いで座り、背もたれに顎を乗せる。
「どうかな~? 情報は集まったけど、それが必要なのかどうかは分からないね~」
ラキは苦笑して靴を脱ぐと、脚を揉んだ。あちこちの店や加工師の伝手を辿って、随分と歩き回ったものだ。
「タクトは歴史なんかを聞きに行ってくれたでしょ~? それ以外の情報はあるかなと思って――」
風の精霊に纏わる装飾品や、芸術品。その類いから情報を集めていたラキは、少しため息をついた。
「本当にね、廃れていったんだなって思ったよ~。昔はもっと風の精霊の像だとか、装飾品がたくさんあったんだ~」
「そうだな、カン爺も言ってたぞ。祭りもあったはずだってな。なんで忘れられていくんだ?」
「王都が安定しているから……かも、しれないね~」
ラキは加工師の言葉を思い出す。
『そもそも、もうとっくにいなくなったんじゃないかって言われてるぞ? ま、いてもいなくても、俺達に関わりはないけどよぉ』
随分と皮肉なことだ。もしかすると、守られていたから安定したのかもしれないのに。
2人は頭を悩ませた。存在を感じられなければ、いないのと同じ? でも、それなら神様だって誰もが存在を感じられるわけでもないだろうに。
「神殿とか、目に見える何かがあれば違うのかな~?」
「でもさ、神殿作ったって精霊がいないと思ってたら行かねえよ? 神殿だけあっても意味なくねえ?」
2人が再びうーんと唸ったところで、部屋の扉が開いた。
「ただいま……」
「おかえり~? どうしたの~?」
「おかえり。どこ行ってたんだ?」
ばふっとベッドへ突っ込んだユータに、2人は首を傾げた。
「ちょっと……色々な所に。つ、疲れたぁ……」
ユータが疲れるなんて、相当だ。
「タクト、ラキ、ありがとう。お疲れ様! 2人は何かお話聞けた?」
一体何をしてきたのかと戦慄する2人に、ユータはくるりと顔だけ向けて微笑んだ。
* * * * *
「どうするのがいいのかな……」
2人からの話も聞いて、オレはベッドの中で寝返りを打った。サイア爺の猛特訓でかなり疲れているけど、まだ眠れない。
『風の奉納舞いを練習するのはいいけど、それをどうするの?』
「うん……奉納するための舞いなんだから、別に大勢の前で舞う必要はないと思ってたんだけど……」
奉納舞いは、精霊の力を高めるそうだ。オレが舞うことで多少なりとも、シャラの力になればと思っただけ。でも、例えそれが効果的だったとして、オレの一生分の時間稼ぎにしかならない。
『せっかくだから、大勢の前ですればいいじゃない。シャラの宣伝をするんでしょ?』
胸の上で、モモがぽんぽんと跳ねた。そうだね……この際恥ずかしいなんて言ってられない。でも、どこで? 路上ライブみたいにやれば誰か見てくれるだろうか。
「風のお祭りが、今もやっていればよかったのにね」
タクトの話が頭を掠める。カン爺の言う『昔』がいつの頃か分からないけれど、例えささやかでもイベントがあれば、完全に忘れられることもないだろうし、毎年奉納舞いがあれば……オレがいなくたって引き継がれていくのに。
『お祭り、楽しいよ? やっちゃだめなの?』
ベッドの下に寝そべっていたシロが、のし、と頭をベッドに乗せた。冷たいお鼻がちょんと頬に触れる。
「だめじゃないけど、やってないんだもの……」
――じゃあ、すればいいの! ユータの舞いはいいものなの。みんな見るべきなの。
首元で寝ているかと思ったラピスがもそもそと動くと、きゅっきゅと声をあげた。すればいいって、そんな簡単にできるものじゃ……。
そこまで考えて、はたと思った。できるものじゃない、だろうか? ちょっと規模の大きいパーティだと思えば、もっと気軽に催せるものじゃないだろうか。しかも、元あったお祭りの再興だ。
「できる、かもしれない?」
もしかしたら賛同してくれる人もいるかもしれない。なんせ王家に縁のある精霊を再び奉ろう、って企画だもの。たとえそこに、王家にいい顔をしたいなんて思惑があったとしても。
オレはひとつ頷くと、みんなをひと撫でして目を閉じた。
「お前、また厄介ごとに首突っ込んだのか?」
朝になって、さっそくカロルス様たちに話をした。
まだ何も詳細を話していないのに胡乱げな目を向けられ、慌てて首を振った。
「ち、違うよ! お城の精霊さんを元気づけたいだけ!」
オレ一人で動いたって無理だ。もうセデス兄さんにはバレちゃってるし、力を借りたいなら話さなきゃいけないよね。まだ何もしでかしてないし、これはきっとイイコトだと思うんだ。
「――ああ、結局そういう方向になったんだ。確かに、お祭りでもやれば精霊の力にはなるかもしれないね。ユータのことだから、てっきりお菓子でも持って行くのかと思ったよ」
オレの説明を聞いて、セデス兄さんは笑った。お菓子はもう渡したから……でも、そうか、お菓子か。お祭りをするなら何か特徴的なものがあればいいかもしれないなぁ。それこそ、それを見ればシャラを思い出すように。
「ユータちゃん」
……がしり。
しばし何も言わずに佇んでいたエリーシャ様が、オレの両肩を掴んだ。思いの外真剣な眼差しに、視線を逸らせなくなる。
「――エリーシャ・ロクサレン、この鋼の淑女の名にかけて!!」
……『鋼の淑女』?
「絶ッッッ対に開催させるわ!!」
ぼっ! と両の瞳に炎が灯った気がした。何なら背後にも炎が見えるような気がする。
「え、えっと……ありがとう……?」
あの、どうしてそこまで熱が入っているの? それと鋼の淑女って何……?
「っだからっ!! 絶ッッッッ対に魅せ……見せてね?! 行くわよっマリー!!」
「はいッッッ!!!」
二人はまるで周囲を焦がすかのような勢いで飛び出していった。
「あの……もしかしてお祭りを開催するのって、もの凄く大変なことだった……?」
呆然と見送ったオレは、恐る恐る問いかけた。
「そんなわけないだろ。あんな気合いが必要なわけねえんだよ……」
「祭りの理由に引っかかる所はないし、普通にウチが声かけて多少の援助をすれば、小さな催しぐらい許可されるよ……」
「「お前(ユータ)が舞いを披露するなんて言うから……」」
そこ?! カロルス様とセデス兄さんのため息に、思わずガックリと脱力した。そうだ、そういう二人だったね……。
『いいじゃん! 勝手に頑張ってくれるなら大歓迎!』
『その代わり、とっておきの舞いを披露しなくちゃね~』
右と左の肩で、チュー助とモモがシャキーンとやった。
がんばるけど……。オレは、ハードルが随分上がってしまったと項垂れた。
「そうなのね。確かに私たち風の精霊のこと、あんまり知らないわ。この街に住んで守ってもらってるのに、確かに薄情なことよね。うん、お祭りするなら協力するわよ!」
ガウロ様の別邸で、ミーナ含む子どもたちも頷いてくれた。よし、この子達はしっかりと訓練を受けているし、賢い。戦力になるはずだ。もちろん、オレがシャラに会ったことは話していない。
「それで、何か手伝うことがあるんでしょ? 何をすればいいの?」
察しのいいミーナに口角が上がる。頼もしい、ミーナが率いてくれるなら間違いなしだ。
「うん、もしお祭りが開催できたら、特別なお菓子を販売してほしくて……」
オレの台詞に子どもたちの目が輝いた。よしよし、今まで度々餌付……お菓子をプレゼントしていたことがこんなところで功を奏するとは。
オレの構想に、子どもたちは全面賛成してくれた。自分たちが一番にそのお菓子にありつけるという、とっておきのご褒美に釣られただけとは思いたくないところだ。
ガウロ様はあまり子どもたちのすることに口出しはしないそうだから、きっと許可を出してくれると、ミーナは胸を張った。
「まだまだじゃのう……スジはよいよ、うまく魔素が動いておる。じゃが、まだまだ粗いの」
うぐっ……厳しい……。地べたに突っ伏して荒い息をついていたオレは、再び自分に回復を施して立ち上がった。
「ま、まだまだ……!」
「うむ、よいの。その根性だけは見上げたものじゃ」
オレはあの日以来、ひたすら時間を見つけては舞いの稽古に励んでいた。
ラピスもかくやという鬼指導で、舞いの形は整ってきたと思うんだ。
でも……
「風の舞いは概ねよいの。火はダメじゃ、からっきしじゃ」
そう、タダでは教えてもらえなかった。いや、お金はかからないけど。どれも基本形は同じだからって、なんとサイア爺に他の奉納舞いも覚えることを条件に出されていた。
「舞いはの、己の体で描く魔法陣じゃ。古の秘術よ。正確に伝えねば廃れてしまう。今どれほど正確に残っておるものか……だから、ぬしが覚え、伝えよ」
貴重な知識の伝授。本来なら何物にも代えがたい価値があるのだけど……オレが覚えたって、披露する場面なんてないよ……。風の舞いだけは引き継いでいかないといけないので、お手本になる必要があるけれど。
――まーがれっとは舞い、できるの?
「もちろんだ。だけど私は舞いを受ける側になるからな。必要あるまい」
青い髪を揺らし、マーガレットが顎を上げた。
「ぬしも未熟よ、ほれ、共に競い合うが良かろう」
「なっ……」
お前のせいだからな! と言わんばかりにキッと睨み付ける視線に、思わずへらりと笑った。よし、君も道連れだ。共に血反吐を吐くまでやろうじゃないか。
ボロボロになって笑うオレに、マーガレットがぶるりと震えたようだった。
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