第420話 充電後、活動再開
「おかえり。途中でどこかへ行っちゃったって母上たちが心配していたよ?」
館へ戻ってくると、廊下でばったりセデス兄さんと会った。大丈夫、オレが館に戻ってきたのはきっとマリーさんなら分かってるはずだ。
「お城は退屈だった? 今度母上に頼んでみなよ、お城の見学くらいなら許されると思うよ」
ただいま、と返したオレに、セデス兄さんがふんわり笑って覗き込んだ。
「うーん、でも、エリーシャ様はあちこちにオレを紹介するでしょう?」
村でさえちょっと変わった服を着ただけで連れ回されるんだもの、初めましての人ばかりなら全員に挨拶しに行きかねない。
「あははっ! それは違いないね!」
朗らかに笑うセデス兄さんに、ふと聞いてみたくなって両手をさしのべた。セデス兄さんはこの街で長く住んでいたもの。
「なんだい? お部屋にいく?」
こっくり頷いたオレをひょいと抱き上げると、王子様の顔がすぐそばだ。歩き出せば、サラサラと流れた髪がオレの頬をくすぐった。
「どうかしたの? お城で何かあったのかい?」
ぽすんと腰掛けたベッドの隣が、大きく沈み込んだ。傾く体のままにセデス兄さんにもたれかかると、よしよしと頭を撫でられた。
「うーん、何も危ないことはなかったよ」
たぶん。街が危機にさらされていたかもしれないけれど、結果的に危ないことはなかったよね。可笑しそうに笑ったセデス兄さんが、オレを膝へ抱き上げた。
「普通、そういう返事にはならないんだよ。まあ、危ないことがないならいいんだけど」
なんだか、寂しさに触れたせいだろうか。それとも泣いたせいだろうか。側にある大きなぬくもりが心地いい。
完全に力を抜いていると、セデス兄さんの頭が下りてきてオレの髪に突っ込んだ。
「ユータ、なんか作った? いい匂いがするよ」
ふがふがと言われて違う意味で脱力する。
そうじゃない……ほら、髪を手にすくって近づけるだとかさ、優雅な仕草がいろいろあるわけでしょ? どうしてそんな……オレが蘇芳のお腹に顔を突っ込む時みたいなさ……。
「セデス兄さん……それ他の人にやっちゃダメだよ」
ため息交じりに呟くと、妙に弾んだ声が聞こえてきた。
「えっ? ……それはその、いわゆる自分以外にはやるなっていう独占欲的なアレで、オレの兄ちゃんはオレだけの特別ってヤツで……」
「ちーがーう!」
そうじゃない!! 地団駄踏みたい気分でばしばしとオレを抱える腕を叩いた。
「そんなんじゃセデス兄さんは王子様みたいになれないから! ぜーったい!」
「そっかぁ、ユータは僕にカッコイイ王子様になってほしいんだね?」
むきになって反論していると、さっきまでの胸がスースーする感覚がなくなっていた。暴れたせいで、体もぽかぽか温かい。
なんだか面白くない思いで、固い腹へどすんと無遠慮に背中を預けた。
――そうだ、セデス兄さんをからかうために来たんじゃないんだ。
「セデス兄さん、知ってる? あのね、お城では風の精霊さんを奉っているって聞いたの」
体を捻って見上げると、案外強い腕がひょいと簡単にオレを持ち上げて横座りの体勢へ変えた。
「風の精霊かぁ。うん、知ってるよ。城の一番高い位置に祭壇があって、王様が代々引き継いで精霊を奉ってるとか。授業で習ったなぁ。それがどうかした?」
ううん、と首を振った。有名な話なんだな。でも、名前は知られてないのかな。
「街の人達は風の精霊さんを奉ったりしないの? ここ、とても風が気持ちいい場所だから、ちゃんと風の精霊さんが守ってくれていると思って……なのに、お礼をしないの?」
「そうだね、昔はそういう風習もあったみたいなんだけどね。でも、今でも残ってるものはあるでしょ? 挨拶とか、風に纏わる挨拶が多いんだよ」
「挨拶……?」
オレはふと店員さんの挨拶を思い出した。『やぁ、今日もいい風だね!』王都独特の芝居がかった言い回しで、都会的な響きだなと思っていた。
「よく言うでしょ? いい風だね、とかいい風が吹きますように、とか」
そっか……それがシャラの名残。確かにそこにいた証なんだな。でも、オレはもっと――
「ねえユータ、精霊に会ったの?」
思わず飛び上がって見上げると、おでこがぶつかるほどの距離で覗き込まれていた。
「え、え、どう、して??」
会ってない、とも言えずそわそわと目を伏せた。
「……会ったんだ。本当にいるんだね、この街に風の精霊が」
会ったとも会ってないとも言っていないのに断言されて、ますます縮こまった。
「……小さい精霊さんに、会ったよ」
ウソは、言ってない。なのに、セデス兄さんは目を細めてフーンと言った。思い切り含みのある相槌に、耐えきれなくなって視線を上げる。
「な、なに……?」
「『小さい』精霊さんねぇ。精霊さんなんてみんな小さいんじゃないの? どうしてわざわざ小さいと? 大きい精霊さんって何かなー、なんてね?」
オレは思わず目を見開いた。そんな、ずるいよ……どうしてそんなことでバレちゃうの。
別にシャラは人に言うなとは言わないし、むしろ知られることは歓迎だろう。でも、オレが歓迎じゃない……だってシャラと会った場所が場所だから……。
酸欠金魚状態でお口をパクパクさせるオレに、セデス兄さんがため息をついて腕の力を込めた。
「危なくはなかった、そうなんでしょ? まったく……それで、精霊さんにお礼がしたくなったの?」
オレは不承不承頷くしかなかった。でも、それだけじゃない。
「精霊さん、元気がなかったから……何か元気づけてあげたいと思って」
「……そう。それならユータには僕より詳しい人たちがいるんじゃない?」
オレは、セデス兄さんの台詞にハッとしてその双眸を見つめた。
「――うん! じゃあ、オレ行ってくる!」
にこっと笑うと、セデス兄さんの腕が解けた。ぴょん、と膝から飛び降りてばいばいと手を振る。体に残る固い腕の感触と、ほこほことしたぬくもりが心地良かった。
「ねえ! シャラを知ってる?」
「知らん」
勢いのままに漆黒の毛並みへ突っ込むと、即答で返事が返ってきた。
「ええっ? 知らないの? ルーは知ってると思ったのに」
つい出た言葉に、ルーの尻尾が少し膨らんだ。
「うるせー! なんだその名前は! それだけで分かるわけねー!」
ご機嫌ななめにそっぽを向く体を撫で、確かにと思い直して改める。
「えーと、王都の上級精霊で、シャラスフィードっていう風の精霊だよ」
「……知ってるわ!」
良かった、やっぱり知ってるんだね。
オレは、なんとか機嫌を直そうと、ふて腐れる獣を撫でさすりながらシャラスフィードの話をした。
精霊のことも人のことも、オレはなんでも話せる相手がいる。それも、一人じゃない。
――呼んできたの
ちょうどルーと話し終えた頃、ラピスがぽんっと現れた。
「あ……じゃあね、ルー! ごめんね、また来るからね!」
つかの間の滞在をわびると、いつものごとく来るんじゃねーと憎まれ口が帰ってきた。ごめんね、でも他の人にも相談したくて。
転移した先は、見慣れた秘密基地。そこに4つの光球が浮かんでいた。
「会いたかったー!」「ひさしぶりー?」「まだひさしぶりじゃないー?」
胸元に飛び込んで来た妖精トリオを抱きとめて笑うと、落ち着いた声が聞こえた。
「先日会ったじゃろう、久し振りとは違うの」
「チル爺! ごめんね呼びだして」
「構わんよ、して何じゃ、お守りの作り方かの?」
それはこの間もう聞いたよ!
妖精と精霊は、人と精霊よりは近い存在だろう。それに、チル爺たちはエリーシャ様と共に城まで入ったこともある。
シャラスフィードのこと、オレは全然知らないから。もっと詳しく知りたい。
そして――彼が消えずにすむ方法があれば……
オレはぐっと顔を引き締めてチル爺を覗き込んだ。
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