第416話 お偉いさんへの報告
大きな揺れと共に、馬車はゴトゴトと妙に響く音へ変わった。加えて、本来の揺れとは別のゆらゆらした揺れを感じる。
「この跳ね橋を抜けたらもうお城の中が見えるわよ」
エリーシャ様の声に、辛抱たまらず窓から身を乗り出した。下を覗けば、水をたたえたお堀まで結構な高さがある。大きな跳ね橋には不釣り合いなほど頼りない柵しかなくて、おしりがひやっとした。
「落ちるなよ。何がいるかわかんねえぞ?」
「えっ? 何かいるの?!」
慌てて首を引っ込めて見上げると、カロルス様は窓に肘をついてニヤッと笑った。
……絶対ウソだ!! 文句を言おうと口を開いた所で、またガタンと馬車が揺れた。
「さあ、着きましたよ。 馬車はここまでです」
そっと手を添えてオレを支えたマリーさんが、イイコにしていてくださいね? と言わんばかりに人差し指を唇に当てた。
「大丈夫! イイコにしてるよ。お話し、しないよ!」
オレも人差し指でしいっとやると、後ろからは鼻で笑う声が聞こえた。
当然のように抱っこされつつ、オレたちは案内に従って城内を歩いた。
お城だったらエルベル様の所で慣れているはずだけど、知らず知らず息を詰めてしまう。装飾以外何もない長い廊下には、高価そうな燭台がたくさん並んで複雑な影が揺れていた。
「いてっ」
腕の中であっちを向き、こっちに振り返り、忙しく全方位に意識を向けていたら、ふり向いた瞬間、カロルス様の顎にぶつかった。
いったぁ……。オレは赤くなっているだろうおでこをさすって、肩口に顔を伏せた。
「おいおい落ち着け、イイコにしてるんだろ?」
ぽんぽん、となだめるように背中を撫でられてムッとする。イイコにしてるよ? ちゃんと抱っこされておしゃべりしてないからね!
『まあ、少なくとも今のところは、お城に興味津々な完璧なる幼児ね』
モモがため息をついてへにゃ、と平たくなった。ラピスが心配するのでモモとティアだけはオレの両肩に乗っているんだ。スライムと小鳥くらいならペット?枠になるらしい。
オレたちが通されたのは、豪華ではあるけれど、思ったよりこぢんまりしたお部屋だった。カロルス様とエリーシャ様に挟まれて座りながら、少し拍子抜けする思いだ。
なんだ……もっとこう、バーンと大きな扉が開いて、赤くて長い絨毯がドーンと伸びて、お人形みたいな兵士さんがズラリと並んで、ばばーんと玉座があるような場所に行くのかと思ってた。
「ねえ、王様に会うの?」
黙っているのに耐えられなくなって、小さな声で傍らのエリーシャ様を見上げた。
「うふふ、そんなに緊張しなくて大丈夫よ、そうそう王様と会うようなことはないの。騎士さん達とお話しするだけよ」
そうなのか……お城と言えばてっきり王様の所へ行くのだと思っていた。せっかくお城に来たのになぁ。
緊張は解けたけれど……オレは複雑な思いで足をゆらゆらさせた。
「――失礼します。準備が整いました、こちらへどうぞ」
そろそろじっと座っているのが限界を迎えそうになった頃、上品なノックの音と共に扉が開いた。てっきりこの部屋に誰か来るのかと思っていたけれど、そうか、オレたちが移動するのか。
「失礼する……」
別の部屋まで移動すると、カロルス様が先に扉をくぐった。続いてエリーシャ様に抱っこされて部屋へ入ると、カロルス様が妙な顔をしていた。
「仰々しいな……お前かよ……お前が来いよ」
脱力したカロルス様にギョッとする。ここ、お偉いさんの部屋でしょ?!
「はっはっは! 行けるわけねえだろ! それこそ大層な供を連れて行くことになるぞ!」
響いた大声に、思わず飛び上がってエリーシャ様にしがみついた。とても聞き覚えのある声に、遠慮なく部屋の主へと視線を走らせた。
「ガウロ様?」
「おう、ガウロ様だ。お前、他のヤツだと色々誤魔化すだろうが。だから直々に出てきてやったぞ!」
ビリビリするような声音に、オレもぐったりと脱力する。なんだ……緊張することも幼児のフリする必要もなかったじゃないか……。
「お前が『あの』天の使いだったんだな、ミーナに言われるまで気付かなかったぞ! それで、一応話は聞いているが、お前たちからも直接報告してくれるか?」
室内にオレたちとガウロ様だけになると、エリーシャ様が事の顛末を説明した。
難しい顔で聞いていたガウロ様が、ギシリと背もたれに体を預ける。
「あの時に戦闘した男の方で間違いないんだな? 女の方は桁外れだと聞いたが、その男はどうだ?」
「男の方はAランクなら問題ないな。ただ、どんな状態でも生きてやがる」
カロルス様の台詞に、ガウロ様が眉根を寄せた。
「どういうことだ」
「さあな、強力な回復する術があるのか、魔道具なのか、何かは分からねえけど油断はしないことだ」
「そうか……。で、今回お前は運良く見逃してもらったことになっちゃあいるが? そんなわけねえな? うちの騎士たちが言うにはしばらく戦闘しているような騒動が続いていたらしいが?」
ガウロ様が悪人顔でにやりと凄んだ。
バレてる……そりゃそうだよね、オレ、ガウロ様と本気の模擬戦したもの。困ってカロルス様を見上げると、ぽん、と頭に手が置かれた。
「お前に言ってもいいが、他へ漏らせない情報になるぞ?」
「そんなにこいつが心配なら俺の部隊に入……待て待て、相変わらず冗談の通じねえやつだ」
後ろの方で控えていたマリーさんから、ぐんと圧力が増した気がした。苦笑したガウロ様がため息をつくと、肩をすくめた。
「ま、仕方ねえ。――お前だろ? ミックを助けたのは。借りができちまったからな。いいぜ、情報はもらうが他へは漏らさん。この首にかけてな」
「お前の首なんかいらねえよ」
ちらりとオレを見下ろして頷いたカロルス様に、オレも頷きを返した。例えミックのことがなくたって、ガウロ様は約束を守ってくれると思う。オレはあの時の状況を、思い出せる限り提供した。
「情報、感謝する。なるほど、間違いなく誘拐事件の時と同一犯だな。それだとまた誘拐が増える可能性もある」
あれこれと警備のことや対策について話が込み入ってきた所で、オレはすっかり手持ち無沙汰になってしまった。騎士さんの配備についてとか、オレにはサッパリだ。
「ユータ様、もうユータ様のご用事はすみましたので、出ていましょうか?」
マリーさんの申し出に、一も二もなく頷いて手を繋いだ。
「勝手にあちこちとはいきませんが、さっきのお部屋でゆっくり過ごしましょう。お昼寝しても構いませんよ」
「寝ないよ! せっかくお城に来たんだから」
少なくともここでじっとしているよりはと、オレたちは元いた部屋へと廊下を歩いて行った。
廊下の左右にはそれぞれ装飾品や豪華な調度品があって、やっぱり忙しくきょろきょろする必要が出てくる。どちらか片方にすればいいのに。これだと目が回りそうだ。
「わっ!」
右の置物を眺めて視線を戻すと、誰かが目の前に立っていることに気付いて尻餅をついた。
「ユータ様! 大丈夫ですか?!」
回復魔法をかけようとするマリーさんを断って立ち上がると、ぽんぽんとお尻をはたいた。
「……お前、誰だ? 見たことないぞ」
いつの間にか立ちふさがるように立っていたのは、オレより少し大きいくらいの少年だった。偉そうに腰に手を当てると、無遠慮にオレを見つめてぐるぐると周囲を歩いた。
これ、誰だろう? 衣装が豪華だし、お城の中を自由に歩いているなら少なくとも貴族様だ。
困ってマリーさんを見上げてみたけれど、マリーさんはオレしか見ていない。
「あの、こんにちは……オレ、あんまりお城や貴族様のことを知らなくて……」
「ふん、そうだろうな! 何も考えていない顔だ! どうせ我のことも知らんのだろう!」
とてつもなく偉そうだ……いや、実際偉い人の子どもかもしれないけども。
「ユータ様? 行きましょうか」
い、いいのかな? 手を引かれるままに歩き出すと、トテトテとついてきている気がする。
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