第417話 君は誰?

「お前、どこへ行く?」

「えっと、お部屋に戻るだけ……」

廊下でそんな大声を出さないで欲しい。いくらオレが小さな声で答えても意味がなくなっちゃう。

この子はお偉いさんなら怒られないかも知れないけど、オレは怒られるんだからね!


誰かに咎められやしないかとひやひやしながら、オレたちはさっきの部屋へたどり着いた。

「さあ、こちらでゆっくりと待ちましょう。寛いでいて構いませんよ」

「こんな所で何をするというのだ。退屈ではないか」

部屋へ入れば興味をなくして立ち去るだろうと思ったのに、少年はなんと部屋の中まで着いてきている。

『つまらない』と顔にでかでかと書いてある少年をちらりと見て、どうしたものかと眉を下げた。不機嫌にさせたらさせたで、お咎めを受けたりなんてことは……ないよね? 


不安になってマリーさんを見上げると、マリーさんはにっこり笑った。

「退屈ですか? お城の中を歩くのは私とではない方がいいでしょうし……このお部屋にも色々な調度品がありますよ。お部屋の中なら見て回って構いませんよ」

「こんな狭い部屋に何があると言うのだ」

ぶすっとへの字口をした少年に、そろそろマリーさんの鉄槌が下りやしないかと、オレは慌てて立ち上がった。

「きれいなものがいっぱいだもんね! オレ色々見てみる!」

壁際へ駆け寄ったオレに釣られて、少年もそばへやってきた。ラキなら大喜びなんだろうけど、オレも正直あまり調度品に興味はない。でも、背景の一部だったそれらは、意識を向けてみれば案外退屈しのぎにはなりそうだった。


「……それはダリザのモチーフだな。富と繁栄を願ったものだ。そっちはツキカンムリ、勝利と栄光の象徴だ。どうせお前は知らんだろうが」

しっかりと彫り込まれた植物のレリーフを撫でていると、少年が横から偉そうに口を出した。幼い見た目に似合わないしっかりとした口調と、見た目相応に得意げな顔がアンバランスで可笑しい。

どうやら彼も、何も知らないオレに教えるという退屈しのぎを思いついたらしい。オレが触れるもの、興味を示したものに片っ端から説明をしてくれるようになった。

「この置物、宝石かなぁ? 神様の像? きらきらしてるね」

「ふーん。この色なら風の精霊をイメージしたものだな。ほら、これがそうだ」

オレの手元を覗き込んだ少年が、ばさっとマントを翻して見せた。涼やかな色は、確かに風を思わせる軽さでひらりと舞った。

「きれいな色だね!」

「そうだろう、この王家に縁のある特別な色だからな。よく見ろ、あちこちに使われている」

なるほど、見回せば煌びやかな中にもその色が印象的に使われているようだ。


幼いのに随分としっかりした子だ。そして、結構物知りだ。そこへ来て、王家の色を身につけているって、これは相当アレじゃないだろうか。

その、もしかして、王子様なんてことは……。でも、それならマリーさんがもっとそれなりの態度をとっていると思うんだけど。

「面白いものがありましたか? ユータ様なら大丈夫でしょうけど、高価なものが多いですからお気をつけ下さいね」

振り返って様子を窺うと、マリーさんはやっぱり普段と変わりなく微笑んだ。王子様相手に緊張した様子など微塵も感じられない……でも、マリーさんだしなぁ。そう言えばエルベル様に会った時も大して緊張した様子はなかったもの。

うん、マリーさんの態度は全く当てにならない。ひとつ頷いたオレは、ちらっと隣に視線をやった。

「どうした」

「えっと……その、オレはユータって言うの。あの、君のお名前は?」

もっとしっかり敬語で話した方がいいのだろうか、でも幼児らしくしろと言われているし……。

「やっぱり我を知らんな! 不敬だぞ」

恐る恐る聞いてみると、不機嫌に腕組みをした少年が、ふと、何か思いついたようにニヤッと笑った。

「フン、では間抜けなお前にチャンスをやろう」

イタズラっぽい顔に、嫌な予感しかしない。


「我の名前を当ててみよ! 当てられたら良い場所に連れていってやろう! ただし、もし当てられなかったら……」

「あ、当てられなかったら……?」

「風の災害が国を襲うだろう」

急にスケールの大きくなった話に、思わず苦笑した。せ、責任が重すぎる……もう少し、デコピンとかスケールの小さなものにしよう? どうやらオレの心中を察したらしい少年が、じろりと睨んだ。

「お前、そんなことできないと思っているだろう」

そう言って、ずいと手のひらを差し出した。小さな手のひらに乗っているのは、ころりと丸い、ガラス玉のような球体だ。魔道具だろうか……? 

「これ、な……」

なあに、と続けようとして息を呑んだ。しげしげと覗き込んだそれは、まるで荒れ狂う風を閉じ込めたように渦巻いていた。内包された、もの凄い魔力を感じる。

「どうだ? 大災害間違いなしだ。城は無事だろうけどな! お前はどうせ街にいるんだろう?」

とんでもないことを平然と言う少年に、思わずぞくりとした。

「そんなことをしたら、たくさんの人が傷ついて、街が壊れちゃうよ? 絶対やっちゃダメだよ」

「フン、それはお前次第だな! 災害があっても街はまた復興するではないか」

こんな幼子に危険物を持たせたのは誰?! 護身用にしては強力すぎるんじゃ……もしこれが本当に王子様なら、教育を失敗してやしないだろうか?!


「ユータ様? 何をしました? お城であまり魔法を使うようなことをしてはいけませんよ?」

何も発動はしていないけれど、さすがマリーさん、何かを察知したらしい。焦るオレは、気付けば腕の中に抱えられていた。

「う、ううん。なんでもないの」

言うなよ、と下からキツイ視線を感じて慌てて首を振った。どうしよう、マリーさんに言って取り上げてもらう? でも、そんなことしたらマリーさんが罪に問われちゃう。そもそも、この子はまだ何も悪い事をしていない。

「いいか、人に聞いてもいいけど、直接我のことを話して聞くのはナシだ。容姿を言うのもダメだ」

うっ……一番簡単な方法を封じられてしまった。


「待たせたな、ユータは問題起こしてないか?」

その時、ノックの音と共に部屋の扉が開いて、カロルス様たちが帰ってきた。オレは問題起こしてないけど、起こしそうなお子様がいるよ……。

「いいか、お前が城を出るまでに当ててみろ。チャンスは3回だ!」

少年は言い置いて身を翻すと、カロルス様たちと入れ違うようにそっと出て行ってしまった。

城を出るまでって、もうこれから出るんですけど?!

まさか、本当にあれを使うなんて事はないと思うけれど……でも、相手は子どもだ、何をしでかすやら。ひとまず名前を当てれば万事解決、オレはさっそくカロルス様たちに声を掛けた。

「ねえ、王様の子どもって何人いるの? なんて名前?」

「お前、あんまり大声で聞くんじゃねえよ、知らないことが不敬って言われんだぞ。俺も覚えてねえけど」

慌ててお口にフタをしたカロルス様に、じっとりした視線を向けた。全然ダメじゃない、災害が起こるよ?

「あら、ユータちゃんも貴族の自覚が出てきたのかしら? こんなお城で働けたら素敵でしょう? 王家に仕えるなら絶対に覚えておかなきゃね。シルキス殿下、フィーネラ殿下、ルシフィード殿下よ」

良かった、3人なら問題ない、解答権は3回あるもんね。オレはひとまずホッと胸をなで下ろした。

「王子様たちってどんな人なの?」

エリーシャ様に抱えられて廊下を歩きながら、急いで詳細を尋ねた。できれば一発で当てなきゃ心配だもの。


「そうねえ、みんな聡明で心正しい方だって言われているわよ? シルキス殿下は陛下に似て、穏やかで心の広い方よ。王位を継がれるでしょうから、この国は安泰ね。フィーネラ殿下も優しくて見目麗しい方で、きっと素敵なお相手が――」

うーん、どうやら第一王子のシルキス殿下は結構年上なのかな? そしてフィーネラ殿下はお姫様のようだ。じゃあ、きっとルシフィード殿下だ。

エリーシャ様の話を聞きつつそう結論づけた所で、城の出入り口にあの少年が立っているのを見つけた。王子様、そんな所に出てきて大丈夫なの?

『答えは?』

少年はニヤニヤしながら唇の動きで言ってみせる。

『ルシフィード殿下!』

オレも真似て、はっきりと唇を動かして告げた。

「――それでね、ルシフィード殿下はまだまだ幼いのだけど、もう上手にフォークをお使いになるし、ご挨拶もできるようになって――」

続くエリーシャ様の話に、思わず凍り付いた。え、ルシフィード殿下じゃない……?

徐々に近づく少年は、唇を引き上げてゆっくりと首を振った。


「じゃ、じゃあ、シルキス殿下?!」

思わず声に出してしまった。

だけど、慌てるオレを見つめ、少年は再びゆっくりと首を振った。

そして、おもむろにあの球体を取り出してみせる。


どういうこと?! あれ、誰なの?! 王子様じゃない……?

「ユータちゃん、急にどうしたの? 殿下の名前をあまり出さない方がいいわよ?」

どうしよう、どうしよう。もうすぐ城を出てしまう。

「えーっと、えっと、ねえマリーさん、さっきまで一緒にいた子、一緒に遊べたら良かったねえ」

これなら直接聞いてないでしょ?! お願いだから名前を言って! オレは祈るような思いでマリーさんを見つめた。

「さっきの……? なんのことです?」

オレの真剣な瞳に、マリーさんはきょとんと首を傾げた。


「今日はユータ様以外に子どもを見かけてはおりませんが……」


マリーさんの思いもよらない台詞に、オレは目を見開いて言葉を失った。




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5巻発売まで1週間を切りました!

「ネットプリントで全員プレゼント」のポスカもたくさん印刷していただいているようで嬉しいです!ありがとうございます!



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