第415話 登城

気付かないふりをしていたけれど、窓からは次第に明るい日差しが伸びてきて、とうとうオレのまぶたまで到達してしまった。

「うぅ~」

眉根を寄せてごろりと体勢を変えると、まふっと何かに突っ込んだ。

とっても柔らかい……モモより毛が長くて、ラピスやティアより大きくて、シロより細くてやわやわした毛並み。

『おはよう……?』

「うーん……まだおはようじゃない……」

柔らかくてあったかくていい気持ち。そのまま蘇芳のお腹に顔をこすりつけると、小さな手がきゅっとオレの顔にしがみついた。

「……ぶはっ! 苦しいよ!」

べったり顔面に貼り付かれるとさすがに息苦しい。慌てて蘇芳を引きはがすと、紫の大きな瞳がぱちぱちと瞬いた。

『おはよう?』

「まだー!」

再びぎゅっとまぶたを閉じると、反対側へ素早く寝返りを打った。途端にばふっと突っ込んだ別のもふもふ。オレがぐりぐりしたってビクともしないがっしりと立派なもふもふは、間違いなくシロだ。サラサラと心地よい毛並みに腕を回し、足まで使って抱きついた。抱き枕には少し大きすぎるけれど、手触りは抜群だ。

気持ち良さそうな鼻息と安定した呼吸は、みるみるオレを二度寝へと誘っていく。


「ムッムゥ~♪ ムッムッムゥ~♪」

「ピッピ~、ピピッピ~!」

窓辺からはムゥちゃんとティアの朝の鼻歌(?)が聞こえる。きっと葉っぱをふりふり、尾羽をふりふり歌っているんだろう。

開け放った窓からは涼やかな風が入り、はたはたとカーテンが音を立てた。

「きゅ! きゅきゅ!」

「きゅきゅう! きゅ!」

賑やかな声はラピスたちだろう。早起きだね……あんまりカーテンで遊んだらダメなんだよ。

みんなでよってたかってはためくカーテンで遊ぶものだから、先日破けてしまって怒られたところだ。まあ、主にはラピスたちより随分重いチュー助まで加わったせいでもあるんだけど。

『せっかく起きたんだから、身支度をしたらどう? もうすっかり明るいわよ』

「まだ起きてない……」

随分明るいのは重々まぶたの裏で承知しているけれど、もう少し。オレは眩しい光から顔を背けてシロの胸元に顔を埋めた。



「………?」

妙に落ち着かない感覚に、ゆっくりと意識が浮上する。

「至福、至福ね……魂が洗われるわ」

「ええ、なんという光景でしょう。寿命が100年くらい延びそうです」

間近で聞こえる小さな声に、うっすらと目を開けた。

「んーんん……?」

まだぼんやりとした視界に、傍らのシロで顔をごしごしやって目を瞬いた。

「まあ……お姫様のお目覚めかしら」

「ああ、開いた瞳の吸い込まれるような美しさ……! いつまでも寝顔を眺めていたい私と、瞳を見つめたい私が壮絶な争いを始めてしまいます……!!」

そんな、世紀末みたいなことはやめていただきたい。

「エリーシャ様、マリーさんおはよう~」

思ったよりもずっとずっと近くにあった二人の顔を見つめて、オレはよだれのこぼれ落ちそうな気の抜けた微笑みを浮かべた。

「おはよう~~~!! ユータちゃん!」

「ユータ様~!! マリーの今日という日が幸せであることが今確定しました!!」

しゅばっ! とオレを胸に抱きしめたエリーシャ様が、くるくるとダンスのように部屋を舞った。待って待って、よだれがお洋服についちゃうよ! そしてマリーさんまだ今日は始まったばっかりだよ!


寝起きには随分と激しいスキンシップに、若干よれよれとしながら目をこすった。

「えーと、なあに? 今日は何かあったっけ?」

基本的にタクトがオレを起こしに来るので、この二人が起こしに(?)来るなんてあまりないことだ。

「今日はお城へ行かなきゃいけないんだけどね、さすがに今回はユータちゃんも行かなきゃダメかなあってね」

「オレ?」

お城は行ってみたいけど……ちょっと怖い。でも、どうしてオレなんだろう。首を傾げると、マリーさんが説明してくれた。

「先日の事件について、使いは出しているのですが、改めて話を聞きたいと言われておりまして。ユータ様はまだ幼いですから、私共だけで十分なのですが……あちらもユータ様のお姿を見ないことには、説明を行うには難しい年齢だと納得されませんので」

「だからね、ユータちゃん、きちんと年相応に振る舞わなきゃダメよ? 説明はしなくていいの、口ごもっていればいいからね!」

エリーシャ様がぱちんと片目をつむって見せた。

なるほど! もじもじして言葉が出ないようにすればボロが出ない! お偉いさんの前でそれをやるのは失礼極まりないけれど、オレは幼児、幼児だからきっと大丈夫……!



「わあ! カロルス様カッコイイね!」

髪とヒゲを整えて、パリッと貴族服を着たカロルス様に目を輝かせた。まるでお芝居で見た役者さんみたいだ。でも、やっぱり本物の方がずっとずっとカッコイイ。

「お前もちゃんと幼児に見えるぞ! ほら、抱っこだ」

にやっと笑ったカロルス様に、ちょっと不服顔でばんざいした。

「オレは元々そうだよ! でもね、これちょっと赤ちゃんみたいじゃない? もう少しだけ大人っぽい服でいいと思うんだけど」

ひょいと抱き上げられて近づいた精悍な顔。ブルーの涼しい瞳を見つめて首に手を回し、少し頬を膨らませた。これ、もっと小さい子の服じゃない? さすがにちょっと恥ずかしいよ。

「そんなもんだっつうの。ほら、かわいいかわいい、ってな」

わしわし! と頭を撫でられてくすくすと笑った。

「ああ! せっかくツヤッツヤに梳りくしけずりましたのに!!」

マリーさんがせっせとまた髪を整えてくれる。首を縮込ませてされるがままになっていると、まるでケーキのデコレーションでもするように慎重に髪を梳いてくれる。オレの真っ黒な髪も、これだけ丁寧に扱われたら、そりゃあ美しく輝くんじゃないだろうか。

「――似合ってるぞ」

低い声に顔を上げると、カロルス様がフッと片頬を上げた。

「オレもカッコイイ?」

えへっと緩んだ頬を引き締め、真似してワイルドな笑みを浮かべて見せる。

「~~~~!!」

カロルス様は一瞬爆発しそうな顔をしたかと思うと、勢いよく顔を逸らした。小刻みに震える体が腹立たしい。

やっぱりこの服、幼すぎるんじゃない?



「オレ、あっちの入り口からは入ったことあるんだよ! ミーナと一緒にお使いしたの」

「そうか、あっちは使用人入り口だからな。まあ、冒険者の成りをしていれば問題ないだろ」

訓練施設の方へは入ったけれど、きちんと城内に入るのは初めてだ。ガラガラと石畳を走る馬車の音を感じながら、オレはお行儀良く座っていた。お外を覗きに行きたい……でも、ロクサレン家としてやってきているのだもの、オレのせいで恥をかかせられない。

「ユータちゃん、随分緊張してるのかしら? 大丈夫よ、怖い人がいたら私が排除してあげるから」

「お辛いのでしたら城内で誰にも出会わないように致しましょうか?」

排除しちゃダメでしょ?! どうやって出会わないようにするのかは聞かないことにした。

「緊張するけどね、お城に入るのは楽しみだから大丈夫!」

――ラピスが案内してあげるの! 大丈夫なの。ちゃんとラピスも排除してあげるの!

ダメー!! 絶対排除しないで! 

「ら、ラピス、ぜーったいお城の人に怪我させたりしちゃダメなんだよ!」

しっかりと注意して念を押して釘を刺して、なんとか納得してもらう。

「そうだわ、ラピスちゃんは離れていた方がいいわよ?」

――嫌なの! どうしてなの?!

「どうして?」

エリーシャ様は、眉を下げて苦笑した。

「お城の中だもの、もちろん実力者揃いよ? 姿を消したラピスちゃんでも気配で気付かれちゃうかもしれない。疑念を抱かせるようなことは避けた方がいいわ。もちろんシロちゃんや蘇芳ちゃんも出てきちゃだめよ? ユータちゃんに注目が集まるのは良くないでしょう?」

「きゅう……」

ラピスはしょんぼりと耳を垂らした。

『じゃあ俺様も隠れていた方がいいな! 強い短剣の精がついてるなんて怪しまれるもんな!』

『あえはも! かくえてうよ!』

ふんぞり返ったチュー助がひとり納得すると、アゲハと共に短剣の中へ引っ込んだ。……うん、まあなんでもいいけどチュー助は出て来ない方がありがたいかな。

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