第414話 抱き癖?

「……」

「……なあ、もうよくねえ?」

オレはタクトの胸に顔を埋めて首を振った。

「もう抱っこして行くぞ?」

それはだめ。カッコ悪い。再び首を振ったオレに、タクトが苦笑して背中を撫でた。

「なんかあったんだろ? 聞くぜ?」

落ち着いた声音は、いつものタクトよりもずっとお兄さんっぽい。なんだよ、頼もしいお兄さんみたいじゃないか。

「タクト~? ユータはやっぱり寝て……」

ガチャリと開いた扉からラキが顔を覗かせ、微妙な顔をした。

「え~と? お邪魔しました~?」

「なんでだよ?! 甘え虫が離れなくなったから助けてくれ」

仰のくように首を逸らしたタクトが、慌ててラキを引き留めた。


ベッドが沈み込み、くすくすと笑うラキが近くに腰掛けた気配がする。コアラのようにタクトにしがみついていたオレは、憤慨して顔を上げた。

「甘えてるんじゃないよ! こうして今、一緒にいられるのって本当に貴重で大切なことで……嬉しいよって、その、えーと……とにかく、それを伝えようとしてるんだよ! だから、次はラキね!」

そっと固い体を離すと、タクトはあっつい! と言いたげに服をあおった。確かに暑かったけども! なんかそれは失礼だよ!


すぐ隣に座っていたラキを見上げると、笑いをこらえながらさあどうぞ、と腕を広げてくれた。

「この方がちゃんと伝わるでしょ? 甘えてるんじゃないからね! ちゃんとカロルス様たちみんなにもやったんだよ!」

「つまりは、好きだよって伝えたいってこと~?」

同じようにぎゅうっとしがみついていると、くすくすと震えるラキがズバッと核心を突いた。

「そ、え、その、そう、かも、しれない、けど……」

途端に恥ずかしくなってきて顔を上げられなくなった。そんなサラッと! オレ、そういうの恥ずかしいお年頃だから!!

『ユータくらいなら普通はサラッと言えるんじゃないかしら……? むしろラキやタクトは言えないかもしれないけど』

モモの台詞は聞こえなかったことにして、ラキにしがみついたまま心を落ち着けようとする。いいの、言葉よりも態度で示せってよく言うでしょ?

「僕、言葉で伝えてくれると嬉しいけどな~? それなら毎日伝えられるでしょ~?」

意地悪なことを言うラキに、思わず顔を上げた。ラキの後ろで煽りを食ったタクトが赤い顔をしているのが見える。そうだよね、普通そうだよ。

「顔が赤いね~そんなに言いづらいかな~?」

からかって笑うラキに、むっと唇をとがらせた。

「そうだよ! だって、ちゃんと真剣だもの。そんな簡単に言えないんだよ!」

「そう~? 僕だとこうしてぎゅっとする方が恥ずかしいな~。ユータはためらいなくできて凄いよね~」

思わぬ言葉にきょとんと目を瞬いた。

そうなの? そこにハードルがあるなんて知らなかった。

「でも、ラキもオレを抱っこしたりしてくれるでしょう?」

今だって、抱きしめた体はリラックスしているように思う。『放浪の木』のキースさんだと、ちょっとかわいそうなくらいガチガチだよ? 彼は言葉で言うのもダメだと思うけれど。

ラキは苦笑すると、オレのお尻を支えて立ち上がった。

「そりゃあね、慣れるよ~。ずっとユータやタクトといるんだもの~」

「俺? 俺は何もしてねえよ!」

そうかな? タクトも結構スキンシップの激しい方だ。むしろラキが少なすぎる方だと思うけど。子どもってみんなくっついてきゃっきゃしているものじゃないの?

『そう言えば、こっちの子はあんまりそういう所を見ないわね』

『そういうのはもっとヨチヨチの赤ん坊の話だぜ! あっ、俺様別に主が赤ん坊とか言ってるわけじゃないから!』

そうか、みんな精神的な成長が早いから、日本の感覚とちょっと違うのかも知れない。でも待って、それだとオレ、すごく幼い行動をしてるってことじゃない?


スキンシップを減らした方がいいのだろうか。でもそれはなんだか寂しい気がする。それってオレの心がまだ幼いからなの……?

ことん、ことんと揺られながら悶々と悩んでいると、明るい日差しが目に飛び込んできた。いつの間にか館を出て通りを歩いている。

「あれ? どこ行くの?」

首を傾げるオレに、ラキはくすっと笑った。

「今日は美味しいものを探して街歩きでもする~? それとも薬草でもとりながらピクニック~? 話、聞かせてよ~」

わくわくする提案に、満面の笑みとバンザイで答えた。慌てて背中を支えるラキの手は、カロルス様よりエリーシャ様より小さいけれど、確かにお兄さんの手だなと思った。

「お前、俺には嫌だっつったのに……」

「えっ……?」

タクトのじっとりした視線に、ふと自分の姿に目をやった。

――これは抱っこだ。誰がどう見ても抱っこされてる。

「いつの間に?!」

抱きしめていたのはオレだったはずなのに! もはや抱っこに慣れすぎて何の違和感も感じない……これが抱き癖ってヤツなのか……。

『違うと思う』

『あなたはスキンシップを減らすとか無理じゃない?』

蘇芳とモモの声を聞きながら、オレは慌ててラキの腕から滑り降りたのだった。



「風、気持ちいいね」

「おう、早く食おうぜ!」

そわそわするタクトに苦笑して、オレたちはやや小高くなった木陰に腰を下ろした。

「いい香りだね~美味しそう~!」

取り出したのは、屋台で買ってきた特大の腸詰め。持ち手代わりに木の皮みたいなものが巻いてあった。特大って、本当に特大なんだよ。オレの二の腕ほどの大きさは圧巻だ……絶対これだけで満腹になっちゃうよ。一体何の腸が使われているのかはあまり考えないことにした。

「あっつぅ! でも美味い!」

勢いよくかぶりついたタクトが、肉汁を飛ばして両手も頬もべたべたにしている。あちこちをてかてかにしながら貪る様子に、ごくりと喉が鳴った。

「いただきます!」

あぐっとやれば、パキリと小気味よい音と共にお肉が弾け、溢れんばかりの、どころか、みるみる肉汁が溢れて両手を汚した。勿体ない! と思うものの、熱々の中身でお口はいっぱい、はふはふするので精一杯だ。

「美味しいね!」

「うん、おいしい~! シロの鼻に任せて正解だね~!」

『うん! 美味しいものならぼくに任せて!』

大きな腸詰めに大喜びするシロは、嬉しげにぶんぶんと尻尾を振った。

「これ、パンに挟んでも美味いやつだよな? ユータ今度作ってくれよ!」

「ええ? こんな大きな腸詰めを挟むって……すごいボリュームだよ?!」

「だからいいんじゃねえか!」

そんなに食べられるの、と言いかけて口をつぐんだ。そりゃあ食べられるよね、それ2本目だもんね。


パキリ、再び折り取るように頬ばると、ふわっと湯気が上がった。口の中いっぱいにジューシーでとろけるお肉が広がり、咀嚼すると歯ごたえのある塊肉を感じる。いいな、お口いっぱいに頬張れる腸詰めって。

大きな木に背中を預けて顔を上げると、おでこをふわりと風が撫でていった。目の前に広がる草原からはシャラシャラと涼やかな音が鳴り、オレは少し冷たくなった風に膝を寄せた。

「それで、何があったの~? 僕たちが聞いても大丈夫なハナシ~?」

ぼんやりときらきらする草原を眺めていたら、ラキが気遣わしげに言った。既に食べ終わって手をなめていたタクトも、こちらへ身を寄せる。

「うん、二人には言っても大丈夫だよ! えっと、どこから言えばいいかな――」

タクトに濡れタオルを差し出して、オレはにこっと笑った。

二人にも、聞いて欲しい。怖いっていうこと。そして、本当に強い人……ううん、強い敵がいるってこと。

オレは両手で持った腸詰めをかじりながら、少しずつ話し出した。



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もふしら5巻の発売日がじりじりと近づいて参りました!

たっぷりの書き下ろしとSSもありますので、どうぞお手にとって頂けますように!

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