第401話 口コミ

「今日は暑いからさ、こういうのもいいよな!」

「気持ちいいね! こんなお仕事だったら大歓迎だよ」

オレはぱしゃん、と足を蹴り上げ、きらきらした水飛沫に目を細めた。

「魔物さえ襲って来なければ、最高なんだけどね~」

パシュ、と軽い音を響かせて、ラキが苦笑した。空中にいる魔物はラキの得意分野だね。

『ラキ上手~! お昼ご飯が豪華になるね!』

落下してきた鳥形の魔物をキャッチして、シロがぶんぶんと尻尾を振っている。よし、これで3羽目、依頼が終わる頃には何羽になってるかな。

「あんたら……本当にEランクだったんだねえ。ははっ、頼もしいじゃないか」

額の汗を拭って、依頼人のおばさんが笑った。ホッとしたその表情に、オレたちはにんまりと顔を合わせる。

「だろ! だからいっぱい宣伝しといてくれよな!」

「ふふん、もちろんさ! そっちの腕にかけちゃあちょいと自信あるからね。それならあたしはさしずめBランクはあるだろうよ!」

おばさんは、豪快なウインクを決めて親指を立てた。



その日、依頼を終えたオレたちは近くのお店で飲んでいた。

「なんかさ、ちまちま依頼受けてても実力が認められる気がしねえな」

タクトが大きなジョッキを煽ってぷはーっとやった。

「でも、ハイカリクでもそうやってコツコツやってきたよ?」

おなかいっぱいになりそうで、オレはちびちびとジョッキを傾けながら言った。少し薄かったけれど、よく冷えたジュースは気怠い体を癒やしてくれるようだ。もちろん、ジョッキをキンキンに冷やしたのはオレだ。

「ギルドとしては、残りがちな依頼を受けてくれるパーティだって、ありがたがられてると思うけどね~」

「そんなの嫌だぜ! 残り物漁ってるみたいでカッコ悪い」

タクトがぶすっとむくれて、ドンとジョッキを置いた。


オレたちはなるべく難しい依頼をこなして、早々に実力を知らしめようとしているのだけど、そう都合のいい依頼があるわけでもなく……。

受けた依頼はきちんとこなしているのだから、ギルドの評価は上がっているはずだ。だけど、なんせ冒険者の数が桁違いなものだから、受付さんともあまり親しくなれないし、どうも実感がない。

「なんかぱーっと派手に活躍して名を上げたいぜ!」

「そんなこと言ったって、Eランクの依頼にぱーっと華やかなものなんてないよ~」

「やっぱり地道にコツコツ、が一番なのかな?」

オレたちはテーブルに顎を乗せてため息をついた。コツコツやるのはいいけど、王都にいられるのは期間限定だからねえ。


「――そうなのよ、助かったわぁ! 見た目は貧弱だったけど、見直したもの!」

「まあ、私がこないだ依頼したとこなんて最悪よ、態度悪いったら!」

聞くともなしに聞いていた隣席からの会話に、思わず顔を上げた。どうやら依頼した冒険者について語っている様子だ。

これだ……! オレたちは視線を交わして深く頷いた。



「うちはホラ、安く売ってるしあんまりお金出せないからさあ、ホントは依頼のランクを下げちまおうかと思ってたんだよ、だけどそれでケガしたら元も子もないだろ? あたしが働けなくなったらおまんまの食い上げだからねえ! それがまあ、こんなアタリを引いちゃうなんてね!」

上機嫌のおばさんは、ずんずん川を進んでいく。採取の手は止めないけれど、おしゃべりも止まらない。

『気に入ってもらえたようだし、おばさまたちの口コミ情報は侮れないわよ~』

モモが頭の上でふよふよと揺れた。


そう、オレたちは口コミの力に頼ってみることにしたんだ。

割の良くない依頼の中から、なるべくお話好きそうな依頼人をチョイスして受けていくって方針だ。ちなみに人選はタクト情報網にお任せしている。

そして今回、栄えある一人目に選ばれたのが、こちらのおばさんだ。


依頼は食用水草を集めるってものなんだけど、この時期は鳥形の魔物の狩り場になるらしい。護衛兼採取の割には寂しい報酬だけど、オレたちにとってはきっとプライスレスな価値があるよ!

『それに、お水が気持ちいいしね!』

ばっしゃばっしゃと後ろで跳ね回るシロのせいで、オレは頭のてっぺんからもうずぶ濡れだ。でも、今日のお天気の下ではこれもご褒美だろう。

『それに、ごちそうも寄ってくる』

蘇芳は水しぶきがかからない所まで避難して顔を拭った。

ごちそうって……アレのことだろうか。見上げた空には、未練がましく輪を描いて飛ぶ鳥の魔物たち。カモメほどの大きさの鳥たちは、まだこちらを狙っているようだ。

ごちそうか……そうだなぁ、お外で焼き鳥なんてどうだろう。一口大に切って、つやつやの甘辛いたれを絡め、真っ白なごはんと一緒に……。

緩んだ口元からたらりとよだれが流れ、慌てて拭った。身は少なそうだし、もう少し獲ってもいいかな。欲望をはらんで見上げたオレの瞳に、魔物が少し高度を上げた気がした。


「いっぱい集まったねえ!」

「これ、どうやって食べるの~?」

おばさんの持ってきたカゴは、緑のでろでろしたものでいっぱいになった。ついでとばかりにオレたちも精を出して採取したので、こっちの取り分もたくさん収納に入れてある。

「うまそうには見えねえ……」

「このまま食べても美味しいんだよ! でも、日持ちしないし乾燥させることが多いのさ」

でろりとした水草は、もしかして海苔みたいなものかな? それなら今日はお味噌汁に入れてみようか!

「ねえ、お昼ごはんここで食べよう? 一緒にどうですか?」

「昼ごはんってあんた、街までそう遠くないのに戻った方が良くないかい?」

「いいからいいから! ユータの飯は美味いんだぜ! 街で食うよりきっと美味いから!」

そうだ、これもまた宣伝の一環かな? 腕によりをかけて作らなきゃね! オレはぐっと腕まくりすると、フンスと鼻息荒く気合いを入れた。



「ふああ~こりゃ……なんてこったい! ああ美味いねえ、なんてこったい!」

お気に召してもらえたようで良かった! 焼き鳥も、水草のお味噌汁も、おばさんはひとくちごとに瞳を輝かせている。

水草は、思った通りあおさ海苔みたいな食感だ。けれど、当然ながら磯の香りはしない。ほんのりと山菜のような風味を感じた。

「絶対食いたくないと思ったのに、美味いな!」

「僕も好き~! 面白い食感だね~」

珍しさが勝ったのか、二人はまずお味噌汁を攻略してから串に向かった。こちらはもう言わずもがな、無言でビッと立てられた親指が全てを物語っていた。

オレもにこっと笑って串に食らい付く。大きめの一口大にカットした鳥肉がずらりと長い串に並び、香ばしい香りが鼻腔をくすぐった。せっかくだから、ワイルドな気分でと、オレの片腕ほどもある長い串にしてみたんだ。正直、食べにくい。けど、楽しい。


プリプリと弾力のあるもも肉の弾けるような食感、甘辛いたれと、ちょっと焦げた表面のカリカリ具合。

あー、ビールが欲しい、なんて言うんだろうな。レモン水のグラスを煽って、青い空と白い雲を見上げると、くすっと笑った。


「ミーナ、いるかな?」

おばさんに散々褒められて街まで戻ると、オレは一人で白の街を歩いていた。ラキとタクトは工房だ。正確にはラキが工房で、タクトは連れ帰り要員だけど。

オレは今日獲った水草と鳥肉を、ミーナにお裾分けに行くんだ。ミーナはメイドさんや大きい子たちと協力して食事も作っているらしいから、少しでも助けになるといいよね。貴族様の館ではあるけど、ガウロ様なら細かい事は気にしないだろう。


「あっ?!」

「――え?」

背後からの声に振り返るより早く、がっちりと回された腕に目をぱちくりさせた。

エリーシャ様かマリーさんかと思ったけれど、これはどう見ても男性の腕。そのしっかりと固い両腕が、背後からオレを抱え込んでいた。

「よっし、捕まえたぞ!」

「えぇ? 誰?! なに??」

ぐわっと持ち上げられて、思わず手足をバタバタさせる。まるで獲物のウサギでもぶら下げるような扱いに、まさかカロルス様じゃないよね? と見上げた。


得意げにオレを持ち上げたのは、白の街に相応しい上質な衣服に身を包んだ若者だ。フードからのぞいたプラチナブロンドが、夕日にキラキラと輝いていた。

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