第400話 館の主と、カロルス様の王都嫌い

「ミミミミミーナっ!! こ、ここの貴族様の名前って……?! 待って、ちょっと待ってぇ!」

貴族様にあるまじき声量と台詞に、頭の中でカシャカシャシャキーンとプロファイリングが完成する。オレの記憶の中で該当者がひとり。

「大丈夫大丈夫、怖がるかなと思って黙ってたんだけど、見た目より優しい人だから!」

嫌がる犬状態のオレをずるずる引っ張って、ミーナはついに正面ホールが見渡せる場所まで来てしまった。

「ミーナ! いつもすまん……」

階下には、凶悪なスキンヘッドの巨躯が世紀末な笑顔を浮かべて手を挙げていた。

そして、ミーナを滑った視線が――ぴたりとオレに止まる。

やっぱりいぃ-!!

「ガウロ様ー! おかえりなさい!」

ぱあっと弾けるような笑顔を浮かべたミーナが、静止したガウロ様とオレの様子に気付いて首を傾げた。

「――でかしたぞミーナ! しっかり押さえてろっ! 者ども、鍵を閉めろォ! 逃がすんじゃねえぞ!」

「え? え??」

戸惑うミーナが、割と素早くガッチリとオレをホールドする。そして聡明な子どもたちは、瞬時に扉と窓を閉めた。……訓練されてるぅ?!



「はっはっは! ついにここへ来る気になったか! だがお前にここは生ぬるいぞ、城へ来い!」

進んで来たと思うならこの捕獲状態を解除して欲しい。一応、応接室でソファーに腰掛けてはいるものの、窓と扉には子どもたちが配備され、オレを逃がすまいと目を光らせていた。

「行かないよ! ミーナの所へ遊びに来ただけなの! 帰るの!」

「お前らが王都に来たとは噂で聞いたが、そうかそうか、ミックとミーナは知り合いだったか! そういやぁカロルスが救出したんだっけか」

オレの抗議など意にも介さず、ガウロ様は豪快に笑った。これ、オレって帰してもらえるんだろうか。


「ガウロ様、ユータが嫌って言うなら無理言っちゃいけませんよ!」

「う、まあ、そう……なんだが」

腰に手を当てたミーナが、ピッと人差し指をたてて『メッ!』とやった。ミーナ……かっこいい。 

「でも、どうしてユータは騎士様になりたくないの? みんななりたいって言うのよ? 憧れよ?」

「うん、カッコイイもんね! でもオレ召喚士だし、友だちと冒険したいんだ。それに、みんなと一緒にのんびり暮らしたいの。自分でお野菜作って、狩りをして、細々と生活していけたらそれでいいかなと思うんだ」

不便で厳しい生活だけど、ここなら魔法があるし、みんなもいる。

……あれ? もしやこれって不便さはかなり解消されるんじゃない? 魔法があれば水を引く必要も、発電機を置く必要もないし、開墾なんて土魔法で一発だ。もしかして、案外労せず快適に暮らせるんじゃないだろうか?!

「お前なぁ……目ぇ輝かせて言うことじゃねえぞ?! なんでそんなに萎びてんだ……大丈夫か? なんか辛いのか?」

この世界の素晴らしい可能性に気がついてウキウキしていると、ガウロ様に本気で心配されてしまった。確かに、少なくとも幼児が言う台詞じゃなかったかもしれない。

「ひとまずユータは地味な暮らしが好きってことは分かったわ。もったいないけど、カロルス様みたいに冒険者で活躍するならそれもアリよね!」

ミーナが頬に手を添えて瞳を輝かせた。そうそう、カロルス様だって派手なのは嫌うもんね。

「あ、そう言えばカロルス様って王都ではすごく人気あるんだね。ハイカリクの方では普通に出歩いていたから、ビックリしたよ」

帰ってしまったカロルス様を思い出し、ちょっと頬を膨らませた。

「そりゃあ、公演があるもの。絵姿もたくさんあるからじゃない? 『竜を越えし英雄』の話はみんな大好きでしょ?」

公演……? 絵姿……??

思わずガバッと両肩を掴むと、ミーナがビクッと肩を揺らした。

「ねえミーナ? その話、詳しく教えてくれる……?」



「シロ、急いで帰ろう! ガウロ様の所にいたから、エリーシャ様たちが誤解して押しかけちゃうかも!」

『そうだね! 屋根走ってもいい?』

沈み始める太陽に、少しばかり焦ってシロに掴まった。ミーナのおかげでガウロ様からは無事逃れられたものの、つい遅くなってしまった。

「ただいまー!」

勢いよく館に飛び込むと、そのままカロルス様のお部屋へと直行した。

「おう、無事に帰ってこられたか! 城に連れて行かれたかと思ったぜ」

そう思うなら迎えに来て欲しいところだ。普段ならむくれて不満を言うところだけど、今日のオレはそれどころじゃない。

「ねえ、カロルス様!!」

きらきらした瞳と紅潮した頬を感じつつ、ばん! とデスクに両手をついて見つめた。

「……な、なんだ?」

何かを感じたらしいカロルス様が、少し体を引いた。

「あれやって!! 竜に挑む時のやつ!」

「んなっ……?!」

口をパクパクさせてのけ反ったカロルス様。お芝居で見たカロルス様と、ちょっと雰囲気は違うけれど、こっちが本物だもの! 英雄が目の前にいることが嬉しくて、オレは椅子に飛び乗ってポーズをつけた。

「『見よこの輝きを! この剣は我が信念! 我らが誓い! 決して折れはせんぞ!』」

とうっ! と飛び上がって気合い一閃、ここでお芝居なら光の刃がズバアッと輝いてすごく格好良かったんだ!

どう、合ってたでしょ? だってオレ3回、いや4回も見たんだから!

カロルス様にもやってほしくて振り返ると、座っていたはずのカロルス様がいない。


「……何してるの?」

あれ? とデスクを回り込んでみれば、頭を突っ込んだカロルス様が小さくなって蹲っていた。オレのお芝居、見てなかった? もう一度キリッと顔を引き締めると、剣を額につけたポーズをとった。

「『我は誓おう、必ずや成し遂げると! そして、魂となっても必ずや君の元へ戻ると!』」

「ぐはあっ?!」

机の下で悶絶しだしたカロルス様に首を傾げる。これはね、竜退治に行く直前、心配するエリーシャ様に誓うシーンなんだよ。儚げなエリーシャ様が涙をこらえて見送るシーンは、何度見ても号泣ものだった。……エリーシャ様なら、心配するよりついていきそうだと思わなくもないけど。

「カロルス様、すっごく格好良かったよ!! どうしてお芝居があるって教えてくれなかったの? みんな大興奮の舞台だったよ! あのね、絵姿も買っちゃったんだ!」

もちろん、写真じゃないのでカロルス様よりも舞台の俳優さんの方に似ている気がしたけど、いい記念になるしね! なぜかぐったりと魂を飛ばしたようなカロルス様を引っ張り起こし、キラキラの衣装をつけた絵姿を見せてあげた。

「かはっ……」

瀕死の重傷みたいな声をあげると、カロルス様はおもむろに立ち上がった。

「どこ行くの?」

なぜか剣を取り出した虚ろな瞳に、どこか不穏なものを感じて腕を引いた。

「ちょっと舞台を細切れに……最初からこうすりゃ良かったぜ」

何ラピスみたいなこと言ってるの! 慌てて剣を取り上げて座らせると、膝に飛び乗った。

「舞台、いやなの? カロルス様すごくカッコイイと思ったけど」

「嫌に決まってんだろ?! あれは俺じゃねえぇ!! 俺があんなだと思われてんだぞ?」

そう言いつつまた思い出したのか、ダメージを受けている。


「ふふっ! 確かにこのカロルス様とは違うかも」

オレはぎゅうっと固い体を抱きしめた。

「でも、オレの大好きな人がみんなに褒められて、とっても嬉しかったよ。カロルス様が、お芝居や詩でずうっと残っていったらいいなって思うよ」

「う……俺は嬉しくねえぞ」

カロルス様はオレの頭におでこをつけると、両腕で抱え込んだ。がっちりと閉じ込められながら、そのふて腐れた子どもみたいな様子にクスクス笑った。

「オレは嬉しいよ! カロルス様だって、もしセデス兄さんやオレのお芝居があったら嬉しいでしょ?」

「………ぶふっ!!」

伏せた顔がしばし沈黙した後、盛大に吹き出した。ねえ、どうして笑ったの??

「確かにな! あれは芝居だ。そう気にすることでもないのかもしれねえな!」

オレを高い高いしたカロルス様は、大きな口で笑った。うん、どっちのカロルス様も格好良くて素敵なんだから、普段のカロルス様を知ったら、きっともっと好きになるよ!

オレは飛行機のように両手を広げてきゃっきゃと笑った。


――ただ、なかなか際どい絵姿もあったことは黙っておこうと思った。


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