第402話 貴族の青年と、もう一人
うん、どう見ても知らない人。そして貴族様だろう。
何を探しているのか、貴族らしき青年はオレを小脇に抱え、その場できょろきょろしていた。
「えーと、貴族様? どうしてオレを捕まえてるの?」
人通りが少ないとは言え、無造作に抱えられているのも恥ずかしい。せめて普通に抱っこしてくれないだろうか。
遠慮がちに声をかけてみると、青年は少し驚いた顔をした。まるで、犬がしゃべった?! みたいな反応……。抱えてるのは人の子だからね?! 普通に話すからね?!
「……フッ。お前、俺に触れられるとは光栄だな! 喜ぶといいぞ!」
気を取り直した青年は、気取った仕草で髪をかきあげた。
ぱさりとフードが落ち、美しく夕日に映えるプラチナブロンドは、なるほど高貴なオーラが溢れている。
――けれど、どうしたことだろう、セデス兄さんやチュー助で鍛えられたオレの残念メーターが、ぐいぐい反応を示しているようだ。
その時、背後から誰かを呼ぶ声がした。
「ローレイ様! お一人で勝手な行動はいけませんと言ったでしょう!」
お付きの人だろうか、駆け寄ってくる足音と、常識的な台詞にホッと胸をなで下ろした。これでひとまず離してもらえるだろう。
「――っ?!」
間近くなった足音にやれやれと安堵したとき、近づいた影が息を呑んだ。
何だろう……? 不自然な沈黙に、なんとかそちらを見ようと首をねじ曲げてみる。
「ふぎゅっ?!」
途端に激しく動いた視界と、襲う圧迫感。肺の空気が一気に押し出されて、モモに踏まれたチュー助みたいな声が出た。
どうして……? オレは、ぎりぎり言いそうなほどに強く抱きしめられていた。
「??」
なんとか視界を自由にしようともがくけれど、頭まで押さえ込まれてどうにもならない。
ただ……ひとまず、ひとまず緩めてもらえないだろうか……?! 生死に関わるのでー!
その時、何かが背中に落ちた気がした。
パタッ、パタタ……
次々と落ちるものが、オレの背中をジワジワと濡らしていく。
これ……。なんとか動いた左手で手探りすると、オレを抱きしめる人をそっと撫でた。
――ねえ、どうして泣いてるの?
触れたオレの手に、逞しい体が不釣り合いなほどに震えた。
緩められた腕に、思わず深々と息を吸い込んだ。
「あ、ごめん。こ、ここで会える、なんて……思ってなくて――」
間近で見上げた青年は、顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。知的な顔が見る影もなく歪んで、言葉を紡ごうとする唇が震えていた。
ぼたぼたと溢れる涙に思わずハンカチを差し出すと、青年はハッと片手でオレの目を覆った。
「えっ? なに?!」
「い、いや……違う! その、こうじゃなかったんだ」
すう、はあ、と深呼吸の音が聞こえて、オレはくすっと笑った。
そうっと目を覆う手を外すと、涙を堪えようと四苦八苦する青年を見つめる。ああ、随分と精悍な青年になったんだな。あんなに細かった体が、こんなに逞しくなるなんて。
「――頑張ったんだね。二人で、頑張ってるんだね」
震えた背中をそっと撫でて、ハンカチで涙を拭った。
「ユ……ユータ……!!」
再びオレを抱え込んだ青年が、しゃくりあげて泣いた。見た目は随分変わったけれど、泣いている顔はおんなじだ。
ただ、オレの体はやっぱり小さくて、とても腕の中に抱きしめられなかった。つま先立ちした体をこてんと寄せて、精一杯しがみつく。
「久しぶりだね、ミック!」
ぐっと力の入った強い腕に、満面の笑みを浮かべたオレの瞳からも、雫が伝った。
「……お前、俺にはそんな顔しねえくせに」
「……当たり前でしょう!」
絵に描いたようにふて腐れたローレイ様に、ミックが呆れた視線を寄越した。まだ赤い目元は気恥ずかしそうだったけれど、きりりと厳しそうな顔に、これが今のミックなんだろうなとくすぐったくなった。なんだか、親戚の子に久々に会ったような気分だ。
「……ユータ、笑わないで。――い、いや、笑わないでくれ。その、調子が狂うんだ。私はもうあの時の幼くてバカな子どもとは違うんだ」
「笑ってないよ! 嬉しいだけだよ! ミック、なんだか随分大人っぽくなった気がするね!」
あの時からもうすぐ2年くらいだろう、そこまで月日が経ったわけじゃないのに、すっかり大人の雰囲気だ。
「大人っぽいってなんだよ……ゴ、ゴホン。大人っぽいとは心外だな、私はもう立派に大人だよ」
「でも、14歳くらいのはずでしょう?」
とてもそうは見えない体格を見上げて、首を捻った。
「はははっ! 14歳だってよ!」
「私が14歳なら、あなたも14歳ですよ。いえ、私よりいつも下に見られるのだから、もっと下でしょう」
ミックは大笑いするローレイ様を睨んで言った。
「ユータ、あの時は随分痩せてたから……私はもう17になるよ」
「見栄張るなよ! まだ16だろ!」
横合いから入る揚げ足取りに、ピシリと青筋が浮かんだ。危機を察知したローレイ様がサッと距離を取る。
「もうすぐ! 17になるんです!!! ローレイ様、今日の仕事が残ってますよ?! いい加減に城に戻って下さい!」
ツカツカと追いすがるミックに、思わず笑みがこぼれた。なんだか、妙にバランスの取れた二人だ。頑張りすぎて体を壊しそうなミックには、ローレイ様みたいな人が合っているのかもしれない。
「ミック、忙しいのにごめんね! またね!」
「あ……ユータ、ごめん。またゆっくりしよう」
逃げるローレイ様とオレを交互に見て逡巡したミックは、無念そうに手を振った。
「ねえ、ローレイ様って知ってる?」
夕食までの間、オレはタクトたちの部屋に入り浸っていた。
静かな部屋には、シュ、シュと剣を手入れする音と、カチャカチャと器具をいじる音が断続的に響いていた。
オレはと言えば、すぴすぴと寝息をたてるシロをブラッシングしている。
「ローレイ様? 聞いたことあるような……」
「どんな人なの~?」
手元から顔を上げて、二人が首を傾げた。
「多分、貴族の男の人で、きれいだけど言葉遣いはきれいじゃない人。プラチナブロンドの髪だったよ」
「プラチナブロンドの髪って、それ騎士隊長のローレイ様じゃねえ?」
「きれいな人なんでしょ? 間違いないね~」
騎士隊長? それって、結構すごい人なんじゃ……?
「ええっ?! オレ、今日会ったよ? 知り合いに会わせようとして捕まえられたの。そんなすごい人だったの?!」
「騎士隊長は5人いるぜ。でもローレイ様は見た目がアレだから女の人にすげえ人気だぞ! それ、サヤ姉に言わねえ方がいいな! 間接ローレイ様! とか言ってユータ監禁しそうだから」
さ、サヤ姉さん……結構怖い所があるんだな。それにしても、ローレイ様が騎士隊長なら、それに付いてるミック、大出世じゃないだろうか。
ミックは忙しそうだし、今度ミーナに色々聞いてみなきゃ。
ブラッシングを終え、サラサラした毛並みに指を通すと、シロは伏せた体をむずがるようにごろりと伸ばした。大きくふくらんでは沈む体を眺めていると、どうにもたまらなくてばふっと体を突っ伏した。
にゃむにゃむと口元を動かしたシロは、気にした様子もなく再び寝息をたて始める。
「俺も!」
「僕も~!」
両隣にばふっと突っ込んできた二人に、一瞬しっぽがふぁささっと振られた。けれど、ちっとも目を開けないフェンリルに、それでいいのかと鼻先をつついた。
「あーシロ最高!」
せっかく整えた毛並みをかき回して、タクトが顔をすりつけて笑った。
「いいなぁ、僕もシロがほしい~」
顔を埋めたラキが、全身の力を抜いて寄りかかっている。そうでしょうそうでしょう、うちのシロは最高なんだから!
オレはにっこり笑って体を預けた。
あったかいな。ミックとミーナも、美味しくごはんを食べて、あったかい思いができたんだろうな。頼もしい姿をまぶたに浮かべて、オレはいつまでも頬が綻ぶのを感じた。
------------------
ミックが出てくるのは第213話あたりですよ!
夏を満喫するユータ画像をTwitter「もふしら手芸部」タグや「小説家になろう」の活動報告にupしてますのでぜひご覧下さいね~!
ガレリア表参道原宿さんでの展示会「Creation's」も9/6まで開催、オンラインショップもオープンしてますよ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます