第386話 王都
「わ、わああぁ……」
思わずじりっと下がった体が、温かなものに当たった。オレは後ろを見ることなく、手探りで長い腕を引っ張り寄せた。
「どうしたの~? やっぱり王都はすごい人だねえ~!」
両手で抱え込んだラキの左腕を握りしめ、オレは唖然と周囲を見つめた。
「なにも見えない……」
人、人、人……それも、足とお尻ばかりがオレの視界を埋め尽くす。この世界って、こんなにヒトがいたんだなぁ……東京は、こんな感じだったろうか?
平均身長は高いわ体格は大きいわで、この世界の人ごみの圧迫感は尋常ではなかった。おまけに、どこからかドコドコガラガラと大きな音がする。
ハイカリクはなんて人が多くて都会なんだろうと思っていたけれど、王都に比べれば田舎都市だったのか……。背の高いラキにくっついていなければ、オレなどヒトに轢かれてしまいそうで怖かった。
「ユータ、大丈夫か? すぐに慣れるって!」
タクトがかがみ込んで頭を撫でると、ニッと笑った。
「慣れる、かなぁ……」
そういえば大人だった時、都会が苦手だったことまで思い出して縮こまると、ラキの右腕も手繰り寄せて抱え込んだ。
「ユータ、僕はカーテンじゃないよ~」
苦笑したラキが、よいしょ、とオレを抱っこした。
「わ、わあ! いいよ、恥ずかしいよ!」
「だめだめ、暴れたら落っことすよ~! これならさっきよりマシでしょ~?」
友達に抱っこしてもらうとか、オレの沽券に関わるとバタバタしたけれど、そう言われて顔を上げれば、さっきよりはずっと圧迫感がマシになった気がした。
「ラキって、こんなに大きいんだ……」
「ふふっ! そうだね~ユータより頭二つ分以上は大きいかな~」
同い年の中では背が高い方とは言え、まだまだ子どもの身長では視界良好とはいかないけれど、オレが見る世界とは大分違うことに少し驚いた。立ち並ぶお店が見え、向こうで鳴っていた大きな音が、たくさん行きかう馬車や荷車の音だと分かった。
「お店がいっぱいあるね! あの生き物は何? わあ、立派な建物ばっかり……」
「そうだね~僕もこんなにすごいって知らなかったよ~! あれはたぶん、荷車引きの土豚じゃないかな~? あちこち行ってみたいね~!」
土豚?! 大きい……カバみたいに大きなのっそりした生き物が、どすんどすんと足音を響かせながら、大きな荷車をゆっくり引いている。よく見れば、小綺麗な人から荒くれみたいな人、騎士みたいに鎧に覆われた重そうな人、まるでこどもがいろんなフィギュアをごちゃまぜにして遊んだように、これでもかと様々な姿の人がいた。
「そろそろ下ろしていい~?」
「あっ! ごめんね」
ラキに縋り付いてむさぼるように周囲を眺めていたオレは、ハッと頬を赤らめた。
「俺が抱っこしていこうか?」
そっと下ろされたオレを、タクトが真顔でのぞき込んだ。ラキよりはタクトの方が、力があるからまあいいやと思えるんだけど、でも、そんなに心配しなくても大丈夫! ここも、怖くなかった。見たいところがいっぱいあって、体がうずうずとしてくる。
「抱っこしないよ! オレそんな赤ちゃんじゃないから!」
くすくす笑って人ごみをすり抜けて走ると、二人が慌てて追ってきた。
「ユータ、道分かるのかよ!」
「分からないー!」
でも、どこへ行ってもきっと楽しいよ。だって、どこも全部見たことないもの。
オレは、捕まるまいと、きれいな石畳の上をきゃあきゃあ言いながら走った。
「んーこのあたりだったと思うんだけどなー」
逃げ回った結果、しっかりと両手を確保されて、捕らえられた宇宙人よろしくどこにも行けなくなってしまった。
「地図でもこのあたりだから、しばらく待ってみようよ~! 僕たち多分目立ってるから、すぐに見つけてもらえるよ~」
オレたちは先に着いているカロルス様たちと、東門近くの広場で待ち合わせをしていた。ハイカリクにも広場はあったけれど、終始何かしらの市場やイベントが行われていて、広く空いていることなどなかった。けれど、ここでは小さな人工的な泉を中心に、運動場ほどの何もないスペースが広がっていた。塀の中の貴重な土地なのに、ぽっかりと開けられた空間は、とても贅沢に感じる。
「見たことない屋台があるね!」
「何か食う?」
「あれ食べ物なの~?」
広場を縁取るように並んだ屋台には、どこでもお馴染みのお肉類が多かったけれど、中にはどぎついカラフルな何かを売っているお店もあった。
石造りの泉のフチへ腰かけて、オレたちはふうっと息をついた。見たことのないものが多すぎて、情報が頭に詰め込めなくなりそうだ。滞在期間中に、王都を全部見て回れるだろうか。
『ぼくがお外に出てもよくなったら、一緒にまわろうね! そしたらきっと全部まわれるよ!』
「うん、従魔連れの人も多いみたいだし、きっと大丈夫だよ!」
ここでもシロをかわいがってもらえたら嬉しいな。肩に魔物を乗っけた人や、大きな蜘蛛みたいな魔物を連れている人もいたから、ちょっと大きい犬くらいなら全く問題ないだろう。大きな蜘蛛が全部の足にフリフリしたリボンをつけていたのは、オレだって理解しづらい文化だけれど、都会ってそういうものだ。
「よう、お疲れさんだな! そら!」
ぼんやりと人ごみを眺めていたら、がっちりと強い腕につかまれて、みるみる視界が拓けていく。
とすん、と肩に下ろされた時には、周囲は眩しいほどに明るい色彩にあふれていた。
「わあぁ……うわぁ……!」
ほっぺが赤くなって、瞳が輝くのを自分で感じた。
「すごい! ホントにきいろの街だ! きれい……」
「おう、目がチカチカするだろ!」
カロルス様の肩に座って眺める街は、『黄の街』に相応しく、屋根が様々な黄色に彩られていた。城壁に囲まれた王都は、『白の街』と『赤・青・黄の街』の区画に分けられているらしい。それぞれの街は屋根の色を対応する色にしなければいけないというルールがあるのだそう。見事に揃えられた色は、異国情緒に溢れ、ドキドキと胸が高鳴った。
「でも、黄色しか見えないね」
「当たり前だろ、王都は広いぞ」
城壁に囲まれているのだから、そこまでの広さはないと思っていたのだけど、これは相当な広さがありそうだ……ハイカリクを基準に考えていたオレは、改めてスケールの違いにごくりとのどを鳴らした。
「……ところでカロルス様、どうしてそんな恰好なの?」
「ばっ……! 呼ぶな! しいっ!!」
慌ててオレの口をふさぎ、きょろきょろするフードの大男は、どう見ても不審者だ。
「どうして呼んじゃだめなの?」
「どうしてもだ! 面倒なことになるからな……」
ふうっと額の汗をぬぐい、カロルス様はフードを目深にかぶりなおした。
「カ……えーと、領主様は有名人だぜ! 英雄だからな! 俺、何回も語り部の……」
「さ、行くぞ! ここでぐずぐずしてられんからな! 館でくつろいでから好きに出かけろ」
タクトのセリフを遮って、カロルス様が勢いよく一歩踏み出した。肩の上でひっくり返りそうになったオレを、大きな手が支える。
「えーじゃあ、街中でなんて呼べばいいの?」
「何でもいいぞ! フツーに……パパでもママでも呼びゃあいいじゃねえか」
うん、ママはないよ。
「……パパ?」
小さく呼びかけると、ぴくっと肩が震えた。
「………おぅ」
ブルーの瞳がオレを見て、どことなく不貞腐れたような顔で視線をそらした。精悍な顔に朱が差して、何の気なしに言ったオレの頬までみるみる赤くなる。は、恥ずかしいこと言ったみたいじゃない! やめてよ!
「や、やっぱりママの方がよかったかな……」
「なんでだよ!」
オレとカロルス様は、顔を見合わせて笑った。
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