第387話 王都の館

「よし、向こうで馬車に乗るぞ」

「えっ? どうして?」

せっかく王都に着いたのに、またどこかへ出かけるんだろうか? もっと街を見ていたいのに。

「ユータ、王都は広いんだぜ! それに、貴族街へ行くならフツーは馬車だぜ!」

「そ、そうなんだ」

オレはカロルス様の肩で揺られながら、名残惜しくショーウィンドウを眺めた。黄色の街は商店が中心となった、一番活気のある場所だ。趣向を凝らした店頭は、ハイカリクよりもなお洗練されて魅力的だった。


「ラキ! おいってば! めんどくせえ~~! もう担いでいくぞ?!」

「ま、待って~! ちょっと、もうちょっと~!」

案の定と言うべきか、方々で目をくぎ付けにされたラキが足を止め、タクトが引きずってきている。ラキ、王都にいる間中商店に入り浸るんじゃないだろうか……。


悲しい瞳で馬車に乗せられたオレとラキに、カロルス様が苦笑した。

「いくらでもまた見られるだろ? ひとまずウチの場所を覚えて、しっかり寝ろ。そんで明日から遊びに行ってこい」

ブルーの瞳が、じっとオレを見つめて頭を撫でた。

「……うん!」

どうやら、自由に行動しても許してもらえるようだ。少しずつ離される手に感じる、少しの寂しさと、たくさんの誇らしさ。オレは、揺れる瞳をしっかりと見つめて、にっこりと笑って見せた。



「あれっ? 街の中にも塀がある……あ、ここが白の街?」

黄色の街をしばらく走った馬車は、ガタガタとはね橋を渡って白い壁の向こうへと向かった。白い壁の向こうは白の街、いわゆる貴族街だ。ここでは門番さんがいちいち通る人をチェックをしているらしい。

フードを跳ねのけたカロルス様が窓を開けると、門番さんが棒でも飲んだように、直立不動になって敬礼した。

「カロルス様、カッコイイね! 王様みたい」

「……そうでもねえよ」

きらきらした視線を向けるオレたちに、カロルス様は勘弁してくれと苦笑した。


「わあぁ、ここが王都のお家?」

白の街に入ってほどなく、馬車は大きな木の生えた館の前にとまった。ちゃんと覚えておかなきゃ……迷子になったら恥ずかしすぎる!

「おう、俺もほとんど来てねえから、家って気はしないがなぁ。そうそう、あいつらがロクサレンに来てから、こっちは留守だから、今は最低限の日雇いメイド達しかいねえ。気をつけろ、よ? 『普通のお子様』で頼むぞ?」

カロルス様が意味ありげに、オレの頬をつまんでにやっと笑った。

「オレは大丈夫だよ! カロ……パパこそ!」

「俺はいいんだよ、色々バレてるから。なあ、家ではいいぞ、ソレ……あいつらが聞きつけるとうるせえだろうし」

確かに、とくすりと笑いあったところで、開かれた門の向こう側が目に入った。

「そ、そんな……まさか、あなた、私を裏切ったの……?」

「なんてこと……見損ないましたよ!!」

手を取り合って震える二人の女性に、カロルス様がうぐっと呻いた。

「人聞きの悪いこと言うんじゃねえよ! その、外で名前呼ばれると困るから……そう、偽名だ偽名!」

そうだろ、な? と助けを求める視線に、オレも慌てて頷いた。

「お外だけだよ! 別になんでもよかったんだけ……」

「じゃあっ! 私のことは?」

全部言わせてもらえず、エリーシャさんが、がばっ! とオレの両肩をつかんだ。

「ユータちゃん、あれは『パパ』、じゃあこれは……?」

カロルス様を指し、にっこり笑って自分を示したエリーシャ様に、こくりとのどを鳴らした。

「えっ、と……『ママ』?」

「ぐふっ?!」

高貴な女性にあるまじき声と表情で、エリーシャ様の体がふらりと傾いだ。カロルス様がそれを淡々と受け止めて小脇に抱える。そこは、お姫様抱っこしてあげよう?


やれやれと一歩踏み出そうとしたところで、柔らかい手がオレの両頬を挟んだ。

「あちらは、『ママ』、では、これは……?」

えええ~?! これは何が正解?! 内心おろおろするオレに、モモの呆れた声が、そっとささやいた。

なるほど、よ、よし……。軽く頷いたオレは、茶色の瞳を見上げた。

「えっと、マリーお姉ちゃん……?」

お望みの名前に合致したろうか……ちょっと自信なく首を傾げたところで、マリーさんが吹っ飛んだ。

「えええーー?!」

ドラゴンのしっぽでもくらったように、猛烈に吹っ飛んでいったマリーさんを目で追って、しばし呆然としたオレは、くるりとカロルス様を振り返った。

「……わあぁ、ここが王都のお家?」

「さらっとなかったことにしようとすんじゃねえよ?!」

「ユータも大変なんだね~」

どうやらセーブポイントからのやり直しはできないようだ。

「あー、まあ、その……慣れてくれると助かるぜ……」

ぐったりとしたカロルス様が、力なく笑った。


「すごーい! 貴族様の館って感じ!」

生活感がないせいか、館の中はまるで美術品の一部のようで、どこも触れてはいけないような気がしてくる。

「ロクサレンの館だって、貴族の館なんだけど? ここは、おかえり、かな?」

「セデス兄さん! ただいまー?」

セデス兄さん、なんてお似合いなんだろう。余計な事さえ言わなければ、キラキラした見た目がとても貴族らしくて素敵だ。それだけに普段の言動が残念で仕方がない。

「……ねえ、どうして着いて早々、そんな憐れみの目で僕を見るの?!」

オレは抱き上げられた腕の中で、なんでもないと目を伏せて、ため息を漏らした。


「坊ちゃまはこちらのお部屋を、ご友人方はこちらのお部屋をどうぞ」

静々と歩く見知らぬメイドさんに案内され、オレたちはつかの間の自室へと足を運んだ。オレのたっての希望で、タクトたちの部屋は隣にしてもらったんだ。そのせいでタクトとラキは同室になっちゃったけど、二人はその方が落ち着くと言ってくれた。

「よしっ! 後でユータの部屋に集合しようぜ! そっちの部屋も見たいからな!」

まずは自室の探検とばかりに、タクトは勢いよく部屋へと飛び込んでいった。一応、他の貴族が泊まりに来た時用の部屋なので、シンプルとはいえ宿とは格が違う。オレの部屋は広さもあって、ロクサレンの自室よりも豪華だった。

「きれいだねえ、やっぱり王都のお家だから、貴族っぽくしてあるんだね」

――ここなら訓練だってできそうなの!

絶対やめてね?! いろいろと壊したらダメなものが多い気がするから!

『広いね! 床も柔らかいね! でもぼく、匂いは向こうのお家の方が好きだな!』

ひょい、と飛び出したシロが、楽しそうにあちこちを嗅ぎまわった。

『素敵ね~! 私はこっちも好きよ! きれいだもの』

『スオー、どっちでもいい』

『行くぜアゲハ! 探検だ! 親分に付いてこい!』

『おー!』

窮屈な長旅に飽き飽きしていたみんなは、広いお部屋が気に入ったようだ。

「この窓辺も日当たりが良くて気持ちいいね」

「ムゥ!」

ポシェットから取り出したムゥちゃんは、さもあちこち凝ったと言わんばかりに、うーんと伸びをすると、腰(?)をとんとんとやった。でもムゥちゃん、関節ないよね?

「ピッピピッ」

ティアが、窓辺にとまってさえずった。どうやら、ティアも日当たりのいい窓辺にいつものカゴを置いてほしいらしい。出窓部分にティアのカゴと、ムゥちゃんの鉢を置くと、すっかり自分の部屋らしくなった気がした。


「はい、お水だよ~!」

窓辺に小さな机を持ってくると、たらいに水を張って声をかけた。

「ムゥ~!」

「ピピィッ!!」

大喜びで飛び込んだムゥちゃんとティアが、ぱちゃぱちゃと水しぶきをあげる。

――楽しそうなの!

『俺様も~!』

『いいわねえ、豪華な部屋で行水なんて優雅……でもないかしら』

わーいとばかりに集まってきたちびっこ組が、ぽちゃぽちゃとたらいの中に飛び込んでいった。

『あえは、あえはも……』

たらいのフチでおろおろとのぞき込むアゲハに、土魔法で陸地と浅瀬を作ってあげると、嬉しそうに足を浸けてぱちゃぱちゃしている。

『ゆーた、見て、きれいだよ』

腹を見せて仰向いたシロに呼ばれ、オレも隣に寝転がった。

「ホントだね、きれいだねえ」

ゆらゆらと揺れる水面が、天井にも光の水を描いてきらきらしている。はしゃぐみんなの揺らめきが、刻々と変わる模様を描いて、いつまでも眺めていられそうだ。

傍らのシロのさらさらした毛並みに頬を寄せて、オレはうっとりと目を細めた。



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もふしら4巻発売まで1週間切りました!

またもやコロナの影響がちらつき始め、不安いっぱいですが、なんとかなりますように!今回表の表紙と裏表紙の表情が結構違って素敵ですよ!裏表紙には愁いを含んだあのお方が……!

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