第385話 王都へ
「カロルス様……カッコよかったな」
「あれがAランク……格が違ぇ」
夢見る乙女のような顔で、ぼうっと外を眺めるのは、リーザスさんとガザさん。
「でも、ガザさんたちもBランクなんでしょ?」
護衛さんたちは、野盗から警戒されすぎないようD、Cランク程度を装っていたらしい。Bランクなら、Aランクまであと少しだと思うのにね。
「わかってねえな、冒険者のDランクからは、ランク間の壁が異様に高いのよ。CとDの間には登れねえ山、BとCの間には越えられねえ断崖絶壁があって、AとBの間にゃあ道はねえよ!」
「ないの?!」
「ねえな!!」
ザクっと言い切られて目をぱちぱちさせた。じゃあ、どうやってAランクになるんだろう……
「Aランクは人外だって言うでしょ? 今回のでそれがよくわかったよ……」
リーザスさんがフッと天を仰いだ。確かに、あの人たちは人外かもしれないけど、他の人はどうなんだろう? オレ、他にAランクって知らな……あ、ガウロ様か。うーん、あれもまた人外かもしれない。
あれからカロルス様たちと別れ、オレたちは見張り兼目印にリーダーさんとゼントさんを置い……その場を任せて出発した。こっちは御者さんがいなくなっちゃったので、残った護衛さん二人が交代で馬車を操っている。
ちなみに、万が一残る彼らに何かあったら困るからと、アッゼさんも置いて行かれていた。
「役に立ってくださいね」のセリフ一つで張り切っていたから、それはそれでいいのだろう。マリーさんの戦闘の気配を感じて勝手に登場したらしいし。
その場を後にしてからは、ちらほらと魔物の襲来はあるものの、特に目立った障害もなく至って順調に進んでいた。
「んっ! 魔物の気配! どこだ?!」
「あ、本当だ~アリが来たね~」
パシュ、という小さな音が複数回で、戦闘は終了したようだ。御者をしてくれる彼らを手助けしようと、オレたちは許可をもらって、できる範囲で魔物退治に精を出していた。張り切ったタクトの気配察知精度はなかなかのものだ。そしてラキの遠距離射撃も。
普通の魔法よりも弾速が速いせいなのか、そこそこ遠距離でも確実に当てている。
「あああ!! ラキ! 今度は俺だって言ったじゃん!!」
「そうだっけ~?」
ラキ、絶対わざとだ。退屈しのぎにタクトをからかっているらしい。
「お前らもたいがいだよな……最初っから言ってくれよ……」
ガザさんが大きな背中を丸めてため息をついた。ちなみにそんな2人だから、オレはあんまりすることがなくて、ガタゴト大きく馬車が跳ねる度に、ビクッと飛び起きている。大丈夫、今日はまだ起きてる。
ふと目を開けると、オレンジになりつつあるお日様と目が合って飛び上がった。寝てなかったのに、もう夕方になってる……。
街道とは名ばかりの荒れた道から、徐々にしっかりと人が作ったと分かる道へ。おしりで感じる変化に、オレはそわそわと席を立った。
目を凝らしてみても、まだ視界の中に街の姿は見えない。だんだんと人の世界に近づいて、昨日は宿場町でのお泊まりだった。今日は王都近くの町に泊まって、いよいよ明日だ……!
高鳴る胸のままに、オレは窓から身を乗り出してぴょんぴょんと跳ねた。ギシ、ギシと鳴る床板さえも楽しい。
「早く着かないかな! 明日本当に着くんだよね!」
「ユータがそう言うと着かなくなりそうだからやめて~。ねえ、宿は本当にいいの~?」
「貴族様の館なんて、俺ちょっと怖えぇ」
二人の声に、はたと振り返って眉を下げた。当初は王都の宿に宿泊予定だったのだけど、まずはカロルス様の館で腰を落ち着けて、もし必要なら宿を探せばいいと押し切られ、二人もカロルス様の館にお世話になることになったんだ。
「ごめんね、オレが二人といたいって言ったから……」
「ううん~! ものすごくありがたいよ~!」
「宿代も王都じゃ高いしな!」
そもそも、当然のようにオレはカロルス様たちの館で生活すると思われていたので、二人と宿に泊まるって言ったら仰天されてしまった。確かに、オレだけ外で泊まるのは不自然極まりないかもしれない。
「ほんと? オレ、みんなで一緒に過ごすの、楽しみだな!」
二人と一緒にお風呂に入って、ごはんを食べて、そして朝起きた時から一緒だ。にやにやと緩んでくる頬を見られないよう、再び窓の外へ顔を突き出した。
『それっていつもと何が違うのよ……』
モモの言葉に、あれっと思い返してみれば、なるほど、普段からいつもそうかもしれない。
「で、でも、お家にお泊まりはしたことないんだよ! ちょっと……違うんだよ!」
『そう……まあ、楽しみならよかったわ』
モモのぬるーい視線に、さりげなく傍らのシロを撫でてごまかした。
『お外も好きだけど、ぼく、おうちも好きだよ。安心の匂いがするもんね、早く着くといいねぇ』
シロたちがいることもばれちゃったので、今日はみんな出てきて思い思いにくつろいでいる。
オレの膝にのしっと大きな顎を乗せて、シロがふぁさふぁさとしっぽを振った。馬車の随分な範囲を占拠してしまっているけど、好意的に見てもらえているようで助かった。
「うん、お家っていいよね。屋根があるだけでも安心するもん」
お外での野営はわくわくするけど、やっぱりお家とは違う。『外』の領域に間借りさせてもらってるって感じがひしひしとして、特に夜は落ち着かない。
『そう? あなたいつも寝坊するくらいぐっすり寝てるじゃない』
『主のは快適空間じゃん、野営って言わないって、俺様は思うけどな』
チュー助にまでそんなことを言われ、そ知らぬふりをして熱心にシロの毛並みに手を滑らせた。日光を浴びてほこほことした毛並みは、いつもより柔らかいような気がする。
「あったかいね」
『うん、気持ちいいね』
水色の瞳を細めたシロが、にこっと笑った。
「ピッ」
お尻をそわそわとさせたティアが、眩しく光を反射するシロの毛並みに飛び込んだ。ぼふっと音がしそうな勢いで、首元のたっぷりした被毛に潜り込むと、カチカチっと嘴を鳴らして満足そうに羽を整え始める。
――気持ち良さそうなの!
『ラピスもおいで~』
ごろりと転がったシロに、ラピスがきゅっと鳴いて、もすっと飛び込んだ。白銀の毛並みに完全に埋もれた純白は、まるいしっぽだけが突き出して、まるでシロの首元にポンポンがついたようだ。
――あったかいの!柔らかお布団と、サラサラお布団なの!
白銀の海からぴょこんと顔を突き出したラピスが、目をキラキラさせて教えてくれた。そうそう、シロの毛皮は、奥の方がふかふかして、外側がサラサラするんだよね。毛流れに逆らって手を突っ込むと、奥の方にあるもふっと感がよくわかる。
『ゆーた、それくすぐったいよ』
毛並みを逆なでしていたら、シロが耳を伏せてくすくすと笑った。
『こっちの手は空いてる』
肩車よろしくオレの後頭部に張り付いていた蘇芳が、するっと膝まで下りて寝そべった。そのままくいっとオレの手を引いて自分のおなかに乗せる。
どうやら撫でろというご要望らしい。くすっと笑って手を滑らせると、大きな紫の瞳が満足げに閉じられた。
「蘇芳も、やわやわしてて気持ちいいね」
ついでに大きな耳をもみもみすると、高い体温が手のひらに伝わって、じんわりと心地いい。
『俺様の毛並みだって最高だぜ!』
『あえははー?』
短剣から滑り出てきた二匹も膝に乗り、オレの周囲が随分賑やかになった。
「お前……どんだけ飼ってんだよ。金かからねえ召喚獣だけで十分じゃねえか」
「飼ってるわけじゃないよ、一緒にいるんだよ」
持ちつも持たれつ、召喚獣はそうはいかないけれど、他のみんなは好きな時にオレから離れることもできる。
一緒にいられるこの時間に感謝して、にっこりと笑った。
ガララララ……
不規則に跳ねていた馬車が、今は規則正しい車輪の音を響かせている。田舎と違って、都会の方は結構な速度で馬車が行き来するんだなぁ。
まだ朝早いというのに何台もすれ違う馬車に、オレは忙しく手を振って、きょろきょろと周囲を眺めまわした。
「そんなにはしゃぐなよ……俺が恥ずかしいぜ」
全部の景色を見たいオレは、馬車の中を走り回って、がっちりと腰のベルトを捕まえられてしまった。
「だって……タクトは知ってる景色だけど、オレは知らないもん! 見ておきたいでしょ?!」
「しばらく滞在するんだから~いつでも見られるよ~」
そうかもしれないけど! でも今見ないともったいないでしょ?!
オレは仕方なく1か所の窓で我慢して必死に目を凝らした。走れば土煙のあがっていた道はなくなり、馬車は整備された平らな街道を走っていた。
遥か先には、うっすらと王都が見える。このあたりで一番大きな、ヒトのコロニーは、広い平野の中でしっかりと存在を主張していた。
「ユータ、もう少しかかるから~、その間に王都の本でも読んだら~?」
苦笑したラキに言われて、慌てて腰を下ろした。そうだ、昨日宿で読もうと思ったのに、すぐさま寝ちゃったんだ。そわそわと落ち着かないけれど、少しでも情報収集しておかなきゃ!
ちらちらと窓の外を気にしながら、オレは執事さんからもらった本を広げた。
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