第384話 野盗を倒すということ

「ユータ様ぁ! ……あ!」

すぐさまオレを見つけたマリーさんが、次の瞬間しまったと口元を覆った。

「え? どうしたの?」

「いいえ……なんでもありません」

凄い音をたてて蹴り飛ばした野盗に目もくれず、マリーさんはどこかしょんぼりと肩を落とした。

「あー、マリーさんはユータに救出してもらうんだーって張り切って? いたからね」

「救出……?」

……そういえばオレ、マリーさんを救出に来たつもりはさらさらなかったなぁ。

「囚われのメイドを助けに来るユータ様! 素敵なシチュエーションでしたのに……」

そ、そう? でもオレ、マリーさんが囚われてたらまず勝てない敵だもの、カロルス様を呼びに行くけど……。

ひとまず、ここはカロルス様たちに任せておけば大丈夫。

「オレたち、馬車探してくるね! ……マリーさんカッコイイ! ここをお願いね!」

「分かりました! このマリー、ここで全ての敵を殲滅致します!」

「おう、一応気をつけろよ!」

動かなくなってしまった護衛さんたちを置いて、オレたちは誰も居ない通路を走った。

「でもよ、馬車、どこにあるんだ?」

「これだけ派手に攻撃受けてたら~、普通お宝持って逃げだそうとしてるんじゃない~?」

「えーと、じゃあひとまず、人が集まってる場所を探せばいいかな?」


* * * * *


「……こんにちは~?」

小さな声に、出入り口へ目をやった野盗の目線が、スッと下がった。

「ガキ……?」

出入り口からひょこっと顔を覗かせたのは、ごく小さな幼児。野盗はふと思った。あれ、ここ鍵かかった扉があったはずじゃなかったっけ?

「野盗以外の人はいませんかー?」

首を捻った野盗に構わず、幼児は部屋内を見回すと、いたらお返事してねとでも言うように、にこっと片手を挙げて尋ねた。あまりにも場違いな姿に、野盗達は薄気味悪ささえ感じつつ、目配せしてロープを取り出した。

「おいガキ、なんでこんなとこにいる? こっちへ来な、いいことを教えてやろう」

じりじりと近づく野盗に、幼児はほんの少しだけ微笑んだ。随分大人びた顔しやがる、こいつはいい金になる。野盗の意識は、その後『せんたっきー』という間抜けな声が聞こえたと同時に途絶えた。


* * * * *


「でぇい!」

まだ細い足が遠慮なく扉を蹴り飛ばし、派手な音をたてて吹き飛んだ。乱暴だなぁ、そんな派手にやらなくても、魔法でサラサラの粉にしちゃえば静かにできるのに。

「なっ……ヤツらか?!」

慌てる野盗に目もくれず、タクトがきょろきょろすると、こちらを振り返ってニッと笑った。

「あったぞ!」

なんかそれ、オレたちの方が家探しする盗賊みたい。

「こんなとこ~? どうやって出入りするんだろ~?」

人が集まっているところをしらみつぶしに回っていたのだけれど、おそらく地表近くだろうという予測を裏切って、結構な地下に馬車が数台集められていた。

盗賊達にとっても貴重な足になる馬車は、どれも壊れされたりせず、馬も無事なようだ。

「ユータ、あの魔法使うなよ! 馬車も水浸しになるからな」

「お馬さんもかわいそうだしね~」

「つ、使わないよ~!」

さっき使ったせんたっきーは、大不評だった。オレたちまでびしょぬれになって、外でやれ!とラキとタクトに怒られてしまった。でも、ちゃんと乾かしたでしょ?

「て、てめえらふざけやがって……!! 何モンだ?! 何しに来やがった!」

存在を気にも留めずに振る舞われ、その場にいた数人の野盗が額に青筋を立てた。

「馬車、探してたんだよ。返してもらうぜ」

にやっと笑ったタクトが、ゆっくりと剣を構えた。

「荷物までたくさん積み込んでもらって~助かるな~!」

にっこりと微笑んだラキが、スッと指さすように手を伸ばした。

「生意気言いやがって…」

野盗たちが手に手に武器を振り上げた時、パシュ、パシュと小さな音と共に奥の弓士が悲鳴をあげてひっくり返った。その間に、ぐっと姿勢を低くしたタクトが飛び出し、一振りで1人ずつ沈めていく。


オレの活躍の場はなさそうなので、乗っていた馬車を探そうと、並ぶ車両の間をちょこちょこと走った。

「あ! これだ。そうだよね? このお馬さんたちだったもん」

馬車はどれも同じようなものだけど、馬に見覚えがあった。ひょい、と飛び乗ると、随分と荷物が積み込まれている。

「うーんこれじゃ座れないね。一旦オレが収納しておくしかないかな……」

腕組みしたところで、気配を感じて振り返った。

「あ……あんたは!」

そこにいた御者さんに、オレはちょっと目を丸くした。

「……無事、だったんだ」

「そうとも、早いとこ脱出しようぜ!」

駆け寄ってオレを掴もうとした腕を、するりとくぐり抜ける。

「……なんで逃げるんで?」

胡乱げな瞳を見つめて、オレは短剣を構えた。

「……いつも、御者さんに化けて情報を流してたの?」

気づきたくはなかったけれど、野盗の中で自由に過ごしている姿を見れば、オレだって認めざるを得ない。おかしいと思ってはいたんだ、カロルス様たちが最初に活躍した時、まず魔物を疑ったから……。

野盗は、死罪。そんな言葉が頭を掠めた。

「ふーん、ガキだから構やしねえと思ったが、バレちまいやしたか。大人しくこっちへ来な、お前は金になるから殺しやしねえよ」

へへ、と嫌な笑みを浮かべた御者さんに、きゅっと唇を噛むと、一歩踏み出した。



「あ! 君達どこ行ってたんだよ! 探しに行こうと思ったのに行かせてもらえないし……」

戻ってみると、戦闘を終えたカロルス様たちと護衛さんたちがその場の片付けをしていた。すごい数の人だね……これだけいると、ギルドの人はどうやって連れ帰るのだろうか。

「馬車を確保してきたんだよ! それと……」

「これが情報流してたヤツ!」

タクトがどさっと担いでいたものを下ろした。

「……チッ。やっぱり流してやったか。お手柄だな」

ガザさんが苦い顔をして、意識のない御者さんをつかみあげた。


「ユータちゃん! 私たち頑張ったのよ~! 素敵かしら?」

「ユータ様! マリーの活躍をみていただけました?」

満面の笑みで抱き上げられ、柔らかなほっぺですりすりとされた。戦闘で乱れもしない髪が、動きに伴ってさらさらと揺れてオレをくすぐった。

「ユータちゃん頑張ったわね、辛かったでしょう?」

人と戦ったことは何度もあるけれど、今回のはちょっと違った。でもオレ、Eランクの冒険者だし、もうそんな子どもじゃないんだ。そう思いつつ、優しい腕にきゅうっとされると、固くなっていた体がゆるゆるとほどけていく。目を閉じて胸元に寄りかかると、とエリーシャ様のあたたかさが染みこむような気がした。

「いいのですよ、ユータ様。それに慣れる必要はないんですよ、それで構わないんですよ。ユータ様はそれで大丈夫だとマリーが保証します」

今度はマリーさんの腕に受け渡され、随分と抽象的な物言いに戸惑いながら、こくりと頷いた。

そうか、これでいい。いろんな思いがごちゃまぜで、一体何味のスープか分からなかったけど、これはこういうスープなんだろう。無理に味を決めなくていいし、間違って作ったんじゃない。そのまま飲んでしまえばいいんだね。

きっと美味しくないけれど、栄養はあるんだろう。

オレは、マリーさんの瞳を見上げて、もう一度しっかりと頷いた。


「お前らも、頑張ったな! 偉いぞ! でも無理すんじゃねえぞ?」

にかっと笑ったカロルス様が、広い胸にタクトとラキを抱き込んで、わしわしと2人の頭をかき混ぜた。若干苦しそうな顔をしながら、誇らしげな2人に、オレはにっこりと笑った。

「カロルス様!」

手を伸ばすと、ニッと笑って抱き上げてくれる。

「おう、お前もな!」

大きな固い体をぎゅっと抱きしめると、強い腕には、オレが潰れてしまいそうな力が込められた。頭までぐっと押さえられて、全身がぴたりとカロルス様に押しつけられる。

「……頑張ったな」

その低い声は、「そんなに頑張るんじゃねえよ」と言っている気がした。

肺がつぶれて苦しかったけれど、オレも腕に力を込めた。心配しなくて大丈夫だよ、と伝わるといいなと思いながら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る