第383話 どうしよっか?

「――それでみすみすメイドを攫われたってのかよ、情けねえなあ」

「いや、攫われたっつうか、押しかけていったっつうか……」

ひとまず、乗客たちは野盗が戻ってこないうちに荷物をまとめ、マリーさんの残したシールドの範囲内へと集まった。乗客は全員無事……あれ?

「御者さんは?!」

「ああ、馬車もねえだろ? 馬車ごと、だ」

野盗は、ちょうどみんなが簡素な夕食をとっていた頃に襲ってきたらしい。逃げられないよう、真っ先に馬車を押さえられたせいで、早々に荷台で休んでいた御者さんが犠牲となった形だ。

「ねえ、早く御者さん助けに行かなきゃ!」

「御者って……メイドはいいのかよ。フツーはそっちの心配だろ? 御者はもう……いや、こんなとこで御者してんだ、覚悟はあんだろよ」

ガザさんが言葉を濁して目をそらした。……でも、でもマリーさんがいるもの! きっと大丈夫だよ。


――あっちはもう出発したみたいなの。ラピスがいなくてもちゃんと連絡取り合ってるみたいなの。

急いでカロルス様に知らせに、と思ったけれど、どうやら何らかの手段でマリーさんとカロルス様たちは連絡を取れるらしい。それなら、オレたちも早く向かわなきゃ!

「オレたち、もう行くよ?!」

「おいおいおい!!」

ぐずぐずしている護衛さんたちにしびれを切らし、飛び出していこうとしたところで、むんずと掴まれた。合計4本の腕にそこかしこを掴まえられて、オレは蜘蛛の巣にかかった虫みたいにじたばたともがいた。

「君が行ってどうするの! ちゃんとシールドの中にいること!」

素晴らしいチームワークで護衛さんたちに囲まれると、そのままシールドへ放り込まれそうになる。

「オレたち、冒険者だから! Eランクだよ!」

ぱしぱしとオレを抱える腕を叩いて訴えると、胡乱げな眼差しにサッとEランクのカードを掲げて見せた。

「ええ~本当にEランクだよ、驚いた……」

覗き込んで目を丸くしたリーザスさんに、得意顔になると、太い腕をさらにべちべちと叩いた。

「いてぇ、いてぇっての!」

「じゃあ、早く行……」

「だめに決まってるだろう、ガキは留守番だ」

せっかくガザさんの腕から逃れたのに、リーダーさんに首根っこを押さえられてしまった。


「あのね~、僕たちそれなりの冒険者なんだ~。だから、置いて行かれたら僕たちだけで行くからね~? 一緒に行くなら、連れて行ってあげてもいいけど~?」

「馬車、ねえんだろ? 俺らと一緒なら連れて行けるぜ」

タクトとラキが、腕組みしてどどーんと言い放った。そ、そうか! こっちには移動手段がある!

「シロ!」

「ウォウッ!」

バッとオレから飛び出したシロ。……と、蘇芳とモモ。喚んだのはシロだけなんですけど?!

『この際、いいでしょ? どうせ登場するんだから』

『スオー、外にいる』

どうやらずっとオレの中にいて退屈だったらしい。

『俺様は中にいるぜ! いい子だからな!』

『あえは、でたい……でもいい子らかや……』

退屈よりも安全第一なのもいるけどね。あと、ムゥちゃんはポッケですやすやお昼寝中だ。


「な……召喚獣?! 早い……一体どうやって……」

「……知らないの? 最近はワイファイルーターがムセンランだからね! それにモジュラーからモデムも近いから当然だよ! 召喚に時間がかかったのは昔の話、最近は5Gなんてものができて――」

「そ、そうなのか。召喚士には詳しくないからな。専門用語は分からん……」

当たり前の顔をしてまくし立てると、リーダーさんは素直に信じてくれた。うむ、今後はこれが使える!

『ゆーた、すごいね! とっても賢いね!』

瞳をキラキラさせたシロに、非常に胸が痛んだ。ごめんね、オレも専門用語全然分かんないんだ。

『そう……? 私はとってもおバカっぽいと思ったけれど……』

小さなモモの呟きは聞こえなかったことにした。



「どこへ行ったか分かるの~?」

「大丈夫! シロが臭いで追えるしラピスたちも探せるから!」

『ぼく、絶対間違えないよ! たっぷり臭いが残ってるから!』

一面の平原を、犬ぞりが駆け抜けていく。あの時と同じように、オレたちはシロに、護衛さんは後ろの簡易ソリに。さすがに『草原の牙』みたいに叫んだりしないけれど、頑丈なソリにヒビが入るくらい縁を握りしめ、青い顔をしている。

中々頷いてくれなかったけれど、置いていってもオレたちが勝手に行くのが目に見えているため、結局向こうが折れた形だ。休憩所には念のためにゼントさんが残り、残る3人がソリに乗ることになった。

『うーんと、もうすぐだと思うよ!』

さほど休憩所から遠くない地点で、シロが空を仰いで言った。

「え? でも何にもないぜ! シロ、本当に近いのか?」

『うん、近い!』

はっきりと答えたシロが、間もなく速度を緩め、やがてピタリと止まった。

「シロ、どうしたの?」

臭いが消えたのかと首を傾げると、シロは大きな三角耳をピコピコと動かして、にっこり笑った。

『ここだよ! ユータ調べてみて?』

ハッとしてレーダーを確認して驚いた。い、いっぱいいる-!!

ズドオォーン!

くぐもった大きな音と地響きに、ぐったりしていた護衛さんたちが立ち上がった。

「ぶわーっなんだなんだ?」

「目、目に入った-!」

突如目の前の大地が歪むと、ばふっと砂埃が立ちこめた。まともに受けた護衛さん達が涙を浮かべてむせこんでいる。

「これは……魔物の巣穴?」

リーダーさんが眼前の地面に手を伸ばすと、おもむろに掴んで放り投げた。バサリと音をたてたのは、薄汚い布だろうか。それを取り去った後には、ぽっかりと大きな穴が空いていた。どうやら穴に布と土をかぶせてカモフラージュしていたらしい。

「じゃあ、あっちのもくもくしてるのも穴空いてんのか?」

ここら一体の草原から、地響きがする度にうっすらと土煙の上がる場所があった。

「くっそぉ、見つからねえハズだぜ! アリの巣じゃねえか!」

ガザさんが悔しげに歯を鳴らした。

「アリの巣にアジトがあるなら、相当な数だろう、今回は偵察だけだ」

アリの巣を、乗っ取ったってこと? それとも共存? ひとまずいち冒険者の手には余るだろうと、リーダーさんが厳しい顔で告げた。

でもね、この状況から察するに、偵察だけってもう無理な気がするんだ。言いかけた言葉を飲み込んで、オレはまじめな顔で頷いた。


見張りのいない状況に怪しみながらも、そろり、そろりと大きなアリの巣へと侵入する。最初に見つけた穴は小さかったけれど、探すと馬車が入れるほど大きな出入り口もあった。アリの魔物はこんな大きな出入り口を作らないから、人為的に広げた物だろう。掘り進めた跡が残る土壁には所々明かりが灯って、まるでお話で見るダンジョンのようだ。つい心が浮ついて、ぱちんと頬を叩いて顔を引き締めた。

「――! 通路が終わる。気をつけ……」

「ほーーっほほほほ! 薄汚いあなたたちは地面に這いつくばるのが……良いんじゃないかしら……? お好きそうね……?」

間近で聞こえた衝撃音と、尻すぼみになった場違いな高笑い。

「這いつくばるのがお似合いよっ! ……でどうでしょう?」

「いいわね!!」

高笑いしながら舞う美女と、うふふっと優しげな顔で野盗を土壁にめり込ませるメイド。

「「「…………」」」

「えっと、もう戦闘始まっちゃってるね」

大きく拓けた空間は、まるで戦争のようになっていた。わらわらと溢れてくる茶色の野盗と、それを迎え撃つこざっぱりした数人。

「ちょっと聞いて-! 別に殲滅する必要ないでしょー?! 出入り口塞いで見張りつけとけばよくないー?! ねえってー!」

バチバチバチッ! 涼やかな青年を中心に、蜘蛛の巣のように光の網が広がった。範囲内にいた野盗が、ビィンと体を硬直させて崩れ落ちる。

「誰が見張っとくんだよ、めんど………オレたちは残れねえし、見張るヤツの危険が高すぎるだろうが」

――ュン……!

耳鳴りのような音と同時に、ドドオ、と地鳴りがした。カロルス様の前方に生じた衝撃波で、大きく壁が崩れ、むわっと土煙が迫ってくる。

「――千々に揺れよ、氷結の雨! ――ねえねえマリーちゃん見た? ねえ見たー?」

「いいえ」


……なんか1人多いような。まあいいか。

「加勢、する?」

もういらないかもしれないけど。きれいに目と口をぱっかりさせた護衛さんたちに、どうしよっかと肩をすくめた。



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昨日もふしらコミカライズ版更新されましたね!

もうご覧になりました?もーマリーさんがマリーさんでマリーしてるんですよ!!最高ですね…!!

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