第382話 一番の被害者は
「野盗の仲間、なんだろ?」
油断なく構えるオレたちを見下ろして、ガザさんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、キョトンと目を瞬いた。
「はぁ? なんだ? お前ら何言ってんだ?」
「昨日、誰と会ってたの〜? 知らない人と話してたよ〜?」
「しらばっくれんじゃねえよ!」
詰め寄るオレたちに、ガザさんがあぁ、と納得したような顔をした。どうも、予想していた反応と違う。
「お前ら、俺達を疑ってたのかよ……それでかぁ。あのよ、全然ちげーから!」
「……違うの?」
思わずホッと構えを解いたオレの前に、スッとタクトが入った。
「ユータ、まだだよ。気を抜かないで〜」
隣に立ったラキが、ガザさんから目を逸らさず言った。
「へえ、なんかお前ら、思ったよりやるのな。心配する必要なかったんじゃねえの……」
ガザさんが、やれやれと両手を挙げてみせた。
「聞けよ、俺達はギルドの依頼を受けた冒険者だっつうの。相手の規模が分かんねえから、ひとまず調査兼、もし俺達の乗った馬車が襲われたら情報が集められるってな。ギルドの別働隊と連携してんだよ。見られていたとはなぁ、油断しちまったぜ」
ほらよ、とポケットから取り出したのは、くしゃくしゃになった依頼書の写し。
「本当に? 野盗じゃなかったんだ……」
「ちげーよ、それならもっとうまくやらぁ」
そっか……そっか。オレは短剣を納めてごしごしと目元を拭った。
「じゃあ、どうしてオレたちを呼び出したりしたの?」
もう暗くなるからと、オレたちは急いで休憩所へと足を向けた。隣からは、警戒を解かないタクトとラキの、ピリピリとした気配を感じる。
「危ねえからに決まってんだろ。もし野盗が来るなら確実に今日・明日だ。何かあった時のために近くにいてやろーと世話焼いてやってんのによ、てめーが今日に限って近くに来ねえじゃねえか。しゃあねえから事情を伝えてやろうと思っただけだ」
ふうん? オレはガザさんに世話を焼かれた覚えはないけども。
――野盗なら来たけど、もう帰ったの。
ふよっと飛んで来たラピスが、オレの肩にとまって、ほっぺにすりすりした。
そっか、帰ったのか。じゃあいい………
「――わけないよ?!」
オレの突然の大声に、3人がビクッと飛び上がった。
「な、なんだよ?! なんかあったのか?」
「あったよ! 多分! 急いで戻ろう?!」
ぐいぐいとガザさんの手を引き、何となく事情を察したらしいラキたちと帰路を急いだ。大丈夫、マリーさんがいるから……大丈夫なはず!
『ええ、一帯が血の海になっていないかって心配はあるけれど』
『大丈夫! そんなにいっぱい血の臭いはしないから! うーんと、お池にもならないくらい!』
ねえシロ……お池になるくらいだったら、もうそれは血の海って言うんだよ。
累々と折り重なる屍をバックに、佇むマリーさんを容易に想像できてしまって、違う意味の心配が頭をもたげてきた。
「おいっ! 何があった?! 野盗か!」
「ガザ、おっせぇ!」
休憩所に駆け込んだガザさんに、護衛さんたちが振り返った。
「まあまあ、君たちを安全な所に避難させていたと思えば、妥当な判断だったと思うよ」
リーザスさんが苦笑して、オレたちにウインクして見せた。
「そんで、何があったんだよ? 野盗は皆殺しにするヤツらだって言ってたのに、ひいふうみい……全員無……事……?」
指さし数えたタクトが首を捻った。……あれ?
「「「マリーさんがいない?!」」」
顔を見合わせたオレたちに、リーダーさんがジロッと目を向けた。
「それは、あのメイドか……?」
* * * * *
「まあまあ、結構な数がいたものですねぇ。どうしましょうか」
うーんと思案げに顎に手を当てたマリーは、収納袋から魔道具を取り出すと、無造作に発動させた。ヴン、と虫の羽音のような音と共に、うっすらと半透明の膜が休憩所の一部を覆った。
「シールドの魔道具がありますよ-! 皆さまこちらへどうぞ!」
マリーはシールドの外にいた乗客を、次々内部へ放り込むと、シールドの段階を上げた。
「さあ、これでもう野盗は入ってこられませんので、ご安心を」
「いや、あいつらがいない場所で張らにゃあ意味がねえ! この中にも野盗がいるぞ?! 」
「――俺らも仲間に入れてくれんのかぁ?! ありがとよぉ!」
飛び出してきた野盗の一派に、乗客が言わんこっちゃないと悲鳴をあげた。
「――いませんよ? ね?」
鈍い音と共に、3人はいたはずの野盗がいなくなった。にっこりと微笑んだ清楚なメイドさんに、乗客は壊れたオモチャのように頷いた。
「さて、そうこうしているうちにユータ様が帰ってくるかもしれません。さっさとお帰り願わなくては」
「あ、あんた、どこ行くんだ?!」
シールドから出ようとするマリーに、乗客が慌てて声を掛けた。
「ちょっと、お紅茶のおかわりをうかがってこようかと思いまして」
何を言っているのか理解はできなかったものの、乗客は引き留めかけた手をそっと引いた。シールドの外から破壊を目論んでいた輩が、華奢な左手で数メートルは吹っ飛んだのを見送りつつ……。
「状況はどうだ?」
「実力は大したことねえけど、キリがねえな……ただ、乗客はあのメイドが魔道具で守ってるぜ。この数だ、正直助かったな」
「――皆さまも、シールドへどうぞ? 手を出せないとなれば、一旦引くでしょう」
「そうだ………なっ?!」
護衛のリーダーは、目の前の野盗を切り捨て、振り返った。
「あ、あんた! 何してる?! シールドの中にいるんだ!!」
「そうしたいところではありますが、もうすぐユータ様が戻られますので、お掃除はすませておきたいですし、私、褒められることをしたいもので」
うふっと微笑んだマリーは、ぞろぞろと野盗が侵入する休憩所出入り口へと走った。
「ななな何やってんのアンタ?! ほらっ、早く戻りな! ここは大丈夫だから!」
泡を食って駆けつけたリーザスが、マリーへ群がろうとする野盗たちを次々と切り捨てた。
「くそっ……話が違うじゃねえか! 大したことない護衛じゃなかったのかよ! 構成を変えるぞ、一旦引け!」
「あっ……」
どうしましょう、一応乗客は守れたものの、私あまり活躍しておりません。
ジリジリと下がっていく野盗に、マリーは焦った。もう少し大活躍をするつもりだったのにと、意外と腕のたつ護衛に、チッと舌打ちをした。このままでは護衛たちにユータの賞賛が集まってしまう。さてどうしたものかと目の前に立つ背中を眺めた。
「まあ、お強いんですね! ありがとうございま……あぁっ!」
「へっ?! はああぁーーっ?!」
にっこり微笑んで駆け寄ったマリーが、ズサッとスライディングと共に見事な巴投げを決めた。リーザスは後方へときれいな放物線を描いていく。
「きゃああ、バランスを崩しちゃってぇぇ!」
そのままの勢いで野盗の元までスライディングしたマリーに、野盗がビクッと後ずさった。
「あ、足が……! 足を痛めてしまいました……これでは逃げられません! 私、貴族様のメイドですのに……このままでは攫われてしまう……!!」
ちらちらっと野盗をうかがう視線に、野盗共は顔を見合わせた。
……これ、連れて行かなきゃいけねえ?
そらそうだろ、高級そうな女だぞ?!
じゃあお前が連れて行けよ!
ボソボソと押しつけ合う野盗に、我に返った護衛達が駆け寄ってきた。
「お前ら、とりあえずその人を放………」
ゼントの足がピタリと止まった。
「…………」
マリーの無言のプレッシャーに、ゼントの全身から汗が噴き出した。
再び動けるようになった時には、既に野盗の姿は1人もなかったのだった。
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6/25はもふしらコミカライズ版更新日ですよ~!
TwitterのもふしらLINE、今のところ毎日1つは投稿してます!楽しいと言っていただけて幸いです!
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