第381話 微妙な寸劇

まるで隠れるように、木の陰でぼそぼそと聞こえる話し声。薄暗くなる木立の中で、茂みを透かして見えたのは、男の人が二人、かな?

一人は完全に背中を向いていて見えないけれど、ちらりと見えるもう一人の横顔は、見知らぬ人だ。見知らぬ人……? こんな、人の住まない地方の、こんな場所で?

顔を見合わせるオレたちの前で、どうやら話が終わったらしい二人が片手を挙げた。

「――じゃあ、それで頼むぜ」

聞き覚えのある声にギクリとした。

藪の中で気配を殺し、念のためにラピスにこっそりと『見つかりにくくする魔法』をかけてもらうと、振り返った男性は静かに歩み去った。

「ユータ、急ごう~シロに頼んで~!」

「う、うん……」

あの人より先に休憩所に到着しているように。オレたちは慌てて引き返した。


「どう思う?」

テントの中で、タクトが声を潜めた。

「どうもこうも、確定じゃない~?」

ラキの台詞にちょっと俯いた。

「でも……もしかすると、カロルス様たちみたいに別の馬車の人かも」

「そりゃあ、絶対そんなことはないって言えないけど~可能性は低いんじゃない~?」

「野盗って可能性の方が高いだろ? なら、しっかり監視しておくべきじゃねえ?」

オレは、何も言えずにこくりと頷いた。

真っ暗なテントの中で、オレはなかなか眠れなかった。



「てめえら、また美味そうなモン食いやがって」

どすっと隣に腰掛けたガザさんが、ちびちびとおにぎりを食べるオレを覗き込んだ。少しビクリと肩を震わせたオレに、訝しげな顔をする。

「……なんだよ」

昨日、誰と会ってたの? ガザさんたちは、ちゃんと護衛さんだよね? 言えるはずもない言葉を飲み込んで、じっといかつい顔を見上げた。

「なんでもない。じゃあ、あげる」

「え? ……ああ」

困惑するガザさんに食べかけのおにぎりを押しつけると、とことこと馬車の前へ席を移動した。

「ははっ! 嫌われてやんの」

ゼントさんのからかう声と、ガザさんの怒る声が妙に遠く聞こえた。

「ぼっちゃんよ、俺にはくれねえのかね?」

静かに過ごしたいのに……。振り返った御者さんにもおにぎりを押しつけて、外の景色に目をやった。


「……どうしたの? 気分でも悪い?」

意外とゴツゴツとした手のひらが、ぽんぽんとオレの頭を撫でた。眉を下げたリーザスさんの顔は、本当に心配そうに見えて、思わず目をそらした。

「ユータ、こっち来い」

「昨日遅くまで起きてるからだよ~寝てていいよ~?」

タクトがオレの腰を鷲掴んで引っ張り寄せると、二人の間にどすんと下ろされた。

「……お前、あからさまなんだよ……寝てろ、ちゃんと見張ってるから」

ぐいっと肩にもたせかけられて、タクトが耳元で小さく囁いた。シワシワした心に、二人の高い体温がじんわりと染みた。

そうだね、寝てしまおう。今なら眠れる気がする。

そっと頭を撫でるラキの手に、少し微笑んで目を閉じた。



「………」

「起きた~? よく寝てたね~。もうすぐ休憩所に着くよ」

「今日は全然野盗の残骸なかったぜ! アリは出たけど」

目を開けて、何事も起こっていなかったことにホッと息をついた。野盗があれで打ち止めであったら、それが一番なんだけどなぁ。

『主ぃ、なんか伝言だって』

――ユータ、次の休憩所で知らんぷりするようにって言ってたの!

一応、チュー助とラピスを通じて、カロルス様たちと情報を共有していたのだけど、知らんぷりってどういうこと……?

『行けば分かるって、多分』

『しやんぷり! おやぶー、しやんぷり教えて!』

じゃれつく2匹にくすっと笑い、少しスッキリした気分で赤くなった陽を眺めた。


「ほーっほほほほ! あなたの居場所はここにはないのよっ! 残念ねえ、大きな獲物が獲れちゃったもの。あなたはあっちの薄汚い馬車にでも乗るが良いわっ!」

「そ、そんなっ……奥様、困りますっ! 獲物の方をこちらの馬車に乗せればいいではありませんか!」

「ほほ………? ………そ、そんなことはないわっ! え、獲物は食べるために必要だからっ! いいから出てお行きっ!」

腰に手を当て、口元に手を添え、休憩所の前で仁王立ちして高笑いする高貴な女性に、馬車内のみんながぽかんと口を開けた。


そしてバタンと閉まったドアの音と、馬のいななきを残して走り去る貴族の馬車。残されたのは目が点になるオレたちと、メイドさん。

しなっと地面にくずおれて馬車へ手を伸ばしていたメイドさんが、しばし馬車を見送ると、スッと立ち上がって土を払った。

くるっと振り返ったメイドさんに、思わずビクッとする面々。

「………と、言うわけで。私、奥様に置いて行かれてしまいました。お金ならたくさん持っていますので、この先ご一緒させて下さいますよね?」

有無を言わせぬにっこり笑顔に、御者さんがコクコクと頷いた。


「まああ! なんてかわいい子がいるのでしょう! この馬車に乗れてラッキーでしたわ! ねえ、あなた方のテントに入れて下さいません? お支払いは致しますわ」

しばしフリーズしている間に、オレを抱き上げたメイドさんがすりすりと頬ずりした。

「……マリーさん? どういうこと……??」

「うふふふ……ユータ様ぁ! もし何かあった場合に備えて、マリーがご一緒しますからね! 何も心配いりませんよ」

ごく小さな声で囁かれ、はたと思い当たった。あ、知らんぷりってこのこと……? もみくちゃにされながら二人に目をやると、タクトとラキは言われなくてもすっかり他人のふりをしていた。


唖然としていた他の人たちも落ち着きを取り戻し、それぞれが夕食の準備に取りかかっていた。

今日はマリーさんも手伝ってくれたので、オレたちの夕食は普段より早く終了だ。まだ日没までは時間があるので、今日も採取に行かなきゃね。

「じゃあマリーさん、オレたち採取に行ってくるよ」

だから、ここを守っていてねとお願いすると、ものすごく渋々頷いてくれた。ちなみに、説得するのには大分時間を取られてしまったけども。


「なんか、拍子抜けだね~マリーさんって強い人なんでしょ~? もう大丈夫だね~」

「ちぇ、俺たちだけで解決したかったのになぁ」

タクトの言いようにちょっと苦笑したけれど、オレは自分たちで解決する必要がなくなって、少しホッとしていた。これで、何事もなく過ぎていけば何よりなんだけど。

……だけど、そうもいかないようで。


「お前ら、ちょっとこっち来い」

木立に隠れるように呼び止めたのは、薄暗がりで会えばギョッとするような、いかつい大柄な人影。

ガザさん……。

オレたちに商品価値ありとして、事が起こる前に確保するつもりだろうか。ただ、ここにいるのはガザさん一人、これでもし証拠を掴めるなら、他の人たちを巻き込まなくて済む。顔を見合わせたオレたちは、頷き合った。


「……どこまで行くの?」

「ちっと離れるだけだ」

ずいずいと人目につかない所へ分け入って行く大きな背中を、オレは暗い気持ちで見つめた。

「まあ、ここらでいいだろう」

そう言って振り返ったガザさんに、オレたちはパッと飛び退いて身構えた。

「お、おお? お前ら、戦えるのか。いい反応じゃねえか」

「簡単にやられたり、しないよ」

キッと睨み上げたオレに、いかつい顔が表情を変えた。


* * * * *


「ああ……ユータ様、せっかく一緒にいられるのに、出かけてしまわれるなんて」

正直、休憩所内の他人など襲われようともどうでもよいと思わなくもないけれど、心優しいユータの前でそんな酷薄な面を見せるわけにもいかず、マリーはやきもきしていた。こんな風に離れてしまうのなら、いっそ影から付き添って守っていた方が良かったのかも知れない。

「でもそれですと、柔らかほっぺを堪能することもできなかったわけですし」

マリーはたき火の小さな火をつついてため息をついた。


「まあ、まだ夜は長いのです。そう、焦らなくても朝までご一緒できるのです……!」

これからを思い描いたマリーの脳裏に、バラ色の光景が広がった。なんてことかしら、一緒のテントで愛らしい3人と眠ることができる……間近で思う存分寝顔を眺めていられるのよ?! これは朝までまたたきすらできないと、マリーの顔は溶け崩れた。おっと、よだれまで垂らしてはいけません。

「………あら」

崩れた顔を引き締め、雨でも降ってきたかしらと言わんばかりの調子で呟くと、マリーは立ち上がって裾を払った。

「こうなると、おられなくて良かったと言うべきでしょうね」

突如わき上がった悲鳴と怒号に、どうするのが一番ユータ様が喜ぶかしらと、マリーは小首を傾げた。


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