第380話 2回目の野営
「あんたらはまた美味そうなもん食ってんなあ……」
御者さんがチラリとオレたちを眺めた。
今日からは魔物にしても野盗にしても危険な領域に入ったので、トイレと馬のための休憩以外は、ほぼぶっ通しの行程だ。
「やらねーぞ」
タクトがくるりと背を向けた。
お昼は馬車で食べやすい方がいいだろうと、昨日のハヤシライスの残りにマッシュポテトを混ぜて、チーズと一緒に固い長パンの中に詰め込んでみた。しつこいかなと思ったけど、これが案外おいしくて、とろりととろけたチーズがたまらない。
「えーと、ちょっと食べる?」
寂しそうに堅パンをガシガシする御者さんが気の毒になって、食べかけで良かったら……とオレのパンを差し出した。お腹が空いたらおにぎりもあるしね。
「いらねーの?」
「あっ! もう、タクトは自分のがあるでしょ!」
御者さんに辿り着く前に、タクトの大きな口に囓り取られてしまった。うーん、もう残り少ないから全部あげるよ。
「お、おお……うめえな!! やっぱいいとこのぼっちゃんは……」
「ちゃんと自分で作ってるんだからね? いいとこのぼっちゃんはそんなことしないよ」
じろっと視線を送ると、御者さんはちょっと肩をすくめてパンを口へ押し込んだ。
「あれ本当にお前が作ってるんだなぁ、ただのおむつ取れないガキんちょだと思ってたのに大したもんだ」
おむっ……おむつ?! あまりの言いように口をパクパクさせて細っこい護衛さんを睨み付けた。
「ゼント……それはないよ」
リーザスさんが苦笑してたしなめる横で、ガザさんが違ぇねえ! と爆笑した。……今日のごはんは護衛さんたちの分もと思っていたけど、なしにしよう。おやつだって、この二人にはあげないから!
無口なリーダーらしき人とリーザスさんにはおやつぐらいあげようかな。オレは笑う二人に思い切り、いーっとして見せた。
「なあ……ちょっと休憩しようぜ……」
「じゃあ、ここまでやったら休憩しよう~?」
「ぐふっ……」
前にいると御者さんがあれこれ騒がしいので、オレたちは後ろの方でタクトの勉強を見ていた。ムゥちゃんの葉っぱを咥えて頑張るタクトを、隣で見張……応援するんだ。
「お、おい……あれ」
その時、急に馬車の速度が落ちて、小さな体がガクンと前へ引っ張られた。
「おっと」
萎びていたタクトが、素早くオレを掴まえる。
「ありがと」
「おう」
魔物? と思ったけどちょっと様子が違う。前の方へ集まってざわざわする護衛さんたちに駆け寄ると、ぐいと隙間から顔を突き出した。
「何かあったの?」
視線を辿ると、スピードを落とした馬車の前方に、何かの残骸があった。よく目を凝らすと、外れた車輪みたいなものが……もしかしてこれ、馬車だったもの?
「そんな……まさか、魔物?」
御者さんが怯えた顔で護衛さんを振り返った。
「随分と派手にやってくれてるなぁ……だが、魔物にしちゃあおかしくねえか?」
ゼントさんが難しい顔で腕を組んだ。こんなことができる力の強い魔物なら、もっと破片があちこちに散らばっている気がする。まるでお掃除したように残骸がまとめられているのは、いかにも人為的な気がした。
「野盗……なの?」
「野盗は大事な馬車を粉々にはしねえよ。スッ込んでろ」
ガザさんの大きな手がオレの顔をつかんで後ろへと追いやった。
渋々と後ろへ戻って馬車から身を乗り出すと、レーダーの反応に気がついた。
「ねえ、あそこ見………」
馬車が残骸の山を回り込んだとき、反応があった辺りを指さして声をかけようとして、思わず口をつぐんだ。
「なんだありゃあ……」
残骸で囲まれた中には、数名の小汚い人が転がっていた。丁寧に縛られたその人たちの上には、ボロで作った旗がひらひらとなびいている。
『野盗、ギルド引き取り依頼済み。罠があるから寄るなよ!』
そっと目をそらして着席したオレに、両側から視線が突き刺さった。
「やっぱり野盗いたんだね~」
「念入りに潰されてるな! さすがだぜ!」
オレの脳裏を、見てるー?! と嬉しそうに手を振る面々がよぎった。
「え、ええと……ギルドの人が来るのって数日後になるんじゃないの……? 魔物もいるしまだ仲間もいるかもしれないのに、あのままで大丈夫かな」
「首を持って行かなくていいのかって意味~? まだ王都までかかるから、持っていくの嫌でしょ~?」
ち、違うよ?! 怖いことを言うラキに目を剥いたけれど、そういうものらしい。
「だから罠があるって書いてるんだよ~。多分、戦力になる状態では置かれてないと思うし~野盗ってわざわざ捕まった仲間を助けに来ないよ~」
どうやら彼らの命の心配はしないらしい。どうせ死罪だと言われてしまった。
「労働後の死罪か、討伐されるか、魔物か、どれがマシだろうな」
同情の余地はないんだろう。被害者のことを思えば、何をもってしても償えるものではない。
でも、オレは、何を思えばいいんだろうな。再びスピードを上げた馬車に、小さくなっていく残骸を見送った。
『こっそり、ぼくの臭いをつけておくよ。この辺りの魔物は、それで来なくなると思うから』
じっと見つめるオレの心に、シロが静かに寄り添った。
せめて人が裁いて、人らしいさいごを。それは誰のためなのか分からないけれど、そう祈った。
「やっと着いた……俺、こんな冒険嫌だ……」
カロルス様たちの戦闘のせいか、魔物という魔物も出ず、予定より早く休憩場所に辿り着いた。順調な旅路に、勉強浸けだったタクトがふらふらと馬車を降りる。あの後も道すがら何件か瓦礫の山を見つけたので、野盗は本当に多い。でも、これで根絶やしにされるんじゃないだろうか。
「これなら俺らいなくても無事に到着できそうじゃねえか? ラッキーだぜ」
ぎりぎりと音がしそうなほど全身を伸ばしたガザさんが、にやっと笑った。野盗を目の当たりにして不安そうだった他のお客さんも、休憩所に着いてホッとした様子だ。
「今日はたっぷり時間があるから、何作ろうか」
「それもいいけどね~、ごはん早く食べたら採取に行かない~?」
そうだった。乗り合い馬車の旅は、案外自由な時間が少ない。もっと採取の時間があると思ったんだけどな。
「それなら、簡単に作って食べちゃおうか」
簡単に満足に食べるなら、ザ・焼くだけ肉。これに限るね! 今日は時間があるせいか、何かを炙ったり鍋を出している人もいるし、ジュージューやっても問題ないだろう。
さっそくブルのかたまり肉を取り出すと、分厚く切って野菜もざっくりと切っておく。煙の上がった鉄板に、塩胡椒したお肉をそっと乗せると、ジュワッと大きな音が上がった。
『おいしいね! 匂いがもうおいしいね!』
オレの中でシロが必死に尻尾を振っているのが目に見えた。ごめんね……驚かせると思うから、おおっぴらにみんなを外へ出せなくて。後でこっそり食べようね。
空いたスペースで野菜を焼きつつ、お肉と野菜の端切れをまとめてぶち込んだスープを作って、はいこれで今日の手抜き料理は終了! せめて果物でもつけようか。
シンプルに焼いたお肉は、ミディアムレアでいただこう。お野菜とお肉を取り出した後の鉄板に赤ワインとお醤油を垂らしてアルコールを飛ばし、味を整えると、おいしいグレービーソースの出来上がりだ。オレたち向けにお砂糖少々で甘めに仕上げてみた。
「うおおー肉ー!!」
「よだれが止まんないよ~」
どんっと豪快に盛り付けた分厚いステーキは、手の込んだ料理を蹴散らせる、暴力的な魅力があるよね。育ち盛りの少年たちは、すっかり目が釘付けだ。
「「「いただきまぁす!」」」
ナイフを入れると、しっかりした表面の焼き色の中から、赤みがかった見事な断面が現われた。柔らかな手応えににっこりすると、ぱくっとフォークを口へ運んだ。
「ん~! おいしい!」
心地よい弾力と強めに振った塩胡椒、そして肉汁と絡み合うソースの甘み。お肉のうま味と共にそれらが一気に広がって、思わずほっぺを押さえた。
ああ、お肉って最高。シンプルだけど究極。オレにはちょっと多いかと思ったけれど、難なく食べられそうだ。
配達はラピスに頼んで、オレたちは至福の時を楽しんだ。
「あー腹が幸せで辛い」
「採取に行くって言ってたのに食べ過ぎるからだよ……」
食事の後、3人で近くの木立を散策しつつ採取を行った。ティアがいるから大した苦労をしないのがズルしている気分だけど、一応、実力のうち、かな?
「これで十分かな~? って言っても採ってるのほぼユータなんだけどね~」
「俺は獲物を獲ったぜ!」
オレが集める方が早いと知っているから、ラキは植物以外の鉱物なんかを探し、タクトはオレたちの護衛兼獲物となるものの討伐だ。
「結構暗くなっちゃったね。戻らないと心配されちゃう」
普通は他の乗客の心配なんてしないもんだけど、いかんせんオレたちの見た目のせいで、やたらと気に掛けられてしまうのがネックだ。
さて戻ろうとした時、少し奥の方でレーダーに反応があった。
「あれ? 誰かいる?」
もし他のお客さんなら、もう暗いから一緒に帰った方がいいだろう。ただ、万が一野盗だと困るので、オレたちはそっと気配を消して近づいた。
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