第368話 高評価の予感

「お、なんか石がごろごろしてんな」

「これ、あそこから崩れたんじゃない~? きっと魔法使ったんだよ~」

なるほど、側の壁には何かがぶつかったような跡があった。本当にちょっとした魔法で崩れちゃうんだね。

「魔物が全然いないのは、前を行くグループがいるからかもね~」

戦闘の痕跡はあるものの、魔物をみかけることもなく、つまらなさそうなタクトに苦笑した。レーダーの範囲を広げると、なるほど近くに冒険者らしいパーティがいる。

「このまま進むとかち合っちゃうかもしれないけど、いいのかな」

「だってほとんど一本道だもの~それは仕方ないんじゃない~? タクト、これ邪魔になるから避けておいて~」

タクトは、ひとかかえもある岩を事も無げに脇へ避けていった。

いいな、カッコいいな。そのまだ小さな背中が逞しく見えて、少し悔しい。

「身体強化!」

ひとりビシッとポーズを決めてやってみたけれど、やっぱり微塵も強化された気はしない。

『ユータ、きれいなの! 洞窟の中できらきらしてるの!』

ラピスが嬉しげにオレの頬へすり寄った。そ、そう……じゃあやっぱり回復強化になってるってわけだ……。がっくりと肩を落とすと、ラキがぽん、と頭に手を置いた。



「こんにちは!」

「あ……ああ……お前ら、なんだ? 小さくねえか?」

やや広くなった場所で保存食を囓っていたのは、まだ20歳にならないだろう若い冒険者4人組だった。やっぱり追いついてしまったオレたちは、スマイル0円でご挨拶する。

「オレたち、スズラナを採りに来たの。ランクアップ試験だよ」

「はあ? じゃあEランクの試験ってことか?! 嘘だろ……」

「随分優秀なのね……スズラナならもっと奥の方よ? 大丈夫なの?」

目を剥いた冒険者さんたちには、オレってどんな風に見えてるんだろう。頼れる見た目にはほど遠いことだけは確かなようだ。


「ありがとう! 大丈夫、Bランクの人たちがついてきてくれてるんだよ!」

「贅沢なことだな。先行けよ、今までみたいにいかねえぞ」

「私たちが露払いしてたってわけね。まあ、Bランクの人たちがいるなら大丈夫ね」

「おう、じゃあ今度は俺たちがつゆタライしてやるぜ!」

タクト、露払いだよ。苦笑した冒険者さんたちに手を振って、言われた通り奥へ奥へと進んだ。本当にレンジさんたちが付いてきてくれているんだろうかと不安になって、レーダーを広げてみたけれど、意外なほど近くにいた。さすがBランク、気配をすっかり消しているんだな。


『主ぃ、アゲハがなんか……』

ちょいちょい、とオレの袖を引くチュー助に目をやると、なぜかアゲハを抱っこしている。

「アゲハ、どうしたの?」

そっとチュー助ごとすくいあげると、ぎゅっとチュー助にしがみついていたアゲハがちらりと顔を上げた。

『あうじー、あえは、こわぁあの』

『なんか、さっきから怖いって言ってこうなんだけど……』

うーん、真っ暗な洞窟が怖かったのかな?

「何が怖いの?」

尋ねても、アゲハは首を振って怖いと言うばかり。

『あうじ、あえはのそばにいて』

急に甘えん坊になったアゲハに首を傾げながら、抱っこするチュー助ごと胸元へ入れてあげた。お願いだからそこで炎になるのはやめてね……。

『あうじ、きらきらー!』

途端にご機嫌になったアゲハに、やっぱり暗がりが怖くて甘えたいだけだったのかなと笑った。


「こんにちは!」

「えっ……子ども?」

――そんなやり取りをもう一回別の二人組パーティでやって、オレたちはさらに進む。低ランク向けの洞窟だからか、冒険者さんたちに気負った様子もなく、なんだか拍子抜けだ。ただ、二組のパーティを追い抜いたころ、ちらほら魔物と遭遇するようになった。

「やあっ!」

サカサカと壁を這うカレー皿くらいのゲジゲジを切り伏せ、返す刃でバッタのようなコオロギのような虫を一刀両断した。

通路はアリの巣穴のように続き、出てくる魔物は虫ばかり。一薙ぎで終わる戦闘に、タクトは不満たらたらだ。でも、あんまり好きなタイプでない虫が多くてオレの方はビクビクしている。だって、小さめのワースガーズも結構いて……命の危機より精神の危機を感じた。


「スズラナ、見つからねえな。岩ばっかだ。ダンジョンもこんな感じ? ダンジョンってもっと夢があると思ったけどなー!」

「でも、ゼローニャのダンジョンはもっといっぱい魔物が出たし、強かったよ。楽しい場所ではなかったけど」

確かにロマン溢れる場所を想像していたけど、明るい日の元でお料理したり、獲物を探したり、ダンジョンよりもそっちの方が楽しいかも知れない。

「ゼローニャはそうだけど~、ダンジョンは色々だよ~」

「あ、そっか! 地下なのに植物が生い茂ってたりすることもあるんでしょ?」

こんな延々と土と岩しかない洞窟やダンジョンより、そっちの方がよっぽど楽しいね。

『ダンジョンは遊びに行く所じゃないわ……』

モモのごもっともな台詞に、分かってますよとばかりに頷いた時、ふいと鼻先をいい香りが掠めた。

「どうしたの~?」

「なんか良い香りしない?」

すん、と鼻を鳴らしたオレに、二人が首を傾げた。

「別にずーっとおんなじ湿っぽいニオイしかしねえよ?」

『ゆーた、特別なニオイはしないよ、魔素じゃない?』

シロの鼻で変化ないなら魔素の香りだろう。オレにはジャスミンのような清涼感ある香りが感じられる。

「うーん、こっちかな?」

微かな香りを辿るように、細い脇道へ足を踏み入れた。

「あっ!」

「おっ?!」

角を曲がった所で突き当たりの壁が見えた。ただ、その壁の一画には、一株の花が密やかに頭を垂れていた。ほんのりとささやかな光を蓄えた、俯いたチューリップのような白い花。

「「「あったぁーー!!」」」

満面の笑みで顔を見合わせたオレたちは、揃って花の元へ駆け寄った。



「これで依頼達成、だね!」

「難しくなかったな!」

「特に問題なかったよね~?!」

スズラナを大切に採取して、オレたちは意気揚々と帰路についた。

「よ、おめでとさん! マジで楽々だったな!」

『らくらく!』

脇道から出た所で、『放浪の木』とリナさんが待っていてくれた。

「おめでとうございます。やはり実力は十分でしたね、道中問題もなく冒険者同士のトラブルもなく、素晴らしくスムーズですよ。判定はまたギルドで後日」

にっこり笑ったリナさんに、オレたちもにんまりと笑った。今回必要なのは依頼遂行能力だから、この時点で試験は終了だ。リナさんの笑顔を見るに、帰り道で犯罪でもしない限り大丈夫そうだ。


「ね、オレ二刀流使えるようになってたでしょ!」

離れた場所からじっとこちらを見る視線に、にっこりと微笑んだ。虫ぐらいしかいなかったけど、二刀流が使えることくらいは見せられたはずだ。

「お前が使えることは知ってる」

腕組みした無愛想な顔が、当たり前のように頷いた。嬉しくなって駆け寄ろうとしたら、ゆっくりと首を振られた。

「パーティを乱すな、帰りも見ていてやる」

「せっかくだからね、君達で帰りも進むといいよ。この分だと何も問題なさそうだけど」

一緒に歩けるかと思っていたので少しガッカリしたけれど、今度はすぐ後ろについて歩いてくれていた。


「お前らってみんな一緒に歩いてるけど、ダンジョンなんかだと誰か先行した方が良くねえ? 罠とかどーすんの?」

「罠はね、オレが見つけられるよ」

「魔物は俺も分かるぜ!」

「じゃあユータが前で~タクトが後ろ、僕が真ん中~?」

自然とばらけるように歩く『放浪の木』を見て、ラキが顎に手を当てた。ピピンさんが先行、レンジさんとマルースさんが続いて最後尾がキースさん。そういう役割になってるんだな。

「でも俺前に行きたい!」

「僕は前以外ならどこでも~」

ラキは近接戦闘に向いていないから、後衛決定だね! でもオレたち3人しかいないんだから、よっぽど狭い通路でもなければ前後を決めなくても大丈夫じゃないだろうか……。


「やれやれ、堪えるなあ。最近こういう場所も行ってないせいかな」

「もっと体力つけろ、と言いたいとこだけどな。俺も年だな、元気なチビたち見てると妙に疲れるぜ」

まだ40やそこらの脂ののった年代だと思うんだけど、後ろのマルースさんたちは妙に年寄り臭い。

くすくす笑ったところで、タクトが袖を引いた。

「なあ、あそこになんか転がってねえ?」

タクトに促されて脇道へと視線をやって、ぎくりと立ち止まった。

岩陰に見えるのは、横たわった人の足。オレは、思わずぎゅっとタクトの服を握った。


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