第367話 洞窟の中へ

『イーナ、あっち』

「くっそ、お前だけ行かせるか! 何あいつら、毎回あんななの?!」

小さなお猿さんとピピンさんがきーきーとやり合っている。お猿さんだけでも行かせてあげたらいいのに……。それにしても、これは辛い。

「あ、あはは……確かに彼らは野外で料理するとは聞いていたんですが……」

洞窟に入る前に腹ごしらえとばかりに、平野で休憩をとりはじめた『希望の光』。休憩中は危険だからとつい近づいたのが運の尽きだ。

ジュアァ~

小気味よい音をたてて焼かれるビッグピッグの香り、ジウジウと跳ねる油、こんがり焼き目をつけて、てらりと光る分厚いお肉。手にした保存食を囓るのも忘れて見入ってしまうのは仕方ないだろう。

「豪勢だねえ……いちいち料理なんて面倒だけど、これを見ると……」

「なあなあ! 料理が得意なメンバー入れよう!」

『イーナ、あっちー!!』

そうね……私ももう一度冒険に出ることがあるなら、料理が得意な人をメンバーに……いや、決して私ができないとかそういうのでなく……適材適所ってものがあるじゃない?

目を逸らそうとしつつ、未練がましくまたチラリとやった時、いつの間にか出現していた簡易テーブルにお皿が並べられていた。そう、ずらりと。

「あいつら、あんなに食うのか?」

レンジさんが首を傾げたところで、シロちゃんに乗ったユータくんが瞬く間に近づいてきた。


ほのかにお肉の香りを連れてきた小さな料理人さんは、にっこりと眩しい笑みを向けた。

「ねえ、できたよ~! 召し上がれ!」

「はーーい!!」

『はーーい!!』

途端にすっ飛んで行こうとしたピピンさんとお猿さんが、ガッチリと襟首を捕まえられている。

「子どもの獲物にたかるな」

「だ、だってぇ……」

『だってぇ~』

瞳を潤ませた2ひ……1匹と一人に見つめられて、強面さんが煩わしそうに目を細めた。

「キースさんも! たくさんあるんだよ。みんなで食べよう? 試験中でも休憩してる間はいいでしょう?」

おねがい、と手を合わせたユータくんの瞳に打ち抜かれ、私は一も二もなく頷いた。だってほら、せっかく作ってくれたんだもの、ね? 幼子の心遣いを無碍になんてできないわ!


* * * * *


「なあ、お前……それまさかフェ……」

「かわいい犬でしょう? シロって言うの!」

「ウォウ!」

訝しげな顔をしたレンジさんに、シロがじゃれついて頬を舐めた。シロが立ち上がると、レンジさんの顔まで届くんだね!

「な、懐っこいな……よせ、べたべたにならぁ!」

そう言いつつ、ぐりぐりとシロをなで回すレンジさんの笑顔にほっこりする。

『ゆーたの師匠、こんにちは! はじめましてだね!』

キースさんに挨拶したくてうずうずしていたシロが、ひとしきりレンジさんを堪能した後飛びついて行った。

「……!!」

あ、キースさん嬉しそう。いつも真一文字の口元が、見たことないくらい歪んでいる。おずおずと撫でる手がサラサラの被毛に埋もれ、なんだかキースさんの周囲にお花が舞っているような幻覚さえ見えてくる。

「よ、よかったねえ……」

ほわわんとした雰囲気に、マルースさんが若干引いていた。いいじゃない、キースさんだってほんわかしたい時はあるんだよ! ピピンさんたちがお肉に気を取られていて良かったね。


「うめええ!」

「おいしい……」

賑やかにはじまった昼食に、せっかくだからこんな風に食べるのがいいよねとにっこりする。今日はシンプルに焼いたお肉とサラダやスープだから、変な目で見られることもないはずだ。

ビッグピッグのステーキは、もっと固いかと思ったけれど、繊維や筋が残らず歯ごたえがある割に食べやすい。しっかりと噛みしめられるお肉は、どことなくワイルドな気分を連れてくる気がした。

『ゆーた、おいしい!! ねえまた見つけたらいっぱい獲ってきてもいい?!』

ガツガツと貪って瞳を輝かせたシロを慌てて止めておく。必要な時に必要な分だけ狩ったらいいんだから! 

「あら……上品な味。これも美味しいわ」

「ふーん? あ、ホントだ、何かかってんの? 草も美味いじゃん!」

『イーナ、くさいらない』

草……カロルス様みたいな台詞に脱力しつつ、オレの腕に飛び乗ってきたイーナをつついた。なにかくれと催促するので、サラダの葉っぱをくるくる巻いて渡してあげると、オレの肩に腰掛けて恵方巻きみたいに食べだした。


「あー満足。もう帰らねえ?」

お腹をさすって大の字になったピピンさんを、キースさんがさりげなく踏んでいる。

「これからだろうが。ユータ、美味いモンありがとうな! でも試験の点数はやらねえぞ?」

ニヤッとしたレンジさんに、オレはきりりと顔を引き締めて頷いた。もちろん! だってちゃんと実力を見て貰いたいし!

「おし、じゃあそろそろ行くか? 俺はもうエネルギー満タンだぜ! なんでも来い!」

『美味いモンで俺様も満タンだぜ!』

シャキーン!

タクトとチュー助が見事に対称になってポーズを決めた。チュー助が満タンになったのはお腹だけだよね……。オレもぱんぱんとお尻をはたいて立ち上がると、ぐいっと伸びをした。


「これが洞窟……? ちっちぇ……」

ぽかりと口を開けた洞窟を目の前に、タクトがあからさまに肩を落とした。確かに、オレもサイア爺たちがいる、ゼローニャのダンジョンなんかを想像していたから、目の前の光景にガッカリ感がぬぐえない。

「洞窟だもの~そんなに大きかったらダンジョンになっちゃうかも~」

洞窟が大きくなるとダンジョンになるのかな? 今目の前にある入り口は、オレたちが並んでは入れないくらいの大きさだ。さすがに中はもう少し広いんだと思うけど……。

「他にも結構人がいるんだね」

周囲には何組か中に入っているであろう痕跡があった。中も狭かったらもうぎゅう詰め状態になっちゃうね。

「じゃあ、入ろうか~。タクト、崩れちゃうから無闇に魔法剣使わないでね~? ユータも魔法に気をつけて~! ダンジョンじゃないから壁も脆いよ~」

「はーい!」

「了解!」

ラピスにも、魔法を使わないでねと念を押すと、オレたちは薄暗い洞窟へと足を踏み入れた。

「ライト」

二人のために、光球を3つほど浮かべて周囲を照らした。狭い入り口をくぐってしばらくすると、がくんと下へ向かって広くなっていて、下手をすれば落っこちてしまうところだ。光球を一つ下ろしてみたけれど、なかなかの高さだ。

「えーと、ロープで下りたらいいのかな」

急斜面に這わせたロープは、もうずっと使われているのだろう、湿ってぼろぼろしていて、どうにも信頼性に欠ける。

「めんどくせえ、早く行こうぜ!」

「ちょ……タクトぉ~~?!」

「わ、わああー!」

オレを小脇に抱え、ラキを担ぎ上げたタクトが、暗闇の中へ身を躍らせた。


「ふう、この広さがあれば戦えるな!」

行こうぜ! ときらきらした笑顔を向けるタクトを横目に、オレとラキは地面に這いつくばっていた。身体強化MAXで飛び降りたタクトは、こともなげに岩を蹴って見事に着地していた。していたけど……

「……あ~……今までで一番怖かったぁ~」

「内臓が口から出るかと……」

これなら自分で飛び降りた方がずっとマシ……。

身体強化系の人ってこれだから嫌ぁね……オレとラキはご近所のおばちゃんみたいに、肩を寄せ合ってタクトにじっとりとした目を向けた。

「な、なんだよ! ほら、行くぞ!」

劣勢を感じ取ったタクトがそそくさと背を向けて歩き出した。


今のところ大きな一本道が続く洞窟は、魔物の気配もなく、オレたちの足音だけが響いていた。しっとりと冷たい空気に、ぶるりと身体が震える。

「ねえ、本当にこんな所に植物が生えるのかな?」

岩しかないもの、きっとスズラナが生えていたらすぐ分かる。当たり前だけど光の一切ない暗闇で、植物がどうやって生きているんだろう。

「分かりやすくていいな! 光ってるんだよな?」

「うん、ぼんやりと光るはずだよ~。でも結構ライトの光で明るいから、光では見つけられないかもね~」

あまりに静かな周囲に、黙っていられなくて、つい話しながら歩いた。

ダンジョンでない洞窟って、全然生き物がいない……魔物を生き物に含めていいのかどうか分からないけれど、魔物さえいない空間に、少し怖いと思った。

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