第369話 こわいもの
「ユータどうした? あれなんだ?」
ぐっと身を寄せたオレをのぞき込み、タクトが頭を撫でた。
そっか、タクトたちには見えないよね。ライトを先行させる間に、レーダーを確認してホッと胸をなで下ろした。大丈夫、ちゃんと反応がある。
「あっ?! 人が倒れてる?!」
「待て、行くな! 俺達が行く。そこで待ってろ」
駆け寄ろうとしたオレたちの首根っこを捕まえ、レンジさんたちが前へ出た。魔物の気配は……ない……かな? レーダーに意識をやって、首を傾げた。どうもザラザラとしたノイズ? が入っている気がする。
「おい、どうした? ケガは……ないな」
岩陰に倒れていたのは二人の冒険者さん。どうやらオレたちが行きにすれ違った人たちみたいだ。
魔物の気配もなく、倒れた二人に外傷はなかった。
「なんで意識がねえんだ……?」
「妙だね、魔物なら襲った形跡があるだろうし、盗賊なら荷物が無事なのはおかしい」
眉をひそめた二人を尻目に、ピピンさんがしゃがみ込んで乱暴に揺さぶった。
「おーい、起きろ、こんなところで転がってちゃ危ないぞ!」
『おきろー!』
ガクガクと揺すぶられて、微かに眉をしかめたようだけど、それでも目を開けない。
「レンジさーん、回復薬! いっぱい作ってるからどうぞ!」
頭でも打ってるのかもしれないし、とりあえずと回復薬の瓶を投げた。
「回復薬作りもするのか? お前、何にでも手出してんな……」
呆れた顔で瓶をキャッチしたレンジさんが、遠慮なく二人に回復薬を注いだ。
「……起きないね~」
表情は和らいだ気がするけれど、目を開けない。置いていくわけにもいかず、レンジさんたちが二人を担いで戻って来た。
「ひとまず戻りましょう、何か事情があるなら調査はギルドで行いますので」
リナさんに促され、オレたちは足早に帰路を辿った。
レンジさんが一人背負い、シロがもう一人を乗せると、オレたちの前にピピンさん、レンジさんが入った。完全に守られる立場に少々不満はあるものの、Bランクの冒険者に比べてしまえば、そりゃあ守られる側になるだろう。
「偉いな~力持ちだな~」
前を歩くピピンさんは、ちょこちょこと戻って来てはニヨニヨとしまりない顔でシロを撫でている。斥候はいいの……?
「助かるな~シロちゃん! ウチのなんかちーっとも役にたたないんだから!」
『たたないんだから!』
お互いの頭をぽんぽんとやって、無言で顔を見合わせたピピンさんとイーナ。またもや始まったケンカに、いつの間にか口をつぐんでいたオレたちは、くすっと吹き出した。
「……おいおい、どうなってやがる……?」
レンジさんの呟きに視線を戻すと、暗がりの中で、まるで片付け忘れた人形のように4人の冒険者が転がっていた。くたりと力を失った身体は胸をざわざわとさせて、オレはきゅっと拳を握った。
「怖い? 抱っこしてあげようか~?」
傍らから覗き込んだラキの、からかう視線にムッと唇を引き結ぶ。
「怖くないよ! 心配だなって思っただけ」
つんと顎を上げて勇ましく腕組みしてみせる。抱っこ拒否! カロルス様たちならいいけど、ラキやタクトに抱っこされるのはカッコ悪い。
「戦闘の形跡はやっぱりねえな……」
「この人数を運ぶのは中々大変だねぇ」
今回も、やっぱり外傷はないし、回復薬にほとんど反応を示さない。ただ、レーダーで見ると弱っているのは分かるし、回復薬でそれが改善されるのも分かる。どうして意識だけないのか不思議だ。
「火を焚いたってわけでもなさそうですし……」
リナさんも難しい顔で唸っている。狭い洞窟の中なら有毒ガスが怖いけれど、それならきっとティアが分かるんじゃないかな。
それにしても、6人の屈強な冒険者たちをこの人数で運ぶのは至難のワザだ。オレとラキは役に立たないし。
『ゆーた、僕が運ぶよ! みんなまとめて大丈夫だよ』
「重いよ……? 大丈夫?」
任せろと尻尾を振ったシロに頷いて、なるべく軽い簡易ソリを作って布団を敷くと、冒険者たちを放り込んだ。ひとまずゆっくりと引いていくだけなので、トタン板の代わりにでもなればそれでいい。デコボコした道中で、多分痣だらけになると思うけどそこは我慢して貰おう。
「力の強えぇ犬……? だな。ところでお前、なんで収納袋に布団入れてんだ……スペースもったいねえだろうが。今回は助かったが、いくら大きな収納袋だからって無駄遣いするんじゃないぞ」
しっかりとレンジさんに釘を刺され、曖昧に笑って誤魔化しておいた。
「っ……レンジ!」
ずっと無言で付いてきていたキースさんが、わずかに焦りを滲ませた声をあげた。振り返ったオレの瞳に、暗闇の中ぐらりと傾いだキースさんの姿が映った。
「キースさん?!」
脇目も振らずに駆け寄ると、落ちるキースさんの頭を受け止めて尻餅をついた。
「キースさん! キースさん! どうしたの?!」
瞳を閉じた精悍な顔に、ドッと不安が押し寄せる。どうしよう、このまま目を開けなかったら……。
「キースさん! 起きて! 起きて!」
オレはとにかく回復魔法を流して、必死にゆさゆさと揺さぶった。
「……揺らすな」
「!! キースさん! 意識があるの?!」
オレは慌ててごしごしと目元を拭った。
「キース、無事か?! 何があった?」
いつの間にか集まっていたみんなに囲まれて、キースさんがうっすらと瞳を開いた。
「分からん。怠い……ドレインか……? 変な気配があった」
「あーもう! もっと流暢にしゃべって? 理路整然と!」
『リロゼーゼーと!』
気怠そうな瞳が、じろりとピピンさんを睨んで、いつものキースさんだとホッと胸をなで下ろした。でも、いくら回復魔法を流しても、オレに頭を預けたまま起き上がろうとしない。普段なら絶対にこんな姿を見せないキースさんだもの、動かないのではなく動けないのだろう。
「リナさん、ドレインを使うような魔物がこの辺りにいるの?」
「いいえ……不幸な出来事があった時に、不死者系の魔物が発生することはありますが……」
「そりゃまあ、どこにだって発生するよねー」
不死者系の魔物は、命が失われた時にたまに発生する魔物らしい。オバケとか、ゾンビみたいな魔物で、なぜかエルベル様たちもそっちに含まれていたね。
腕の中の頭が、微かに頷いた。
「そういう、気配があった。聖水に反応した、と思うが……」
視線を動かした先には、転がった小瓶があった。さすがBランク……咄嗟の判断で聖水を蒔いたのか。
「不死者がいたなら分かるだろ? お前、そんなもんにやられるほどヤワじゃねえだろ」
レンジさんの台詞に、キースさんが憮然と頷いた。
「分かる。だから、気配と言った。何かおかしい……妙に疲れていたようだ」
「あ、それ分かる! 俺もなんか体調悪いんかなーと思ってた! でもシロちゃん撫で撫でしてたら元気になるし、気にしてなかったんだけどさ」
ピピンさんの言葉に、レンジさんとマルースさんが顔を見合わせた。
「そう言えば疲れていたか?」
「年のせいじゃなかったのかな?」
どうして? オレは別に普段と変わりないように思うけれど……もしかして、回復強化してるからだろうか? けれど、見上げたタクトとラキも首を振った。
「俺はなんともないぜ」
「僕も~」
『あえはも、げんき!』
もそもそと胸元で見上げた小さな瞳に、ふと思い出して尋ねた。
「アゲハ、さっき言ってた怖いって、もしかして何か魔物がいたの?」
『まもの、いないー!』
むしろ、いると言ってくれた方が解決の糸口になるかと思ったのだけど。指先で小さな顎をくすぐると、アゲハはきゃっきゃと笑った。
『でも、こわいのいるー。あうじがいないと、こわいのくる』
すりすりと指に頬を寄せて、アゲハが付け足した。怖いの……?
精霊にしか分からないようなものがあるのだろうか……? オレは、胸元でよだれを垂らして眠るチュー助を起こした。
『お、おうっ?! なんだもうギルド? ……じゃないじゃん。なんで俺様起こされ………』
そこまで言って、チュー助がピシリと固まった。
「チュー助?」
『う、うわあぁ! 主ぃ! 俺様を抱きしめて離さないで! もう二度と! 絶対!!』
何をふざけてるのかと思ったけれど、プルプル震えてしがみつくチュー助は真剣そのものだ。
『見て主ぃ! 周り! 一面真っ黒だから!』
ぺちぺちと叩いて周囲を指す小さな指に促され、ぐるりと見回してみたけれど、確かに洞窟だもの、暗くはあるけれど……。
「あれ? 暗い……?」
オレの目でも、暗い。それは、行きと明らかに違っていた。
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書籍3巻のショートストーリー、見られる期間が7月10日までですよ~! ご購入を考えてくださっている方はぜひとも期間内に!! ショートじゃない長さがありますので読まないと勿体ないですよ! 私もせっかく書いたので読んでほしいですし……
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