第366話 いざ、試験開始

「では、『希望の光』の試験を開始致します。私が今回担当のリナです。私たちは試験終了まで基本的に手も口も出しませんので、そこらの他パーティだと思っていてください。『放浪の木』の皆さん、よろしくお願い致します」

「任せなって! 試験付き添いは初めてじゃねーし!」

『マカセナ-!』

目覚めたイーナが元気に宙返りをした。

「お願いしますっ!!」

オレたちは挨拶すると、ちょっぴりほっぺを紅潮させてギルドを飛び出した。


「ねえ、キースさんたちちゃんと付いてきてる?」

「おー、あれかな? 結構離れるんだな……」

付き添い冒険者は、命の危機がない限りは手を出さないし、離れているので万が一の時に必ずしも間に合うとは限らない。ギルド員を守るのが最優先事項で、試験挑戦者を守るのは努力義務だそう。一緒に行けると思っていたから、離れて様子を見るだけなんてちょっと寂しい。

「なんだか見られてるって思うとそわそわするよ~」

「うん……緊張するねえ」

参観日みたいだね、なんだかこそばゆい気がするよ。ラキの手をきゅっと握ると、お互い落ち着かない顔を見合わせてへにゃりと笑った。


「わくわくするよな! 早く魔物出てこねえかな!」

タクトがオレの反対側の手を取ってニッと笑った。多分、それはオレたちの気分と全然違うと思うよ。

「わっ、ちょっと、振りまわ、さない、でっ!」

元気に振られる腕につられてオレの身体も跳ね上がる。

う、腕が抜ける~! 反対側のラキまで引っ張られて迷惑そうだ。

「タクト~、落ち着きがないと減点だよ~」

「えっ?! マジで?!」

「そうなの?!」

慌ててピシリと姿勢を正したオレたちに、ラキがくすっと笑った、

「さあ~? 『放浪の木』の好感度は下がるかもよ~?」

「なんだよ! ……でもそれはそれで困るな」

良かった、道中の態度まで採点されるわけじゃないんだよね? 確か、違反や犯罪行為をしなければ試験に影響はなかったはず。

シャッ!

だから、別に道中でお昼ご飯を調達して歩くことも咎められたりはしないはずだ。

「あ、ユータ早いね~! でも洞窟だし早めにお昼ご飯集めておかないと困るよね~」

「そうでしょ! 今日のごはんは何にしよっか?」

早々に獲物を手にして幸先上々だ。オレたち、もといオレは見た目が弱そうに思えるからか、結構小型の魔物が襲ってきたりする。早く大きくなりたいけど、何もしなくても獲物が来てくれるのはなかなか重宝している。

「これ、食えねえよなー。俺、でっかい肉がいいなー」

タクトの剣が一閃した先にいたのは、大きなバッタ。それはもし食べられても食べたくはないなぁ。


オレたちが向かうのは草原を数時間歩いた先の自然洞窟だ。シロに乗って行こうかと思ったんだけど、それじゃ他の人が付いてこられないもんね。

『あっ?!』

「シロ、どうしたの?」

『ちょっと向こうにおいしいお肉の匂い!!』

なんですと?! オレたちの瞳がきらりと光った。シロの鼻に間違いはない! でも今は試験中……あんまり道筋を離れるのはどうなんだろうか。

「俺、俺! 俺行ってくる!!」

『うん! 大丈夫、タクトが前倒したことあるやつ!』

挙手するタクトに、オレの中でそわそわするシロ。オレたちの視線がリーダーに集まった。

「1匹だけ~? 倒したことあるヤツなら……あれかな? いいよ~タクトとシロならお任せしようかな~」

「よっしゃ! 行くぜシロ!」

「ウォウッ!」

聞くやいなや、オレから飛び出してあっという間に走り去ったシロとタクト。この分だとお昼は豪勢にできるね! その場合、『放浪の木』を呼んでもいいんだろうか。



* * * * *


「リナさん、あんな小さな子たちに今回の依頼は大丈夫なんですか?」

心配げなマルースさんだけど、とんでもない。

「ふふふっ! そうおっしゃるのも今のうちだけですよ。皆さんが彼らとお知り合いになったのは冒険者になる前だとか……それならビックリされるはずです」

「あの時も十分ビックリだったけどな」

苦笑するレンジさんに微笑んで、そっと前を行く小さな影を見やった。本当に、あんなに小さいのにビックリすることばかりなんだから。

「なんつうかさ、楽しそうねー。普通試験ってさ、もっと気ぃ張ってるもんじゃねえ?」

『たのしー! イーナも!』

肩の上を右に左に動き回るお猿さんに目を取られつつ、3人の様子に私もそろって苦笑した。

「お手々繋いで仲良くって……ここ、街中じゃねえんだけど?! マジで大丈夫なの……?」

「!!」

その瞬間、キースさんの鋭い瞳がさらにキツくなった。どうやら前を行く彼らが何か仕留めたらしい。

「ほう……まだ短剣の使い方も知らねえチビだったのによ、いっちょ前じゃねえか。な、弟子一号だもんなぁ?」

レンジさんが大きな手でキースさんの背中を叩いて、ニヤリと笑った。

「……別に。俺は見せただけだ」

ぷいっとそっぽを向いたけれど、強面が当社比5%くらい柔らかくなったと思うのは気のせいだろうか。

「ほんっとーに見せただけだもんな! ま、その顔じゃ今後弟子2号が現われるとは思えねーけど!」

『コワーイ!』

あ、強面度30%アップ。お猿さんとピピンさんがぴゃっとマルースさんの後ろへまわった。そうされますと強面さんと私の間の壁がいなくなってしまうのですが……。


「ん? なんだ? 召喚獣……? ラキって子は召喚士だったのか?」

飛び出してきたシロちゃんに、レンジさんが首を傾げた。

「違いますよ、ユータくんです!」

「なに?! 召喚もできるのか!」

なぜか私が得意になって胸を張った。すごいでしょ、ウチのギルドの期待の星ですから。

「あれ? どっか行っちゃったよ?」

『ドコー?』

き、期待の星……試験中に一体ドコへ?! 狼狽えた私のことなど知るよしもなく、残った二人は真っ直ぐと目的地へ向かっていた。

「うーん、これはどうなの? 一人で子どもがいなくなっちゃうなんて、とても危険だと思うけど……」

「そ、そうですね。あの、でもですね、タクトくんは大人顔負けの能力をもっているので……」

それでも危ないことには変わりない。思案気なマルースさんに見つめられ、しどろもどろする私に、この場に不安そうな空気が漂い始める。

「あ、もう帰って……なんか持って帰って来てるんですけど?!」

『コワーイ!』

「あれは……ビッグピッグだ」

目を細めたキースさんの声に、ぎょっとして3人を見つめた。きゃあきゃあと歓声が聞こえてきそうな楽しそうな雰囲気で……。

「あいつ、一人でビッグピッグ狩ってきやがった……こりゃ確かにビックリだ。ゴブリンに襲われて泣いてた子がなあ……」

遠い目をしたレンジさんに、汗を垂らしつつ、さも当然のように微笑んで見せた。いや実際にこの目で見ると信じられないわよね、ビッグピッグ討伐……昨日Eランク試験を受けたパーティの課題だったわ……。

「……もうこれで合格でいいんじゃね?」

『ごーかくじゃね?』

……確かに。私はなんとも返事をしかねて乾いた笑いを向けた。


* * * * *


「いえーい! おいしい肉ゲット-!」

「これで昼飯は豪華になるね~!」

「よーし、下処理しながら向かおっか!」

お昼は何にしよう? ポルクとは違った、少し野性味のある肉質のビッグピッグ。とてもじゃないけどオレが持ち上げられる大きさじゃない。シロとタクトの協力の下、洗浄魔法できれいにして、下処理をすませつつ歩いた。洞窟に着くころにはちゃんと解体まですませられるかな。

「俺、どーんと肉がいい!」

上機嫌のタクトがリクエストを寄越した。タクトのとってきた獲物だもんね、じゃあひとまずポークステーキかな? ポルクよりは脂質の少ないビッグピッグは、脂っこくなりすぎなくていいかもしれない。

朝も昼も随分こってりになるけれど、成長期だもの、大丈夫!

付け合わせのサラダはレモン風味のドレッシングで決まりだね! スープもあっさりとキノコの澄んだスープにしよう。キースさんたちも食べてくれるかな?

うきうきと昼食メニューを考えていたら、試験中だなんてすっかり忘れて緊張感も吹っ飛んでしまったのだった。



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