第365話 試験依頼

「へえ、お前らEランクになんの? すげえじゃん! あの時のちびっ子がねえ……」

『スゲージャン!』

イーナが、せわしなくオレの全身をまさぐりながら繰り返した。そんなに探したって、いつもポケットにおやつ入れてるわけじゃないからね!

「大したものだね……なんだかさらに自分が老けた気がしてくるよ」

苦笑したマルースさんが、眩しそうにオレたちを眺めた。余所の子の成長は早いって言うものね。あちこちを旅している彼らにすれば、ちょっと見ない間に随分大きくなったように思うだろうな。


「しばらくはここにいるからな、お前らの担当してやろうか」

レンジさんが顎をさすってにやりと笑った。

「担当って?」

「ランクアップ試験だよ。ギルド員とギルド指定の冒険者付き添いで依頼をこなすだろう?」

あれ? 以前みたいにギルドで行う試験じゃないのかな? どうやら初期の試験とは勝手が違うらしい。Fランクの時に基本の読み書きや能力を見ているから、Eからは実戦的に使えるかどうかを見るようだ。基本的には、きちんとポイントを貯められている実力があるならランクアップできる内容らしい。

「じゃあ、試験では実際のEランクの依頼を受けられるんだね!」

「でも僕たちが選べないんだよ~変な依頼だったらどうしよう~」

「ははっ! ギルドが選ぶんだぜ? 当たり前で一般的なヤツしか選ばれねえって! その代わりつまんねーの! 俺たちが担当するから試験のレベル上げてくんないかな?」

『ツマンネーの!』

試験なんだから、つまんなくていいです! 勝手に難易度を上げないでいただきたい。

でも、依頼に付いてきてくれるのが『放浪の木』メンバーならとても心強い。それに、キースさんにオレの成長を見てもらえるかも知れないと、どきどきと胸が高鳴った。

「でも、ギルド指定の冒険者じゃないとダメなんだろ? おっちゃん達で大丈夫なのか?」

「お、おっちゃん……達? 俺は含まれてないよね? ね?」

『イーナも? も?』

タクトの何気ない台詞に、ピピンさんが狼狽えた。少なくともイーナは含まれてないと思うよ。

「はっ、『放浪の木』は品行方正でギルドから一目置かれる存在だぞ? 大歓迎されても不満なんざ持たれねえってな」

レンジさんが得意げに笑った。品行方正……間違ってないと思うけど、その成りで言われても違和感がある。

「私も見てみたいし、それはいいね。まあ、何はともあれ君たちはそろそろ帰りなさい、もう遅いよ」

マルースさんに促され、オレたちは明日ギルドで会う約束をして別れた。

ばいばいすると、手を振るみんなの影で、キースさんも鷹揚に頷いてくれていた。



「良さそうな人たちだね~! 強そうだったけど、頼れる人たちなの~?」

「うん、Bランクのパーティだよ。レンジさんはカロルス様と知り合いなんだって」

「「Bランク?!」」

あれ? タクトは知らなかったんだっけ? Bランクのパーティなんてそうそういないから、二人は大興奮だ。このあたりには少ないけど、人の多い王都付近に行けば、AやBの人も多いのだろうか。

「やったー! 俺、ゴブリンに襲われたかいがあったぜ! Bランクの人たちと知り合いになれるなんてさ!」

「ユータってあちこちに知り合いがいるよね~! Bランクの人と繋がれるなんてラッキ~! 試験の付き添い、してくれるといいね~!」

カロルス様たちがAランクだったから、あんまりBランクに特別感はなかったけど、確かにすごいことだよね……キースさんもBランク、まだまだ追いつけないなぁ。

『俺様を使ってるんだ、主はBランクなんて目じゃないぜ!』

得意げにふんぞり返ったチュー助に、くすっと笑った。



「起きろぉー!!」

気持ちよく寝ていたのに、突然激しく揺すぶられて飛び起きた。タクト、もうちょっと優しく起こしてくれないだろうか……何事かと早鐘を打つ心臓が痛い。

「ほら、朝だぞ! 早く行くぞ!」

「うわわっ」

ひょいと大雑把に片手で掴み上げられて、オレは捕まえられた虫のように手足をばたばたさせた。怖いよ! 力はあるんだろうけどタクトは見た目がまだ子どもなんだから!

「ちょっと早くない~? あ、僕は自分で下りられるから~」

「でも今から飯食うだろ、そんで腹ごなししてから依頼を受けたらそんなもんだ!」

目をしょぼしょぼさせたラキは、伸ばされたタクトの手を丁重にお断りして大きなあくびをした。

「朝ご飯をゆっくり食べられるのはいいけどね~。今日は美味しい朝ご飯なんでしょ~?」

ぎりぎりまで寝ていたいオレとラキの朝ご飯は、とても簡素なものが多いけど、今日は試験を受けるからね! ちゃんと作っておいた験担ぎのカツサンドなんだよ!


オレたちは一旦秘密基地に移動して、朝食を並べた。とろりとしたスープにカツサンド。朝から随分とボリューミーだけど、オレたちはこれを受けて立つことのできる胃袋を持ってるからね。

分厚いサンドを両手でしっかりつかむと、隙間からカツを彩るように、ひらひらと緑のお野菜が映えていて、誘われるままに大きなお口でかぶりついた。

ザクッ!

小気味よい音と食感に、にっこりと口角が上がった。お口からぴらりとはみ出したお野菜を、はむはむと収納して咀嚼する。

「美味いな! これでもう試験は受かったな!」

「美味しい~! 試験受からなくてももういいかも~!」

ちょっと無理して食べたけど、2個目は半分でギブアップ。もちろん狙っていたタクトがぺろりと平らげた。ただの験担ぎではあるけど、なんだか元気になるよね、これは試験の日は毎回カツサンドかな。ポルクじゃなくてもきっと美味しいよ。

温かいスープにほうっと息をつくと、こうしてゆっくり朝ご飯を食べられるなら、早起きも悪くはないなと思った。




「僕たち、ランクアップ試験を受けます~」

「はいはい、『希望の光』ね、聞いてるわよ~! どうして『放浪の木』と知り合いなの? 付き添いしてくれるんだってね! 羨ましいわ~」

受付のお姉さんが書類を受け取りながら言った。どうやらレンジさんたちは既にギルドに声を掛けてくれていたようだ。

「はい、今回の試験依頼はこれね。あなたたちなら問題ないでしょう。『放浪の木』が来るまでは色々調べておくといいわよ」

オレたちは差し出された依頼書を一斉にのぞきこんだ。おでこがゴチンといった気がするけど、そんなことに構ってられない。


「……あれ? 討伐じゃねえの?」

タクトががっかりして顔を上げた。依頼書の表題は『スズラナの採取』。描かれたイラストはどう見ても植物だ。

「Eランクの試験は討伐が多いって聞いたけど~?」

3対の瞳が尋ねるようにお姉さんに視線を向けると、お姉さんは肩をすくめた。

「そうなの、本来なら戦闘能力を見る方に重きを置くのだけどねー、あなたたち、Dランクの獲物狩ってくるじゃない? 他のパーティからの評判もいいし、戦闘能力は心配してないのよね」

「じゃあ、何を心配してるの~?」

首を傾げたラキに、お姉さんが苦笑した。

「正直、なにも心配してないわ! 少なくともEランクになることに関してはね。だけど今回『放浪の木』がついてくれるでしょう? せっかくの機会だからEランクにしてはハードな依頼を受けてもらったのよ」

ええ~、結局ピピンさんの言ったようになってしまった。付き添ってくれる安心感はあるけれど、試験の難易度を上げられるなんて困る。でも、採取の依頼ってそんなにハードなんだろうか? 


オレたちは小さなテーブルに集まると、収納から取り出した図鑑をめくった。

「ふーん、スズラナは洞窟に生えてんだな! だから難易度高いのか」

「洞窟に生えてるって分かるなら、難易度低くないの? 洞窟がある場所はもう分かってるんだから」

「洞窟はそれに適した独特な生態の魔物がいるからね~わざわざ敵に有利な場所で戦うことになるんだよ~。それに、暗いっていうのは何より難しいよ~? Eランクの依頼だと結構厳しいと思うけどね~」

なるほど、確かに視野が確保できないとまともに戦えないもんね。オレは暗いことがデメリットにならないからお得だ。エルベル様には本当に感謝だね!


「お、早いな」

オレたちが額を付き合わせていると、レンジさんたちがギルドへ入って来た。自然とギルド内の視線が彼らを追い、やっぱりすごい人たちなんだなと実感する。

「どれどれ? どんな依頼ー?」

イーナはどこに行ったのかと思ったら、ピピンさんのかばんから尻尾が垂れ下がっていた。

「おや、これは私達のせいかな? 中々厳しい依頼が選ばれてしまったね」

「いいじゃん! 平原でビッグピッグ狩ってこいなんて依頼だったらガッカリだし!」

そうか、確かにそんな依頼ならBランクパーティを付き合わせるのは勿体ない。せっかくの機会だ、ぎりぎりのリスクをとって経験を積めたらありがたいね。


「じゃあ、これを受けるってことで~……」

「「「よろしくお願いします!」」」

オレたちは勢いよく頭を下げた。




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