第339話 後始末

暗闇の中、静かに目を開けて、周囲を探った。

……うん、今日は疲れたもの、みんな寝てるね。

「行かなきゃ、いけないよね」

――大丈夫、ラピスがついてるの。

昼間のことをころっと忘れたラピスの口ぶりに、やれやれと苦笑しつつ、静かに転移した。


オレ一人なら、ライトは必要ない。一つ深呼吸をすると、暗闇の中を歩きだした。大丈夫、一人じゃない、怖くない。ほんのりと輝きながら先導するラピス、肩にはシールドを張ったモモにティア、ポシェットや襟元から顔をのぞかせたムゥちゃんにチュー助とアゲハ。額の宝玉をきらめかせた蘇芳を抱え、歩を進めるオレの脇には、ぴたりとシロが寄り添った。


「――ここだね」

そこは、オレが塞いだワースガーズの巣、その大広間。

「やっぱり、感じるね」

どこからともなく漂う、嫌な気配。昼間よりも随分薄いのは、オレが埋めたせいだろう。

『どこにあるのかな?』

「ううーん……上?」

この嫌な気配には覚えがあったんだ。

これは、きっと魔寄せ……たぶんその原料になる呪晶石だ。そのせいでこんなにワースガーズが大量発生したのかな。埋めはしたけど、放っておけば、また崩れて討伐隊が来る頃に大量発生していないとも限らない。

レーダーで慎重に周囲の気配を探りつつ、オレの感覚を頼りに、埋めてしまった大広間を掘り進めていった。

「あ……多分、ここだよ」

ごそりと土を退けると、途端に周囲に漂う嫌な気配が濃くなり、果たしてそこには天井からぶら下がるように、禍々しい結晶が生えていた。

『うわ、本当ね~確かに嫌な感じだわ』

モモがきゅっとオレに寄り添った。気分が鬱々とするような、まさに『嫌な感じ』としか言いようがないこの感覚。だけど、それももう何度も経験すると大分慣れてきたように思った。

『ゆーた、集まってくるよ』

「うん、もったいないかもしれないけど……浄化しちゃうね」

価値があるらしいけれど、回収するにはリスクも随分高いと思う。既に反応を示したレーダーに、管狐部隊がオレの周囲を固めた。オレ一人ではあるけど、お願いだから加減してね……。

どうにも、この感じはルーやサイア爺の『穢れ』を思い出すから、あってはいけないものだって気がする。


『ふーん、浄化したらきれーだな!』

チュー助が澄んだ結晶をつんつんとつついた。浄化した呪晶石は、まさに結晶化した穢れとそっくりだ。これ、またオレが持って行かなきゃいけないんだろうか。でも、置いておくと元に戻ってしまいそうで怖い。

『持っていく方がいい、気がする』

蘇芳が、小首をかしげてそう言った。

『これ、良くない。浄化したらいい』

「見つけたら浄化した方がいいの?」

こくりと頷いた蘇芳は、じいっと呪晶石を見つめて、これで良しと満足そうに再び頷いた。うーん、なぜかは分からないけど、蘇芳が言うならそうしよう。だって、幸運のカーバンクルだもんね! それに、オレだって見つけて放置するのはなんだか気持ち悪い。


「あ~眠い。それにしても、あんなに探していなかったワースガーズ、どうして急に出てきたんだろうね」

『それなんだけどね~、私も考えてたのよ。あれだけの数がいるのに外で見かけないなんておかしいもの、巣の出入り口は埋まっていたんじゃないかしら? 最初の1匹か数匹が、巣に入り込んだ後にね』

「でも、それだと見つからなかったのは分かるけど、急に出てきたのは?」

うーんと腕を組んだオレに、モモがそっと目を伏せた。

『それ、聞きたい?』

愁いを秘めた声音に首を傾げる。もちろん、真相を知りたいけれど……。

『あの夜、魔法使ったじゃない?』

野営した日だね、そう、念のために野営地の周りを土魔法で囲ったんだよ。

『さすが主だよな! ズズズ~ッって地面が揺れてさ! あっという間に壁が……』

チュー助の言葉にピタッと動きを止めた。

地震みたいに地面が揺れて……まさか?

『ま、そうかもね~ってだけだしね!土魔法で周囲の土も使っちゃったりなんかしてたけど、うん、憶測でしかないからね!』

がっくりと膝をついたオレに、シロが慰めるように寄り添った。



「ねえ、ルーは呪晶石って知ってる?」

柔らかな下草の上に横たわり、大きな前脚を抱えて寝転がった顎を見上げた。暖かな日差しの中、ルーの見つけたとっておきの昼寝場所は、いつも大層居心地がいい。何気なく抱えた前脚は、ぎゅっと指を押すと、大きな爪がにゅっと出るのが楽しい。ルーは爪まで黒くて、その先端は鋭くとがっていた。

「それがどうした」

抱えた前脚がピクリ、と反応した。

「ルーの穢れと似てるな、と思って」

何度も爪を出して遊んでいると、やめろ、と前脚を取り上げられてしまった。

ちょっとむくれて顔を上げると、じろりと金の瞳がこちらを見た。

「……似ているはずだろう、同質のものだ」

「同質のものって?」

「……さーな」

まだ早い、そう言った気がした。こうなったらもう答えてくれないだろう。再び前脚に手を伸ばすと、ひょいと避けられてしまう。仕方なく後ろ足で遊ぼうとしたら、しっぽでガードされてしまった。

「けち……」

「うるせー」

脚を触らせてくれないルーにふてくされ、ごろんと横になって、隣にある漆黒の腹を見つめた。大きな呼吸に伴ってふくらんだり、へこんだり。見ているだけで眠くなってくる。

大きく膨らんだら、かすかに腹の地肌が見え隠れした。


「………」

柔らかそうで、温かそうで、思わず手を伸ばして毛の薄い部分を撫でてみた。

「!!」

バッ! っと跳ね起きたルーが背中の毛を逆立てていて、あまりに大きな挙動につい笑ってしまった。

「ごめんね、そんなにびっくりした?」

「……びっくりじゃねー! いきなり獣の腹を触るやつがあるか!」

ああ、確かに。おなかなんて弱点だもんね、獣相手にそんなことはしないけど、ルーはヒトだと思ってるから。

「じゃあ、今から触るね」

「さっ……わるな!」

ビクッ! としたルーが再び跳ね起きてオレを睨んだ。獣だって、ちゃんと許可をもらえば触ることはできると思うんだけど。

「てめーがいると眠れねー!」

ブツブツ言ったルーが突然ふわっと光ると、するすると小さくなって、凛々しい青年の姿をとった。どうだ、これなら触るまいと言わんばかりの得意げな顔がおかしい。

「ルー、人の姿は久しぶりだね」

にこにこして見つめた先で、頭の後ろで腕を組み、ごろりと横になって金の瞳を閉じた。どうしても寝るつもりらしい。じいっと見つめたけれど、徐々に引き締まった口元に力がなくなり、ぎりりと刃のような表情が緩んでいく。ルーって、獣の時も、ヒトの時も、本当に気持ちよさそうに寝るんだ。

せっかくヒト型になったのに寝ちゃうなんて……。オレは遠慮なく体の上によじ登ると、固い体にうつぶせになって耳を当てた。獣の時よりずっとはっきり聞こえる鼓動と、呼吸の音。少々ベッドが狭くて固くなってしまったけれど、これはこれで仕方ない。


「ねえ、オレ、あれを見つけたら浄化していくね。だって『穢れ』みたいだから……ルーたちに、もしかして悪いものだったらいけないと思って……」

うとうとしながら、どうせ聞いていないと思って小さくつぶやいた。もし、ルーたちがまたあの病気になったら困るもの。

じわじわとルーのぬくもりが伝わって、満足して瞳を閉じたとき、がしっとオレの頭に大きな手が置かれた。

「お前はそんなことをしなくていい」

半分も開かなくなった瞳で見上げると、寝ているとばかり思った金の瞳が、鋭くオレを見つめていた。

「うん……でも、もし……見つけたら………」

そんなに簡単に見つかるものじゃないはず。でも、見つけたらその時は放っておけないもの。別に、いいでしょう? 微笑んでそう言ったつもりだったけど、どこから夢だったのかもうわからなかった。




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