第338話 なかったことに
「はい、回復薬。し、しばらくは安全だと思うから!」
行き止まりの通路は、入り口さえシールドで塞げば何も侵入できない。そもそもあの広い通路は完全に塞いじゃったしね。
「しばらく、ねえ~」
ラキのぬるい視線が痛い。
素知らぬ顔でみんなに回復薬を配り、オレも片手を腰に当て、ぐいっと一気飲みした。
「あれ? この回復薬甘いな」
眉をしかめて瓶をあおったニースが、不思議そうな顔をした。
「それ、ユータ印の回復薬だからな!」
「ああ、ユータ印なのね……それならあり得るわ」
「甘い……おいしい」
何も言わなきゃバレないと思ったのに、タクトが余計なことを言うから! 妙に納得されているのも複雑な気分だ。
「おし、元気満タンだぜ! また走れるぜ!」
「おう、俺達ももう大丈夫だぞ! よく効くなぁ、さすがはユータ印だ!」
「もう、それはいいから!」
回復しなくたって二人は元気だったと思うけど。点滴魔法も併用したから、他のみんなも少しの休憩で体調は万全のはずだ。オレの魔力は完全回復とはいかないけれど、魔素で補うほどでもない。ワースガーズもかなりの数を減らしたはずだから、ここからは一気に走り抜けられるといいな。
「まだ、結構~、残ってるね~!」
「はっ! うん、でもっ! あんなに大量じゃなきゃ、大丈夫っ!」
パラパラと襲ってくるくらいなら、そう脅威じゃない。オレの精度ではラキみたいに魔法を当てるのが難しいので、もっぱら短剣が活躍している。1体1体ならだいぶ慣れてきた。このくらいの大きさがある方が、むしろ怖くないし。
『ゆーた、もうすぐだよ!』
前を行くシロが振り返った。地上が近くなり、シロの鼻で案内できるようになったので、俺とリリアナが交代している。リリアナはシロに乗りながら器用に矢を射て、戦闘に参加してくれた。
「おいっ! 出口だー!!」
ニースの喜びの声と共に、前方からまぶしい光が溢れた。ああ、外の光ってなんて温かい……。
「やったーー!!」
暗い地下から、明るい外へ、オレたちは思い切り外の世界へ身を躍らせた。
『ねえ、でも虫さんはいっぱいいるよ?』
満面の笑みで飛び出したオレたちに、シロの無情な声が響いた。周囲がどうにもゴソゴソして見えるのは、気のせいではないらしい。
――ユータ、ここは任せるの! お外ならユータたちをつぶしたりしないの!
「えっ? ラピスっ……ああ~! モモ!!」
『おっけーっ! 全力惜しみなくっ!! ゆうたも協力してちょうだいっ!!』
「早く! みんな、オレの周りに集まってぇー!!」
電光石火の早業で、シュタッと集合したラキとタクト、そして戸惑うニースたちを素早く回収してきたシロ。
「えっ? なんだ? どうした? 戦わなきゃやばいだろ?!」
「多分ね~、もっとやばいことが~」
「ニース兄ちゃん、『ユータ印』だぜ!」
全力でシールドを維持するオレとモモに、みんながぎゅっと寄り集まった。うん、シールドは小さい方が維持しやすいから……これで多分、大丈夫!
――第一部隊、一斉ほうかー!
「「「きゅーーっ!」」」
――第二部隊、集中ほうかー!
「「「きゅーーっ!!」」」
一斉砲火と集中砲火に一体どんな違いがあるんだろうと思うけれど、きっとその号令に大した意味はない。ただ、もうもうと巻き上がった土煙と、ドドドドォと響く地鳴りで、とんでもないことをしているということだけは伝わってきた。
――あ、待つの、崩れるの! 埋まっちゃうの! えっとえっとー
突如、妙にあわあわとしたラピスの声に、ものすごく不安がよぎった。
「ら、ラピス……? どうしたの?」
――な、なんでもないの! 気にしないの! えっと……みなのもの! 目標はアレ! フウゥルスゥイイングなの!
「「「「「きゅ?! きゅーーーっ!!!」」」」」
な、なに? その掛け声? 管狐たちが瞳を輝かせ、ぶわっとやる気メーターが振り切れたのを感じる。
なにをす……
ドガガアァン!!
「なっ?!」
「きゃあっ!」
思わず首をすくめるような大音量が、ごく間近で聞こえてシールドを震わせた。刹那に感じたものすごい魔力量に、シールドに当てないでくれて本当に良かったと冷や汗を流した。
『ゆーた、たぶんもう大丈夫』
シンと静まった周囲とシロの声に、恐る恐るシールドを解除した。途端に土煙に襲われ、ぎゅっと目を閉じてレーダーに集中する。うん、近くに魔物はいないみたい……。さすが、殲滅部隊。
シロが天をあおぐと、ふわっと柔らかな風が吹いて、土煙をきれいに拭い去っていった。
目をすがめて見回すと、目の前にはちょこんとお座り姿勢をとって、ふさふさとしっぽを振るラピスが見えた。
「あ! ラピス、大丈夫だった?」
――ラピスは大丈夫なの!
そうだね、ラピスは大丈夫だと思ってるよ。
「「「「「きゅ!」」」」」
周囲にいた管狐たちが、一斉にオレに突撃して、ほっぺにすりっとやっては消えていった。えーっと、また増えてない? タリスまでいた気がする……。
「ねえ、何があったの?」
――なにもないの! 虫をやっつけたの!
うーむ、妙にふさふさ振られたしっぽ、やけにきゅるんとかわいいお顔……絶対、何かあると思うんだけど。完全に土煙が晴れた周囲は、ただ広々と平野が広がっている。特に壮絶なクレーターも、灼熱のマグマも噴出していないようでホッと胸をなでおろした。
「なあ、ユータ」
ニースが優しい声でオレを抱き上げた。なあに? と首をかしげると、ルッコとリリアナも微笑んだ。
ラキが残念なものを見る目でオレを見て、ふう、とため息をついた。
「あっはっは! すげーな」
タクトは一人で大爆笑している。なにか、おかしい……?
「岩山」
リリアナがぽつりとつぶやいた言葉に、オレはハッとすると、そうっと振り返った。
「…………お、かしい……ね……」
……ないね、岩山。
――ラピス、修行してくるの!
ぽんっと消えたラピス。だらだらと汗を流したオレを見て、ニースたちは再び優しい顔で微笑んだ。
「ど~~すんだこれ……ギルドになんて言えば……」
オレが事情を説明したところで事態が変わるわけでもなく、ニースたちは頭を抱えていた。
「も、元からなかったってことには……」
「「「なるか!!」」」
幸い、岩山全部が消滅したわけじゃない。たまたまオレたちの近くにあった一画がきれいさっぱりなくなっただけだし……ばれないんじゃないかと思ったんだけど。
「ワースガーズが巣穴作ったせいで崩れたのかも~って言うしかないんじゃない~?」
「それでいいんじゃねえ? なんでそうなったか知らねえってさ!」
結局、知らぬ存ぜぬで通すしかない。だって説明しても信じてもらえないだろうし。
ちなみにワースガーズは地上にいた分は殲滅されてしまったけれど、巣の中にはまだたくさんいるので、丁寧に出入り口を塞いで目印をつけておいた。
「いや、紛れもなく助かったんだけどよ……」
「うん、本当に助かった」
「でも、どうしてかな……気持ちよく感謝の言葉が出てこないのは……」
まあまあ、とにかく命は助かったし、依頼は達成できたんだし、万々歳じゃない?
「ねえ、依頼の期限迫ってるんじゃない~? もう帰ろうよ~」
もうてっぺんよりだいぶ傾いたお日様に、ニースたちがにわかに慌てだした。
「やっべえ! 早く帰らねえと! よし、急いで帰………」
ハッと振り返った3人は、にこにことしっぽを振るシロを見て、まっ白になった。
その後、屍みたいになった『草原の牙』をシロに乗せてギルドへ運び込み、回収しておいたワースガーズの素材を提出して、なんとか依頼は達成ということになったようだ。翌日には討伐隊が組まれるそうで、もう安心だろう。
その夜、みんなが寝静まった頃合いを見計らって、オレはぱちりと目を開けた。
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もふしらコミカライズ版の、電子書籍の方も同時期発売みたいですよ~!すでに予約が開始されています!
手元に届いたらイラストの練習したいなあ!
もふしら書籍4巻もどうぞよろしく~!
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