第334話 岩山で野営

シロのおかげで随分と早く目的地に到着することができた。『草原の牙』面々も、転がってないで、ぜひとも喜んでいただきたい。

「「「…………」」」

声もなく横たわった3人は、口から魂が出そうな様子だ。

「ニース兄ちゃん、だらしないぞ!Cランクならきっと大丈夫!」

「……お、俺はまだDランクの器だったようだ……」

せっかく明るい内に着いたんだから、下見だけでも済ませて明日に備えたい。

「ムゥ!」

ポシェットからムゥちゃんが顔を出し、サッと葉っぱを差し出した。

「うぅ……何そのかわいいの……ぐふっ……」

「ムゥちゃんだよ。はい、この葉っぱを噛んで。よく効くと思うよ」

素直に葉っぱを口にした3人は、徐々に顔色が戻って来たようだ。既に魂がどこかへ行っちゃってたリリアナも、無事に戻って来られたみたい。


「場所はここでいいの?」

「そうだな、この岩ばっかりの場所らしくてな。」

巨岩のごろごろする小さな岩山は、植物が少なくて殺風景だ。生き物が少ないせいで、魔物もあまり多くはなさそうなのが幸いかな。

――灰色の岩の場所だけなの?なら、そんなに広くはないの。でも、岩だらけで上からだけじゃ死角が多いの。

さっそく、上空から周囲を偵察したラピスからの報告が届いた。ラピス部隊でローラー作戦をしてもいいけれど、できれば真っ当に報告できる方法で探したいな。

「ね、ユータ、どう?どう?索敵に引っかかりそう?」

ルッコが期待をこめた瞳で、ずいっと身を乗り出した。

「うーん、魔物も生き物も少ないから、群れがいたらすぐに分かりそうだけど……今は、近くにいないよ」

「そ、そっか……でも、それが一瞬で分かるってマジでマジに便利……いいなあ、魔法使い」

肩を落としつつ、羨望の目でオレを見つめた。

「魔法使いがみんな使えるわけじゃないよ~僕、索敵できないもの~。むしろタクトの方ができるよ~?」

「俺?索敵魔法なんてできないぞ?」

「魔法じゃなくて~、いつも魔物の気配とか感じてるでしょ~?あれも、索敵みたいなものだよ~」

確かにタクトは索敵魔法は使えないけれど、カロルス様たちみたいに感覚である程度とらえることが出来る。これも身体強化の一種かもしれないね。

「そうか?でも俺、どんな魔物が何匹なんてわかんねえし……」

「それはさ~、普通の索敵魔法でも相当熟練しなきゃ分かんないよ?比べるとこが間違ってるよ~」

……オレ、タクトたちの前ではそんなにレーダーを披露していないと思うんだけど?!それもそうだとオレを見て笑うタクトに、釈然としないものを感じる。

「ヤバイ……俺ら、ユータ以外にも負ける……!」

「もういっそ、あたしがユータのパーティに入るってのは……」

「想像して?10数年後、彼らがピチピチの若者になった時、ルッコは……」

「……ぐはっ?!」

ルッコが突如ダメージを受けてうずくまった……何やってるの?!



「ほしい……」

リリアナは、さっきから鼻がくっつくほどの至近距離で、じいっとムゥちゃんを見つめていた。あまりに見つめるものだから、ムゥちゃんが困っている。

「ム、ムゥ……」

ついにごそごそとポシェットの中に潜り込んでしまった。ほんの少し飛び出した葉っぱが、時折わさわさと動くのが面白い。

結局、今日の探索では魔物の一匹も見つからず、魔物がいないならと、付近で野営することになった。休憩所でも街の近くでもなく、一面に人の気配のない場所で野営をするのは初めてだ。ドキドキしているオレに比べて、さすがにニースたちは慣れたものだ。特に気負った様子もなくテントを張って、魔物避けの杭を打っていた。

「よし!オレたちも頑張ろうね!いつもみたいにやれば大丈夫!」

「いつもみたいに、ね~」

「快適テント生活、だろ?」

もしかして、緊張しているのはオレだけなんだろうか?促されるままに魔法で地面をならすと、タクトとラキがテントを張り、その間にオレがかまどやテーブルを準備した。さて、今日のごはんは何にしよう?きっとニースたちもちょうだいって言うよね。

徐々に薄暗くなっていく周囲に、オレはライトをいくつか浮かべ、ほどよい視界を確保した。

「今日の飯、何?」

「お肉だよ!」

小躍りするタクトにキャベツもどきを渡し、千切りにしてもらう。やっぱり付け合わせは千切りキャベツだよね! そう、今日は明日の探索に「勝つ」ための験担ぎ、トンカツ……ポルクカツだ!汁物はお味噌汁にしたいところだけど、きっと万年食べ盛りの人たちは物足りなくなるだろうし、お野菜をたっぷりとってもらうためにも、ミネストローネ風スープを選択した。

手の空いたラキもスープ作りに参戦し、辺りには良い香りが漂い始めた。


「……なあ、これ、俺が知ってる野営と違うと思う……」

「奇遇ね……私もそう思ってたとこ」

「……未練は無い。私ならあるいは子どもの中に溶け込んでも……?」

『草原の牙』は保存食ですませるつもりだったんだろうか、食事を準備する気配がない。暮れゆく周囲にはただ、リリアナとルッコの言い争う声が響いていた。


ジャワー、ジウジウジウ……

明らかに人数分より大量のポルクカツを揚げていると、なんだか全身が油でねっとりしてきた気がする。

よし、スープとごはんもそろそろだね。阿吽の呼吸で、タクトとラキがテーブルを片付けてキャベツを皿に盛り、スープやごはんを準備し出した。

そんな中、『草原の牙』は、案の定保存食を取り出しながら、チラチラ……いや、穴の空くほどじいっとこちらを見つめていた。

「ふふっ、大丈夫、みんなの分あるよ、こっちに座って」

「「「じゃあ遠慮無くっ!!!」」」

くすくす笑うと、3人は見事に声を揃えて飛んで来た。


「今日は、ポルクカツだよ!どうぞ~」

「「「うおおおお」」」

トン、とお皿を置くと、目と口から感涙せんばかりの勢いで、3人がぐっとテーブルに身を乗り出した。

「うまそー!食っていい?」

「お腹空いた~!」

いただきます、に合わせて一斉にかぶりついたのは、全員ポルクカツ。木々の音すらしない静かな夜の岩山に、ざくっ!と小気味良い音が幾重にも重なって響いた。

豪快に荒いパン粉を使ったカツは、ザクザクと花開いた衣の歯ごたえが楽しい。大きく頬ばると、ポルク特有の甘い肉汁が溢れた。ん~やっぱりポルクは脂が美味い!重すぎず、軽すぎず、臭みやしつこさがない最高の脂だ。

「美味しい~!」

ザクリとかみ切れる分厚いお肉は、空きっ腹に絶大な満足感を与えてくれる。

オレが一切れ食べる間に、ぺろりと平らげた人たちが目をぎらぎらさせるのを見越して、ドン、と大皿に盛った分をテーブルに出しておいた。始まった戦争を横目に、オレは大切に自分のカツを頬ばった。よし、これで落ち着いて食べられる。


「これは俺が知ってる野営じゃない……断じて。だがしかし!これでいいのだ……」

「そう、これでいいのよ……幸せ……」

「今までお世話になりました」

「「行かせねえよ?!」」

とろけた無表情で大の字になっていた3人が、また言い争いを始めた。抜け駆けだの、自分も行くだの、本当に賑やかな人たちだ。

「デザートはあり~?ぼく、さっぱり系~!」

「あるなら何でもいい!」

デザート、の声にピクリと3人が反応した。示し合わせたようにサッと席へ戻ると、澄ました顔でオレを見つめる。そうだね、こってりガッツリ食べたあとは、スッキリしたデザートにしようね。


「じゃあ、今日はリモンのゼリーだよ」

取り出したゼリーは、淡い黄色の透明な部分に、キラキラと宝石のように崩した淡いグリーンのゼリーを乗せて、2層になっている。下層はリモンの酸味が強く、上層はミントに近いハーブと蜂蜜のスッキリした甘みを出している。それぞれ食べるもよし、合わせて食べるもよしだ。

「きれーい!」

何のためらいもなくスプーンを突っ込んだニースとリリアナ、ふるふると手の中で揺らして喜ぶルッコ。オレも小さなスプーンですくって口へ運ぶと、すうっと清涼感が広がった。スッキリと心地よくて、妖精さんの魔力みたいだ。もう少し温かい日なら、ぜひともソルベにしていただきたいな。

「あーー満足!来て良かったーー!」

「ホントよね!!」

「もう悔いはない……」

違うよ?!お食事に来たんじゃないからね?!すっかりご満悦の3人に、オレは一抹の不安を覚えるのだった。






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色々と必死こいて頑張っております……

ちなみに……見ました?!表紙、出てますよ……!!!!コミカライズの!!!

かわいいーー!!

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