第335話 噂の魔物

「静かだね~」

「魔物、いねえのかな」

オレたちは満腹のお腹を抱え、たき火を囲んだ。

ゆらゆらするみんなの影が、花びらみたいに周囲に伸びて、闇に溶け込んでいる。パチパチと心地よい音をたてる炎を見つめていると、なんだかぼんやりとしてしまうね。


「ちょっと、リリアナ寝ちゃだめだからね! 最初の見張りでしょ?」

ルッコの声に、膝を抱えてこっくりこっくりしていたオレもハッとした。明日はお日様と共に行動だ、オレたちも早く寝なきゃ。

たき火はひとつ、テントはふたつ。そう言えば見張りを全員でするなら、時間割を考えなきゃいけないね。

「ねえ、ニースたち見張りの順番どうする? リリアナが一番なの?」

「えっ、もちろん俺達がやるぞ? お前らはしっかり寝てくれよな!」

爽やかに笑ったニースだけど、言葉の裏に「明日はいっぱい働いてもらうし!」って台詞が見え隠れして、素直に喜べない。

「俺らずっと寝ていてもいいの?! やった!」

「もちろんよ! どっちにしたってチビッコに任せて寝ることはできないもの」

そっか、子どもの見張りに任せて寝るのは不安でもあるよね。それならお任せしようかな。でも、やっぱり申し訳ない気持ちもあるから、せめて楽をしてもらえるように工夫をしていこう。

『あの人たちに任せるのはこちらが不安だしねぇ』

モモがため息をついて、もにもにと伸び縮みした。


「じゃあお任せするね、ありがとう! 大変だと思うから、お手伝いだけしておくね」

ぺたっと地面に手を着くと、しっかりとイメージをもって魔法を発動させた。

ズズズッ

細かな振動と共に、テントの周囲へ土壁が立ち上がっていく。星が見えなくなるけど、ニース達はリリアナの弓しか遠距離攻撃できないから、天井も作ってしまおう。たき火の煙がこもらないよう、上はかなり隙間を大きくしておいた。

「こうするとね、暗くなっちゃうから、オレたち起きられないと思うの。朝になったら起こしてくれる?」

そう、オレたちが野営の時にこれをやると、いつまでも寝てしまうんだ。それに、壁があると安心して警戒心が薄くなっちゃうみたいで……。ただの土壁だから、ちょっと力のある魔物なら簡単に壊せるもの、警戒は怠っちゃダメなんだ。


大きな口を開けて返事のないニース達に首を傾げていると、ラキに引っ張られた。

「ユータ、そっとしといてあげて~、僕たちは寝ようね~」

「あ……うん、おやすみ!」

ばいばい、と手を振ってテントに駆け込むと、既にタクトが寝る態勢に入っていた。

「ニース兄ちゃんたち、ちゃんと見張りできるかなぁ……」

うつらうつらしながら不安そうだ。そりゃあ、オレたちが見張りするよりずっと頼りになると思うよ? オトナだし、経験だってずっと豊富だもの。

「ユータはさ~どうしてそう他人の評価が高いんだろうね~」

――そうなの! だって他の人よりユータが一番すごいのに、どうして?

ここぞとばかりに割って入ったラピスに苦笑した。

「どうしてって……」

オレは自分のことをよく知っているもの。魔力があったって、剣が使えたって、必要な時に必要なことができるかどうかは、また別だと思うんだ。オレは色々と間違えるもの。だから、どうも他人の方を信用してしまう傾向があるのかもしれない。


「オレ、頼りないね」

強くなろうって思っているのに、カロルス様みたいになれない。

きっと、制止しても危険な方向に行こうとするヒトがいたら、カロルス様は「こっちに来い!」って引っ張ってくれるんだ。でも、オレは……きっと「そっちに行くならついて行くよ」だ。だって、オレが間違っているかもしれないし。

『でもね、それでホントに危なかったら、助けてあげるんだよね! だからついて行くんでしょう? ぼくもそうするよ!』

シロがオレの枕元にのそっと横になって、ふぁさふぁさと尻尾を振った。

『私なら、絶対行かせないように止めちゃうわね~』

――ラピスは勝手に行くなら知らないの。ちゃんと言ったの。

ふふ、確かにみんなそうするかもしれない。どれが間違ってるとは言えないなぁ。


「お前は頼りなくないぞ。頼りたくはないけどな」

ごろりと寝返りをうったタクトが、こちらを向いてオレの頭をわしわしとやった。お兄さんぶった仕草に、ついくすくすと笑ってしまう。

「ユータはね~、一番ユータを知らないからね~」

「どうして? オレが一番よく知ってるよ?」

眠そうな瞳で、ラキが小さく笑った。

「だって、僕たちはずうっとユータを見てるけど、ユータは鏡でしか見たことないでしょ? ユータは、その一瞬しか自分を見られないんだよ~。知らないでしょ? 戦ってる姿、走ってる姿、おしゃべりしてる姿~」

オレは目をぱちぱちとさせた。分かるような、分からないような。

「ふふっ! ユータが頼れると、みんな頼りすぎるから~それでいいよ~」

おやすみ、と言ったラキに頬を膨らませた。それってやっぱり頼りないってことじゃないか。


『じゃあ俺様、主頼るぅ~!』

『たよう~!』

「ピピッ!」

むにっ!と右の頬に抱きついたチュー助とアゲハの温かな感触。左の頬に寄り添ったほわほわしたティアの感触。

「うぶっ!」

顔面いっぱいにしがみついた蘇芳の香り。

『スオーが頼るから、他はいらない』

すりすりとするたび、蘇芳の大きな耳が当たった。

「ありがとう。でも、オレもみんなを頼りにしてるよ!」

ああ、そっか。頼るのって、片方だけじゃないんだね。頼り合ったらいいんだ。いっぱい頼って、いっぱい頼られたらいいんだ。

オレは満足して微笑むと、まぶたを閉じた。頭の上に乗ったままのタクトの手で、明日の朝は髪がひどいことになるんじゃないかと思いながら……。



『ねえゆうた、急ぐんでしょう? もういいかしらって気はするけれど、一応起きた方がいいんじゃない?』

『暗いけど、朝』

額の上でモモが跳ね、蘇芳が両手で無理矢理オレのまぶたを押し上げている。分かった、起きる、起きるから!

「うん……? まだ夜明け前? 暗いね」

それに、寝起きのせいだろうか……レーダーがおかしいような気がする。

『ううん、外は明るいよ! お日様の匂いがするよ!』

タクトとラキもみんなに起こされ、ライトの明かりをつけて顔を見合わせた。よく寝た感覚はあるのに、どうしてこんなに暗いの? オレ、天井は作ったけど、光は入る程度にスカスカだったはず。


「ルッコ、おはよう」

外へ出ると、ささやかな残り火の中で、うつらうつらしているルッコがいた。

「ハッ?! 異常なし?! ……ってまだ夜? おっかしいなー今日の見張り、私だけ長くない? まだ朝にならないのー?!」

疲れたよー! と嘆くルッコ。シロ曰く太陽はすっかり昇っているらしいから、そりゃあ長時間の見張りになっていることだろう。

「お疲れ様、はい、特別だよ」

生命魔法水入りの蜂蜜リモン水を渡していると、リリアナを小脇に抱えて、ニースもテントから出てきた。

「なんでみんな起きてんだ? なんかあった?」

「うーん、もう日は昇ってるらしいんだけど、どうして暗いのかなって」

ひとまず、土壁を崩してみようかと思うのだけど、レーダーの不調が気になる。

『ゆうた、そのレーダーおかしくないわよ』

『いっぱいいるんだねえ』

呑気なシロの言葉を反芻して、ぞわっと総毛立った。

「も、モモ、シールド……」

『ずっと前から内側に張ってるわ』

よ、良かった……。じわっと浮かんだ嫌な汗を拭って、オレはみんなに向き直った。


「えっと、お知らせがあります。いいお知らせと、悪いお知らせがあります。どっちから聞きたい?」

「なんだよ、勿体ぶって。なんか俺、ぞわぞわするんだよな。早くここ出ようぜ、今すぐどっか行きてえ」

落ち着かないタクトが、しきりと剣を握ったり離したりしている。少し顔色を悪くしたラキが、じっとオレを見つめた。

「はいはい、じゃあいい方! いいことって何?」

蜂蜜リモンで元気になったルッコが、リリアナをぶら下げてぴょんぴょんと手を挙げた。

「じゃあ、いい方ね、探してた魔物、多分見つかったよ!」

一瞬動作を止めたニースと、目を開けたリリアナが、やったー! と大声をあげた。途端に周囲から感じる気配が強くなって、タクトが剣を抜いた。

「な、なあ、ユータ。もしかして悪い方ってさ……」

「うん……。悪い方はね、その魔物、いっぱいいるの。そりゃもうビッシリと……お空が見えないぐらい」


「「「…………は?」」」


ニースたちは、今度こそピタリと動きを止めた。


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