第328話 ユータのガッカリ
「ユータ、持ってみるっす」
戻って来た先生は、ドゴンとたくさんの重りを置いた。さすが先生、この重り全部いっぺんに持ってきたの?
横合いから手を出したタクトが、いくつかの重りのうち、一番大きな物をひょいと持ち上げた。
「軽い軽い!」
「うわ~すごい!」
「ふむ、さすがっすね。適性は十分だったっすからね」
オレもわくわくしながら大きな重りに手を伸ばした。
「………何やってんの?」
……持ち上げようとしてるの!!
いくら顔を真っ赤にしても、大きな重りは残念ながらピクリとも動かなかった。
「ま、まあユータは元々適正ないっすからね~仮に身体強化できていたとしても、そこまで変化はないかもしれないっすよ」
そんな慰め、ちっとも嬉しくない!
少しむくれつつ、次々重りを小さくしてみても、結局ただの1つも持ち上がらない。シュンとして一番小さな重りに手を伸ばした。
「うーーん……ほ、ほら、持ち上がったよ!」
よっこらよっこら、小さな重りはどうにかこうにか持ち上げることに成功し、満面の笑みを向ける。
「……いやーユータ、言っちゃ悪いけどそれフツーだと思うぞ」
「そうっすねー全然強化されてないっすねー」
ズバッと言い切られて、がぁんと目の前が暗くなった。ええ……じゃあこれ、何の意味もないの……?
「ねえ、さっきからユータはどうしたの~?」
「いじけてんじゃねえ?身体強化できなかったからさ」
部屋に帰るなり布団の中で丸くなるオレに、ラキが訝しそうな声をあげた。だって、すごく楽しみにしていたのに……。できたと思ったんだけど。
「あ、そうだ、ユータさっきの身体強化?アレ見せてくれよ」
遠慮なしに布団をまくって、タクトが覗き込んだ。
「身体強化できなかったんでしょ~?」
「いや、できなかったんだけどさ、なんつうか、その……まあ見てくれよ!」
そんなにできないできない言わないでよ……オレ、一応傷心中なんですけど。
そんなことはお構いなしの二人が見せろ見せろと言うので、もしかしてもう一度やってみたらできるかも……と淡い期待を抱いた。だって魔力が体に行き渡っているのに、何の変化もないってむしろ変じゃない?
ふう、と息をついてさっきの感覚を呼び起こす。一度感覚として覚えてしまえば、再現はそう難しくない。
心地よさが全身に広がって、身体強化モドキが完成した。ふわりと目を開けると、ラキたちがじっと見つめていた。
「……な?違うだろ?」
「え~何が違うの?これ、身体強化じゃなかったら何なの?」
ほら、ほら言ってやれよとタクトがラキをせっついた。
「うん、他人が変化を感じる時点で身体強化じゃないだろうね~。なんかユータ、きれいだよ」
「……きれい?」
さらりと口にするラキが男前!きれいってどういうことだろう。ただ言えることは、そんな効果はいらないってこと。
「うん、どうなってるのか知らないけど、うーん……中から光ってるような~そんな感じがするよ~?」
ふうん?でもオレの体を見ても、実際に光っているわけではない。
「でも、先生は何も言わなかったよ?」
「だって先生はユータ毎日見てねえもん。ユータはそういうもんって思ってんだよ」
「そうだね~あからさまに分かるような感じじゃないよ。あれ?今日きれいだね、髪型変えた~?みたいな感じだよ~」
またもやさらりと言ったラキに、オレとタクトがひええ、と肩を寄せ合った。ラキ、もしかして……モテるタイプ?オレ、表情変えずにそんな台詞言えそうにない……。
「そのっ、髪型、かっ、変えたんじゃねえ?き、き、き……」
悔しそうな顔をしたタクトが、ぼそぼそと練習しているようだけど……まるでだめだね。やれやれと肩をすくめたオレに気付いて、タクトが食ってかかった。
「お前だって無理だろ!ほら、言って見ろよ」
ちょっと恥ずかしいけど、タクトほどじゃないよ!
「えっと、きょ、今日………」
どうしたことだろう、意識すると余計に恥ずかしくてたまらない。ぶわっと顔が熱くなったのが自分でもよく分かった。
「アウト~!鏡見て見ろよ。俺の方がまだマシだっつうの!」
張り合うオレたちを見るラキの目は、とても冷たかった。
「とってもきれいだね。手触りも最高、本当に素敵だよ!」
ほら言える。意識しちゃうからダメなんだ。ふかふかの被毛を撫でさすりながら口にすると、金の瞳が何言ってんだコイツ、と言わんばかりに細められた。
オレはいつものごとく、この傷心をルーの極上毛並みで癒やしてもらおうとブラシを滑らせている。持ち上がった尻尾の先が、機嫌良さそうにぴこぴこと動いていた。
「あのね、今日身体強化の授業だったんだけどね、できたと思ったのにできてなかったんだ……」
「お前はできねー」
ズバリと言い切られて、思わずルーの上に突っ伏した。
「……ど、どうして?!」
「どうしてもこうしてもねー。てめーの魔力は、生命の魔力が強すぎるから無理だ」
ええ……生命魔法って身体強化と相性良さそうなのに……別物なんだ。確かに回復術師の人は最も体術なんかと縁遠いイメージだ。神官さんなんて法衣だもの、ものすごく動きづらそう。
「じゃあ、これはどうなってるの?」
ガックリしつつ、オレなりの身体強化をやってみせると、ルーはスッと目を細めた。
「……それは言うなれば『回復強化』だ」
「回復強化?じゃあ、ケガしてもすぐ治るってこと?」
うーん、便利だけど……あんまりカッコよくない。ケガする前提で治りが早いより、傷ひとつつかない方が断然カッコイイと思うんだ。
「ほっほっほ……回復強化の方が、よほど得がたき力よ。ぬしは何がそのように不満じゃ」
いつの間に現われたのか、柔らかな下草静かに踏み分け、長いヒゲのお爺さんが歩み寄ってきた。心なしか、ルーの瞳が不満気だ。
「サイア爺さん!」
「サイア爺でよいとも、ユータや」
わあっと飛びつくと、細いお爺さんは軽々とオレを持ち上げた。サイア爺は大きな大きな、とても大きなお魚だから、人の姿であっても案外力持ちなのかもしれない。
「どうしたの?今日はマーガレットさんは?」
「あやつは修行中じゃ。連れてくるとうるさいのでな」
――ラピス、見に行ってくるの!
そわそわして飛んでいったラピスにくすっと笑った。時々会いに行ってるみたいだし、二人はすっかり仲良しだね。
「てめー、なんで来た」
「別に構わぬじゃろう、ユータが来ていると思うたのでな」
ぶすっとむくれたルーのご機嫌を直そうと、肩に跨がって丁寧に耳後ろをブラッシングしてあげる。
「おうおう、トンガリ小僧も随分丸くなりおって」
「うるせー!!だから来るなっつうんだ!!」
もう、せっかく心地よさそうにしてたのに。サイア爺に視線で「メッ!」とすると、再び手を動かした。
「それで、回復強化って珍しいの?」
「おうとも、それはそれは珍しいとも。ワシが見たのは、ぬしで………多分二人目じゃ」
サイア爺はちょっと視線を外しながら言った。怪しい、それ多分思い出せないだけじゃない?でも、そのくらい珍しいことには変わりない。
「珍しくなくてもいいから、身体強化したかったよ……」
「それは残念じゃのう、時に、ワシの加護に入れば体は丈夫になるんじゃがのう……今はそやつの加護が強いでな、ワシの加護が十分に効力を発揮できんのぅ……」
ギン!
ルーが、燃え上がりそうな金の瞳でサイア爺を睨み付けた。そうなんだ、加護ってひたすらに重ねられるわけじゃないんだ。
「オレにも加護をくれたの?ありがとう」
「真名を教えたじゃろう?これで繋がりができておるからの。ワシの加護も、もちろん渡しておる。身体強化には及ばぬが、『鱗』の加護がついておるよ」
そうなんだ!知らなかった……。どうやら軽いシールド効果のようなものらしく、あとは水との相性も良くなっているそうな。
「じゃあ、またね!サイア爺のとこにも今度遊びに行くね!ケンカしないでよ!」
手を振ったユータに見向きもせずにむくれたルーと、にこにこと微笑んで手を振ったサイア爺。
「良い子じゃ……随分と成長が早いの。さて、ワシも帰るか。マーガレットの成長は……早いとは言えんかのう」
早く帰れ。無言で尻尾を振ったルーに苦笑して、サイア爺はフッとかき消えた。
ルーは誰もいなくなった湖のほとりで、四肢を伸ばして横たわると、ユータの消えた空間をじっと見つめた。
「…………ゆっくりでいい」
小さく呟いた黒い獣は、随分と長くそのまま動かなかった。
まるで遺体のようにだらりとしたその体を、冷たい風が撫でていった。
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