第327話 身体強化の授業
「――つまり、身体強化は向き不向きが非常に大きいってことッス。できない人はできないんでーそのへんは諦めて下さいッス」
身も蓋もない説明だなぁ……。
マッシュ先生の授業は、いよいよ身体強化の実施段階に入っている。退屈な説明を乗り越え、オレがとっても楽しみにしていた授業だ。
身体強化ができたら、もし、万が一……これは可能性の話だけど、その、将来思うようにでっかく……逞しくなれなかったとしても……マリーさんたちみたいにすごいパワーを発揮できるんだから。
「それにしても、オレ、身体強化って魔法の授業でやるんだとばっかり……」
「そんなわけねーじゃん、身体強化できる魔法使いなんて見たことねえよ?」
「えっ……?」
「え……??」
驚いたオレに、タクトも驚いてオレを見た。
「お前……知らねえの……?なんでこの授業受けてんのかなと思ったら……」
そう言われてみれば、身体強化を使うのって体術で戦う人たちで……当然ながら魔法使いでそんな人は見たことなかった。
「お、オレ……使えないの……?!」
まさかそんな……!?頑張ったら誰にでも使えるとばっかり……。
「や、まっ、まあ……わかんねえよ?!お前ってフツーじゃねえし!ちょっとおかしいとこあるから!」
呆然と涙をためてふるふるするオレに、タクトが追い打ちをかける。それ、絶対慰めてないよ……。
「ちなみにー、向き不向き……適正ってのはやってみる前に結構分かるッスー。このクラスの中でも、ざっくり適正順に並べることができるッス。ま、身体強化が得意な人たちを思い浮かべると分かると思うんすけどー……はい、誰か分かる人ー?」
他人が分かるようなこと……?魔力量とか?でもそれってみんなが見えるわけじゃないんだよね?それに魔力量が少なくてもできるはず……。
うーん?と首を捻るオレを尻目に、はいはい!と元気に挙がったたくさんの手。
「体格がいい人!」
「強そうな人!」
「うーん惜しいッスね~冒険者で体術が得意な人を思い浮かべてみるッス」
再び元気に挙がるたくさんの手。みんな、当てずっぽうで答える勇気が素晴らしい。
「頭悪そうな人!」
「声がでかい人!」
それはただの悪口じゃないだろうか。マリーさんたちには当てはま……当てはまら……。オレの脳裏にオレの名前を絶叫しながら駆け寄るマリーさんとエリーシャ様がよぎって考えるのをやめた。
「あの……みんな先生が身体強化得意な人って……知ってるッスよね……?間違ってるとも言い難いのが辛いッス………」
マッシュ先生がどんよりと肩を落とした。確かに……マッシュ先生も声は大きい、頭は……まあ、そっとしておこう。
「ちなみに、この中で一番適正高そうなのは……タクト君ッス」
「合ってるじゃん!」
「正解?!」
わーいと喜ぶみんなの中で、適性があることを喜べばいいのか、それとも怒ればいいのか、タクトは複雑な顔をして止まっていた。
「ごほん、えーー、絶対じゃないッスけど適正の高い人の性格には偏りがあるッス。熱血漢、戦闘好き、大らか……まあ、声も大きい人が多いかもしれないッス」
うわぁ……タクトだ。それに、もしかしてカロルス様も使えるのかな?セデス兄さんと執事さんは無理そうだ……。
「だからラキは来なかったんだね……」
「ははは!ラキは無理だな!おっとりしてるし、戦い好きじゃねーし、細かいことでぐちぐち……」
ハッとしたタクトが素早く机の下に身を伏せた。
「……何やってるの」
「……え、いや……なんでもねえ」
タクト、すっかり調教されてしまってるね。
「じゃあやってみるッスー!今までの授業を真面目に聞いていて、適性があれば難しくはないはずッス。そもそも、適正ある者は既に自然と使ってることが多いんす」
そう言えばタクトが異様に力持ちなのは、もしかして既に身体強化をしているってことなのかな?オレはルーの加護の影響で、多少力だって底上げされているはずなのに、一般人と大差ない。本当に適正ないってことだろうか。で、でも、もしかしたらできるかもしれないし!
「あ、ユータはこっちへ。他のみんなは始めていいッスよー」
先生に呼ばれて首を傾げつつ駆け寄ると、先生が耳打ちしてきた。
「ユータ、本当にやるッスか……?魔力が多い人がやると危ないッス」
そう言えば、マリーさんも魔力が大きいと損傷を来すとかなんとか……言われて見れば、授業を受けているのは魔力の少ない生徒ばかりで、タクトが多い方だ。まあ、魔力が多ければ魔法使いになるから、そもそも不向きってことになるんだろう。
「オレ……やっちゃダメ?」
「うーーん、どうしてもって言うならやってもいいッスけど……危ないと思ったらコレで止めるッスよ?」
マッシュ先生がトン、とでっかい拳をオレの腹に当てた。じ、実力行使?!もう少し優しい方法はないのだろうか。その拳で殴られたら、それこそ損傷を来すような気がするけど?!
で、でも、いくら実力行使と言ってもさすがに驚かせる程度で……。
「意識が飛ぶくらい、思いっきりやるッスよ?君のために回復薬持ってきたッス!これがあれば医務室行くまではちゃんともつッスよ!」
きらりと白い歯を光らせて、マッシュ先生が爽やかな笑顔で瓶を差し出した。こ、怖ぁ……ぜったい、絶対失敗しないようにする!!
「お、おねがい、します……?」
「その意気ッス!無駄だーってやる前から諦める賢さより、そういう頭悪い所、好きッスよ!」
にかっ!
青空のような気持ちのいい笑顔に、つられてへらりと笑ったけど、それは褒め言葉?
目の前で拳を握ってニコニコしている先生がものすごく怖いけれど、やるしかない。周囲では既に成功した生徒たちが喜んで跳ね回っていた。もちろん、タクトも……。
「うう……いいなあ……」
「ユータ、集中するッス」
先生の声に、目を閉じて余計な雑念を頭から追い出した。えっと、体中に力がしみ出すように、だっけ。この場合、力って言うのは魔力だろう。えーと、多分剣に魔力を通して威力を上げるように、自分の体、それも筋肉や骨に魔力を通す感じなのかも。
普段は血管を巡るようなイメージで流れる魔力を、じわじわとしみ出すように漏出させていけば……。
そうは思うものの……これ、言葉で言うほど簡単じゃないかもしれない。血管のイメージはできるけれど、血管から何かが漏れ出すイメージなんてできない。
「ユータ、考えずに感じるッス!これは魔法じゃない、くそ難しい呪文とかいらないお手軽なものッス!わき上がる力を感じるッス!!」
感じるってことができないから考えてるの!どうやら身体強化は感覚派かどうかっていうのも大きいような気がする。うーん、血管から漏れ出す……血液が漏れ出す想像をしちゃうと、損傷に繋がるような気がする……。
――ユータ、がんばるの!
「ピ!」
そっと寄り添った2匹の、ふわっとした感触が伝わった。
「うん、ありがとう……あ!」
そうだ、これはどうだろうか。
「……お?」
ぎり、とマッシュ先生が拳に力を入れたのを感じた。待って、待ってよ?多分、掴めたんだから……!!
慎重に慎重に……。
全身に魔力が行き渡ったころ、そっと目を開けて先生を見ると、真剣な顔でオレを見つめていた。
「……先生、どう?」
「………ふーっ、ひとまず、危険なことにはならなさそうッスね」
先生も大分緊張していたんだろう、ホッと拳を解いて腕を下ろすと、爽やかに笑った。
身体強化ができているかどうかは分からないけれど、オレの全身がふんわりと魔力を纏っていることは分かる。それはとても心地よい感覚だ。
イメージしたのは体温。体の真ん中で生み出された体温が、血流に乗って隅々まで温めるように……。
「それを維持できるッスか?重りを持ってくるから待ってるッス」
身体強化できているかどうかは、先生でも外見上で分からないらしい。重りを持ち上げてみて、その強化具合を推し量るらしい。みんなが楽しそうに放り投げているの、もしかして重りだったんだ。
マッシュ先生が離れると、タクトが側へやってきた。
「よ、できたか?……ユータ?なんかお前、変だぞ」
「えっ?何が変……?」
身体強化で見た目に変化なんてないはず……現に、タクトに変化はない。
「なんつうか………あー、後でラキの前でもやってくれよ!」
どうして言い淀んだの?!少し不安に思ったけど、戻って来たマッシュ先生は特に何も言わない。タクトの気のせいじゃないだろうか。
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投稿忘れ……すみません(>_<)
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