第321話 幸せでいいよ

ふわ……ふわ……

消えそうに小さな火が、遠慮がちに近づいてくる。手で払えば消えちゃうらしいけど、そんなことをするのも申し訳ないくらい、弱々しい光。

「消えちゃいそう……」

「そうね、もうすぐ消えると思うわよ。そういう精霊のカケラは、あちこちで生まれては消えていくの」

まだ命とも言えない彷徨う炎は、どこか幽霊にも似て、少し切なかった。


山道を登るにつれ、周囲の温度も上がってきた気がする。

ロクサレンの方は肌寒かったのに、今はもう汗が頬を伝っていた。

「暑いね……」

「だな、登るのはこの程度にするか」

登山から周囲の散策へ変更するらしい。この辺りまで来ると、下級精霊や中級精霊も見られるそうだけど、基本的に進んで人目に触れるところへ出てきたりはしないんだって。

「わっ?!びっくりした!」

何気なく大きな石に腰掛けると、おしりがほわりと温かくて飛び上がった。地面に手を着いてみると、ほんのりと温かい。これって結構溶岩が近くにあったりするんじゃないの?そう思うとなんだかゾッとした。

『でもゆうた、溶岩とは限らないわよ?もしかすると温泉かもしれないじゃない』

「あ、そうか!」

それなら怖くない……高温の熱泉も溶岩もそう変わりはしないかも知れないけど。

さすがに掘って確かめてみようという気にはならないけど、こういう地熱を使った砂風呂なんかもあったよね。

「ピピッ!」

少し地面を掘り返してあげると、ティアが喜んで飛び込んで来た。まふっまふっと羽を膨らませて器用に沈み込んで埋まっている。なんだか地面におまんじゅうが落ちているみたいだ。

『スオーも!』

でん、と掘り返した地面に大の字になった蘇芳は、砂をかぶせろと要求しているらしい。

――ラピスもやるの!

『俺様も!でも主、危ないからそばにいて』

『私はセルフで大丈夫だから』

みんなで砂風呂を始めるもんだから、オレはせっせと砂かけ係だ。気持ち良さそうだけど……ここ、魔物出るからね……。

オレの中で、シロが切なくきゅーんと鳴いた。こ、今度一緒にやろうね、ロクサレンの砂浜で砂を温めたら……できなくはないかもしれないよね?!


「おい、魔物……ってお前………何やってんだ」

「何それ……お墓?」

振り返ったカロルス様がガックリと脱力し、セデス兄さんが縁起でもないことを言う。

「ち、違うよ!砂風呂なの!みんながやりたいって言うから……」


『スオー、もう少しこうしてる』

『いいわねえ……お湯の方が好きだけれど』

――暑いの!もういいの!

『ぎゃー!魔物!魔物って言った!出してー!主助けてぇー!!』

魔物が来たぞって言ってるのに、マイペースにのんびりしているティアと蘇芳とモモ。ラピスは勝手にしゅぽんと飛び出してきたけど、チュー助は身動きとれずに必死の形相だ。

正直、レーダーだと細かな魔物の反応が多すぎて捉えきれない。精霊のカケラなんかが魔物とそうでない反応と区別がつきづらい上に、そこら中で反応するんだ。

魔物と言う割にのんびりした様子のカロルス様たちに、どういうことだろうと駆け寄ってぽかんと口を開けた。

「でっ……かい」

歩くたびに振動が来るような巨体が、ゆっくりとなだらかな斜面を下りていく。

「サラマンディトータスだな。倒さなくていいぞ、まず攻撃してこないからな」

「大した素材もありませんので」

倒すとか……考えないよ!大きさで言ったら以前カロルス様たちが倒したゴブリンイーターくらいだろうか。でも、感じる重量感が桁違いだ。その重く固そうな外観は、ゾウガメを思わせた。

「素材ないの?甲羅とかいかにも役に立ちそうなのに」

「そうよね~いかにもそれっぽいんだけど、どうも火の魔力で身を守ってるみたいなの。素材になった甲羅に大した防御力はないのよ……ものっすごく水に弱いしね」

「その代わり、火山の火口にも入れるくらい火には強いんだよ。こんな所で見かけるのは珍しいね」

溶岩に耐えるのか!それはすごい……。確かにただの固い甲羅だと溶岩の熱には効果がなさそうだもんね。

『いい甲羅ね……それなのに見かけ倒しなんて……』

モモが残念そうに通り過ぎていく巨体を見つめた。


魔物が多いエリアに入ったのか、ちょこちょこと魔物に遭遇するようになってきた。でも、本当に高温、火の中で生きられるように特化した魔物たちで、水や氷で簡単に致命的なダメージを与えられる。ここなら、ウォータの魔法が使えれば大活躍じゃないだろうか。

「水の魔法使いがいたら、簡単だね」

「甘いな、こんな低ランクだからそう言えるだけだぞ」

カロルス様が、ふふんと得意そうに振り返った。

「どうして?高ランクでも水や氷が効果的なのは変わらないんじゃないの?」

「そうとも言えるし違うとも言える」

遠回しな物言いに、むっと口をとがらせた。


「うふふ、魔物に対してはそうなのだけどね、環境が変われば水や氷の魔法が使えなくなっちゃうの」

使えなくなる?!それは一大事だ。でも、遺跡の仕掛けやダンジョンなんかでは魔法が封じられることがあるって聞いたけど、普通のお山で使えなくなるってどういうことだろう。

「お前、エリーシャの料理見ただろ?鉄の大鍋を溶かすような業火に水入れたらどうなった?」

「あ……爆発した……!」

そう、エリーシャ様が張り切ってお料理するって言うから、止めようと思ってたんだけど……あの時間一髪でカロルス様に救出してもらったんだ。どうして厨房で金属が溶解する温度が出せるのか不思議だけど、エリーシャ様にかかると必然らしい。

あら、焦げちゃうなんて言ってコップのお水をばしゃっとかけた瞬間、爆発した……と思う。そっか、溶岩の近くで水や氷を使うとそうなっちゃうってこと……?それは魔物にダメージがある前に人間が死んじゃう……。

「……あなた、どうしてそんな例えをしたのかしら?」

「例えじゃなくて事実………ごめんなさい」

とても分かりやすかったけど、にっこり笑ったエリーシャ様は、きっと金属溶解温度に達しているだろう……爆発させないように頑張ってね。



「あ!あれ、魔物じゃないよ……精霊じゃない?」

岩陰にちらりとあった反応に、思わず駆け寄って覗き込んだ。

さっと隙間に潜ってしまったけれど、黒くてお腹の赤い、大人の手のひらほどのイモリのような生き物だった。

「トカゲ型の精霊だね。火の精霊の定番の姿だよ」

「やった!火の精霊見られた!」

火の精霊なのに、どうして水の生き物っぽい姿をしているのか不思議に思ったけど、もしかして溶岩の中を泳いだりするんだろうか。

イモリのような姿以外の精霊も稀にいるそうで、虫や鳥なんかの報告があるらしい。


『主、俺様落ち着かない』

チュー助は精霊の気配が多すぎてそわそわするらしい。

けれど、そわそわと言うにはどこか不安げな様子に、首を傾げてそっと背中を撫でた。

「どうしたの?」

チュー助は、離れていく俺の小さな指先をきゅっと握った。

『……だって、俺様下級精霊なのに、主と一緒にいる……きっと、みんな羨ましいって言う』

どうやら、魔力供給者を主に持つのは、ある程度意思を持った下級精霊たちにとって望ましいことらしい。

『だってそりゃ、みんな魔力をもらって形をとりたいだろ?声を届けたいだろ?』

チュー助はへにょりと耳とおひげを垂らした。なんだかんだ身勝手なやつなのに……チュー助はこういう所があるんだもんなぁ。

オレはふわっと笑って、小さく柔らかな体を抱えた。


「いいんだよ、みんなが羨ましくたって、チュー助が幸せでない方がいいなんてこと、ないんだから」

――チュー助はおばかさんなの!チュー助が幸せでも不幸でも、ここの精霊に関係ないの。チュー助が不幸になっても、何も得しないの。


『……そっか。じゃあ俺様、幸せな方がいい!』

胸元に抱っこした小さなねずみは、えへーっと笑って手を広げ、ぺたりとオレにくっついた。オレを抱きしめているつもりかな。

オレより長く生きる、小さな精霊の柔く脆い心の奥には、きっと優しさと思いやりが詰まってる。たくさん経験した辛さを他人に置き換えられる君を、オレは尊敬するよ。

チュー助が幸せだったら、オレは嬉しいな。

ほわりと温かな体温と小さな鼓動に、オレはそっと口元をほころばせた。





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「小説家になろう」さんの方の活動報告に、ユータ画像投稿してます。良かったらご覧下さいね~!

こちらにも画像投稿できたらいいのに…


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