第322話 溶けた大地

「んーーーウォータ!」

サカサカと左右に動く大きな岩トカゲに狙いを定め、魔法で狙い撃つ。

暑いから動きたくないと、カロルス様たちはのんびり見物だ。剣より魔法の方が効果があるからって言うけれど、カロルス様たちの剣ならどうせ一撃必殺なのだから、同じじゃない?

ふう、と額の汗を拭うと、セデス兄さんが呆れた目でオレの周囲に目を向けた。

「魔力の無駄遣いだねぇ……」

「無駄じゃないよ、集めておいてるの」

オレの周囲にはふよふよと無重力のように水の塊が浮いている。これはウォータの魔法を緩く継続させているようなものだから、確かに魔力を使うのだけど、決して無駄じゃない。

「あのね、水の魔素が集めにくいの。集めておかないと、咄嗟に攻撃できなくなっちゃう」

「ほーん、それで水の魔法使いは案外苦労するわけか。相性いいと思ってたけどな」

そうだろうね。水と火に相性のいい魔素は似ているけれど、これほど火に特化した場所ではさすがに火の主張が強い。どの魔素でも魔法は発動できるのだけど、やっぱり威力も発動スピードも落ちちゃうから、どうも本調子じゃないって気分になると思う。

「こうして集めておけば、普段通りに使えるでしょう?」

「普通の人は出来ないんじゃないかなーなんて」

「素晴らしいですユータ様!まるで水の妖精みたいですよ!」

マリーさんとエリーシャ様は、オレの周りを漂う水が楽しいらしく、きゃあきゃあとはしゃいでいた。こうしていると、じわじわ蒸発する水のおかげで少し周囲の温度も下がっているようで、幾分体も楽だ。


「でもさ、魔物多くない?これ、もっと上の方にいるはずのヤツらじゃないかな……麓にいた冒険者たちじゃ荷が重そうだけど……少し見てくるよ」

そうなのか……火山ってダンジョンみたいに魔物が多いんだなと思ったけど、普通はそうでもないのかもしれない。セデス兄さんとマリーさんは、山道の方へ様子をうかがいに行ったようだ。



――ユータ来て!すごいの!!

そこへ、気ままに周囲を散策していたラピスが目をきらきらさせて戻って来た。

――こっちこっち!

「待って待って!」

急かすラピスに慌ててついて行こうとして、むんずとカロルス様に捕まった。

「ユータ、危ねえぞ。この辺りはもう危険なエリアだ……魔物だけじゃなくてな」

きょとんと首を傾げると、カロルス様はオレを肩に乗せて、ずんずんとラピスを追って歩きはじめた。

「そりゃあ魔物は危ないけど、それ以外って何?」

「見りゃ分かる。多分、ラピスが見つけたんだろう」

オレたちの後ろにエリーシャ様が続き、しばらく歩いた所でカロルス様が足を止めた。


「うわ……わああ……!」

思わずぎゅっとカロルス様の頭を抱きしめて身を乗り出す。途端に立ち上った熱気に、見開いた目の奥まで熱くなって慌てて首を引っ込めた。

「すげーな。……こんなだっけか?」

カロルス様が腕をかざしてのぞき込み、目を細めた。

――熱いの!きれいなの!

ラピスが熱気に煽られながら、きゃらきゃらと楽しそうに空中を舞っている。

その真下ではバカリと地面が口を開け、周囲が揺らめくほどの熱気が立ち上っていた。そして、その奥は黒く、赤く、妖しく輝いていた。

「こんなに近かったかしら……?」

エリーシャ様が顎に指を当てて首を傾げている。


オレは魅入られるように溶けた大地を見つめた。

これが溶岩……!!なんて力!

これぞ星の命、そう言われて納得できるほどに、そこには力が溢れていた。これは魔素、魔力なんだろうか……?火よりも生命の魔素に似ているかも知れない。ううん、もっと違う力である気がする。


「……ユータ、大丈夫か?」

うっとりと意識を拡散していたオレは、ハッと我に返った。カロルス様が、不安げな瞳でオレを見つめている。オレを抱く腕が、思いの外強い力で体を締め付けていた。

「……?大丈夫だよ!きれいだね」

にこっと微笑んでブルーの瞳を見つめると、カロルス様はホッと肩の力を抜いた。力強いオレンジ色の光に照らされながら、その顔は随分と心細げに見えた。


その時、セデス兄さんたちが駆け戻ってきたようだ。

「ねえ、ちょっと様子を見てきたけど、そろそろ下りた方がいいかもね。」

「今朝まで噴火の兆候はなかったはずなんですが……。他の冒険者も続々と山を下りているようで、この辺りは私たちだけのようです」

噴火?!オレは目を剥いた。この山は時々小規模な噴火を繰り返しているとは聞いていた……でも、まさか、それが今日?!

オレはぎゅうっとカロルス様にしがみついた。

「……大丈夫だ。俺がいる」

心配するなとわしわしとした大きな手の下で、オレは精悍な顔を見上げてにこっと笑った。

「ううん、違うよ。火山から守るなら、きっとオレの方が得意だから。オレが守るからね」

まだまだカロルス様の体を一周できない小さな腕で、オレは精一杯抱きしめて言った。

「ふっ……!言うじゃねえか!」

虚を突かれた顔の後、カロルス様は大きな口で笑った。


「ユータ様……なんと勇ましくなられて……」

「カッコいいわ!ユータちゃん!素敵よ!!」

「ちょっと、母上たちは黙ってようね……」



急ぎ山を下りるオレたちの足下で、山が時々不気味に振動するのを感じる。周囲では魔物や精霊たちまで避難を開始しているようだ。紛れもなく噴火の兆候なのだろう。

バキッ!

すぐ近くの地面が割れて、裂け目ができた。そこからむわっと漂う臭気と熱気に、思わずぞくりとする。もし、走っている途中で地面が割れたら……。

『大丈夫。スオーがいる』

額の宝玉を淡く輝かせ、蘇芳がすいと前へ出た。

空中を滑るように飛ぶ、ふわふわした獣に導かれ、オレたちはおそらく冒険者たちの最後尾を走る。


「あら、追いついたわね」

すいすいと走るオレたちの前に、もだもだしている冒険者たちの姿が見え始めた。魔物が多くなった時点で山を下りていたはずなのに、随分と遅い。

「蘇芳、もういいよ」

地割れには慣れてきたし、あまり蘇芳が目立っても良くないとオレの中に呼び戻しておく。

「鈍臭いな……仕方ねえ、落ちそうなやつは蹴り飛ばしてやれ」

「仕方ありませんね」

別に蹴らなくても助けられると思うんだけど、どうやら蹴り飛ばした方が距離を稼げるだろうという親切心(?)のようだ。

そうこうしているうちに、オレの前にいた冒険者が裂け目を飛び越えようと踏み込んで……

「あっ?!」

踏んだ石が崩れて、まるで自ら飛び込むように裂け目に身を投げた。

「あ……あああー!」

悲壮な声を上げる冒険者を、横合いから全身を使ってドロップキックよろしく思いきり蹴り飛ばした。ぐへっと妙な声を上げて、冒険者は無事裂け目を越えて吹っ飛んだ。前言撤回、オレの場合は蹴りでもしなけりゃ助けられない。痛かったろうけど、落ちるよりはましだと思う!

「?」

その時、微かな声を聞いた気がして思わず足を止めた。

「ユータ!行くよ!」

「あ、うん!」


* * * * *


安全な短剣の中で、チュー助は周囲の様子に震えていた。俺様、ぜったい外に出ない!溶岩に落ちるどころか、冒険者や魔物に踏まれただけで死んじゃう!


――わたしも、連れてって……――


ピクリとチュー助の耳が反応した。意思を持った声……俺様と同じ、意思を持った下級精霊がいる。

へにょりと耳を垂らして、チュー助はきゅっと拳を握った。


――きらきらした人……一緒にいきたい――


『えっ……?』

チュー助は、くいっと腕を引かれ、間抜けな声を上げた。

全身を襲う熱気と浮遊感に、きょとんと目を丸くする。

『え………』

ガツンと背中がぶつかって、跳ね上がった体がくるりと反転した。一瞬、目もくらむほどのオレンジが視界を突き抜けて、またガツンと何かにぶつかって回転する。


――だめだめ!落ちる!落ちるよ!死んじゃうよ!そっちへ行っちゃだめ!――


悲鳴のような声に、チュー助は裂け目を石のように転がり落ちながら、ぼんやりと思った。行っちゃダメって……あんたが引っ張ったからじゃないか。

短剣から引っ張り出されたのだ。裂け目の中に、落ちているのだ。そう認識したとき、ぐるりと回った視界に再び一面のオレンジが広がった。ただし、さっきよりも近くに。

燃え上がりそうな熱気に、思わず助けを求めて小さな口が開いた。

『ある………!!』

ぱしっ。チュー助の口を塞いだのは、小さな手。グレーの柔らかな毛が生えた、桃色の小さな指。

チュー助は、自分で自分の口を押さえていた。


(だって、呼んだら主が来るかもしれない)


いくら主でも……それに、こんなに熱いもの。

もう一度バウンドして空中へ投げ出され、チュー助はそっと口元から手を離した。

『ばいばい、主』

遠慮がちに呟いて、ちょっとだけ手を振った。



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