第315話 到着

「あのね、今度寝てたら起こしてね!」

「はいはい、でも昨日だって起こしたんだからね?」

「起きてないもん!起きるまで起こして!」

セデス兄さんと禅問答のようなやりとりをしつつ、馬車の窓にかじりついて過ぎゆく宿場の景色を追った。


「うふふ、ユータ様のほっぺが潰れてしまいますよ。宿場は珍しいものではないですが、ユータ様には面白いのですね」

遠ざかる宿場を見ようと一生懸命窓に顔を押しつけるオレを見て、マリーさんがくすくす笑った。

「オレにとっては珍しいよ!冒険者になったら何度も来るのかな」

「そうですね。ただ、あのようにきれいな貴族用に泊まりはしませんね……ユータ様はしっかりお金を貯めて、貴族用に泊まって下さいね」

ええーそれじゃ依頼料が全部飛んでいってしまいそうだよ。

そう言えばマリーさんも冒険者として活躍していたんだよね!オレは目をきらきらさせてマリーさんの膝を揺さぶった。

「まりーさん!オレ冒険者のときのお話が聞きたい!」

「え?え?マリーのお話を聞きたいと?も、もちろんですとも!何をお話ししましょう?!ユータ様のためなら隣国の内部事情から国家機密まで!何でもどうぞ!!」

お任せあれ!と胸を叩いたマリーさん。オレはぶんぶんと思い切り首を振った。そんな怖い話御免被ります……。

「う、ううん!オレが聞きたいのは冒険者のお話!ほら、サラマンディアだと火の精霊がいるんでしょう?どんなのかなとか、どんな依頼が多いのかなとか…!そこへ行くついでに依頼がこなせるといいなと思って!」

「まあ!ユータ様はしっかりしてらっしゃいますね!」

促されるままに隣へ腰掛けると、マリーさんはオレの質問責めに嫌な顔ひとつせず、ひとつひとつ丁寧に答えてくれた。何を聞いてもさらりと答えてくるところは、さすが冒険者としての経験が違うなと感じるね……。ただ、同じAランクでもきっとカロルス様だと「知らん!」って答えが多そうだと思ったのはナイショにしておこう。


「そっか、火の精霊にもいろいろあるんだね」

「ええ、物質としての形を保てないのは雑魚、大した意識もないものが多いですよ。魔物と大差ありませんから気をつけて下さいね?きちんと生き物として生きているものほど上級精霊ですね」

でもチュー助はきちんと飲み食いするし、生き物として生きている気がするけど下級精霊なのかな……。

――チュー助も本当は姿形がないものだったの。

あ、そうか……あの姿はオレが具現化したせいか。それなら、生き物の姿をしている精霊は話しかけてもいいってことかな。

下級だと魔力に牽かれて寄ってくることがあるので危ないんだって。そういう精霊のカケラみたいなものは、簡単に討伐はできるけれど、ただの火なので素材があるわけもなく、魔石すら手に入らないので倒し損だそう。

「なんせ火ですから、近寄られると色々と燃えます。とても鬱陶しいですよ」

そ、そう……オレの想像する精霊さんと少し印象が違うかも知れない。低級と言えども火の精なんだから、もっと美しくて神々しいものを想像していたよ……。マリーさんのお話から想像するのはなんだか小バエみたいな……。

「今回は麓の町の予定でしたが、山の方もご覧になりたいのですか?草木も生えていませんし、あまり素敵な場所ではないのですが……」

「うん!!もちろん行きたい!!」

オレは大急ぎで返事した。せっかく火山まで来たんだもの、行くよ!ダメでもこっそり行くけど。

「どうしましょうか……あまり安全な所ではありませんし……」

「連れて行かなきゃ勝手に行くと思うよ?」

セデス兄さんがそう言ってちらっとオレを見た。悪い顔をしていたオレは、慌てて頬を引っ張って誤魔化す。

「危ないっつっても冒険者なら普通に行く場所じゃねえか、散歩ついでにまわってみるか」

「そうねえ、1人で行っちゃうと困るし、私も加温草が欲しいわ。ユータちゃん、一緒に行くから1人で行動しちゃだめよ?」

「うん!!約束だよ!」

オレは大喜びで2人とハイタッチした。



「おし、ユータのおかげで結構進んだからな、休憩所は過ぎちまったけどここで昼にするか」

「わーい!」

オレはぴょんと御者台から飛び降りた。途端にぐいっと服を引かれてずるずると後ろへ引きずられてしまう。

「わ、わっ!破れちゃうよ!だめだめ!」

ぶらんとぶら下げられそうな勢いで引っ張られ、苦笑して鼻面をぽんぽんとさすってあげる。

「ぼっちゃんは馬にも好かれますなあ」

御者さんが感心したように言って馬の口から服を外してくれた。眠気覚ましのためにも、途中から御者台に座らせてもらったんだ。それだけだとまた寝ちゃうから、時々こっそり回復蝶々を飛ばして馬を回復していた。御者さんにばれないように……って緊張感はなかなか眠気ざましには良かったよ!……後ろのカロルス様たちにはばっちりバレていたみたいだけど。


ハミハミと甘噛みする馬たちから逃れ、うーんと思い切り身体を伸ばした。

「ユータは馬車の中でも十分身体伸ばせるんじゃない?」

……ん?確かに。で、でも気分だよ、気分!

「なんだかここまで来ると景色が違う気がするね」

「そう?そりゃあ遠くまで来たから景色は違うと思うけど……何が違うの?」

うーんどう言ったらいいんだろ、外国に行った時のような違和感と言うのだろうか。きっと無意識に認識していた、馴染みのある植物や鉱物の割合が減っているんだろうね。

休憩所ではないので周囲に人影はなく、延々と続く街道と、勾配のある丘陵地帯が広がっていた。貴族がこんな所で小休止していたら、絶対に事故かなんかだと思われるだろうな。

『匂いが違うね!変な匂いがするよ!』

「そうなの?それが火山の匂いかな?」

『そうなのかな?!でも、それだと僕ゆーたの中に隠れていようかな。ちょっと匂いが強いかもしれない』

シロがすぴすぴと鼻を鳴らして複雑な顔をする。そっか、火山って色んなガスが出ているって言うし、臭いのかな。ティアは見た目が小鳥だけど……大丈夫かな?

「ピピッ!」

問題ない!とのお墨付き。さすが、世界を見る世界樹の目だね。


「ユータ、弁当食ってすぐ出るぞ」

道中でもう一泊野営か宿場を考えていたみたいだけど、かなりいいペースで進んでいるので夜までぶっ飛ばそうという方針に変わったみたい。大きな袋に入れられた、ジフ特製のお弁当をひとつずつ取り出していく。

「……それ、大きすぎない?」

おかしい。オレの知っているお弁当じゃない。オレの目の前にあるのは確かにお弁当だ。マリーさんの前にあるのも……成長期の男子高校生の弁当だと思えばアリかも知れない。でもそれ以外は絶対にお弁当ではない。

セデス兄さんとエリーシャ様の前にあるのはお盆サイズで3段になったお重。カロルス様の前にあるのはその倍。

何の疑問もなくガツガツと美味そうに頬ばったカロルス様。みるみる減っていくお弁当はどこに行っているのだろうか。

「お前、そんなねずみの弁当みたいなのでよく生きてられるな」

「ち、違うよ!おかしいのはオレじゃないの、カロルス様だよ!!」

「何言ってんだ、みんなもっと食ってるだろうが」

く、くそぅ……おかしい、オレが正しいはずなのに……!!納得できない気分でオレも大きなお口で卵焼きを頬ばった。



「ユータ、起きていたいんでしょ?もうすぐ着くよ」

昼食後って本当に魔の時間帯だよね……おなかいっぱいで心地よくて、ついうつらうつらと……。セデス兄さんの声でハッと顔を上げると、たらりとよだれが顎を伝った。寝てない!寝てないよ。

ごしごしと口元をぬぐって窓に張り付くと、案外背の低い山と、町並みが見えてきていた。

「やった!着いた!ちゃんと起きてたよ!」

「ちゃんと……ね」

セデス兄さんの含み笑いが気に障るけど、今回はちゃんと町に入るところから見ていられる!オレは両側の窓を行ったり来たり、ケージの中のねずみのようにせわしなく動き回った。


「俺の目が回るっつうの!」

あっちもこっちも見ていたかったのに、カロルス様に捕獲されてしまった。

「離して~!お外見たいの!」

「見ても良いがうろうろするなって」

こっちとあっちと、見える景色が違うのに……ちょっとむくれつつ、オレは大人しく片側の窓に張り付いた。徐々に近づいてくる町に、ぐんぐん高まってくる興奮を抑えられそうにない。

「うわあ!うわあ!!」

「ムィ!ムィ!」

ムゥちゃんと2人で、窓に張り付いたままガッタンガッタン飛び跳ねていたら、また怒られてしまう。


「いくよ、いくよ、せーの!」

「到着~!」

『到着~!』

門をくぐる瞬間、みんなで声をあげてバンザイした。ついに!町に入る瞬間に立ち会ったよ!

ニコニコ顔でハイタッチしてまわるオレに、マリーさんとエリーシャ様は楽しそうに微笑み、セデス兄さんとカロルス様は苦笑した。



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今日はもふしらコミカライズ版の更新日ですよ!!

ComicWalkerさんと、ニコニコ漫画さんにて無料で見られますので~ぜひ!


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