第314話 おはよう


「ユータ!戻っておいで!そろそろ街道に人が増えてくるよ」

「はーい」

馬車に併走するシロからぴょんと中へ飛び込むと、セデス兄さんがキャッチしてくれた。

「わ、冷たい!ユータ寒くなかった?随分ほっぺが冷たくなってるよ?」

「寒くないよ!」

シロに乗っていると、特に走っている時は体力を使う。乗馬ほどとは言わないけれど、運動にはなってるんだろうね。その点、ルーだと完全リラックスしてるから全く運動にはならないと思う。

「ほら、おいで」

お膝に乗せてくれたセデス兄さんが、背中のマントを広げてオレを抱え込んだ。寒くないと思っていたけど、その温かさにほうっと息が漏れる。

『あったかーい、くるしぅないぞ』

チュー助がもそもそ胸元から出てきて、今度はセデス兄さんの襟元から中に侵入した。

「うわっ……もう、ねずみ君、勝手に人の服に入っちゃダメだよ」

『いえいえお気になさらず』

「気にするよ?!」

セデス兄さんとチュー助に笑いながらぬくぬくしていると、どうしたことでしょう、あんなに眠くないと思っていたのに、視界がほやほやとしてくる。

ごそごそといい位置に身体を落ち着けると、すう、と目を閉じた。こしこしとセデス兄さんのあったかい服に顔をすりつけると、なんとも言えず満たされて全身の力を抜いた。

「……ユー……あれっ?今起きてたのに……」

そんなセデス兄さんの声が遠くに聞こえた気がした。



「…………あれっ……」

オレは目をぱちくりさせて言葉を失った。

『そんなに寝たら、そのうち身体が溶けるわよ』

そんな、スライムじゃあるまいし。とモモに頬を膨らませてみたものの……おかしいな、オレが寝たのは夕方のはずだったんだけど。

見慣れぬ窓から心地よいお日様の光が差し込み、スンと澄んだ空気とエネルギーに溢れた鳥の声。どう考えても、これは朝。

「……いつ着いたの?夕ご飯……」

きゅう、と切なくお腹が鳴った。宿場に入る所も見られなかったし、図鑑も見られなかったし、夕食も食べ損ねた……。しゅんと落ち込んだ横で、ごそりと大きな気配が動いてオレの身体にぶつかった。

「カロルス様……横にいてくれたんだ」

1人で夜中に目を覚ませば、きっと不安になるだろうと思ったのかな……覚めなかったけど。どうやらここはカロルス様のお部屋で、きっと両隣の部屋にエリーシャ様とセデス兄さんがいるはずだ。

金髪を枕に広げ、いびきもかかずに気持ち良さそうに眠る金獅子を見ていると、オレのまぶたも重くなって、なんだかもう一度眠れそうな気分だ。


「いやいや!さすがに寝ないよ!勿体ないよ!!」

ぶんぶん!と頭を振ると、カロルス様の掛け物をなおしてあげて、ぴょんとベッドから飛び降りた。

床で犬に……いやフェンリルにあるまじき、へそ天で寝ているシロに呆れた視線をやって、うんと伸びをした。

――ユータ、おはよう……

目をしょぼしょぼさせながら、ラピスがティアの背中から顔を上げた。ラピスとティアは仲良くお互いで暖を取りながら眠っていたようだ。どちらもふわふわで気持ち良さそうだね。

「ラピス、まだ寝ていていいよ?ここにいるから」

――分かったの……

言いながらぽふっとティアを枕にすると、目を開けたティアがもすもすと位置を調整して、再び目を閉じた。

ふふっと笑ったオレは、いつの間にやら着替えさせてもらっていた白い寝間着を脱いで、普段着に着替えた。ちなみにカロルス様は同じようなゆったりした白い寝間着だけど、ズボンしか履いていない。上は寝ている時に脱いだのか脱げたのか、ぐちゃぐちゃになって落ちていた。なんとなく、旅館の浴衣を思い出す。あれ、寝てる間にひもだけになるのはどうしてだろう。昔の日本人はみんなすごく寝相が良かったのだろうか。

そんなことを考えはしたけれど、この上衣はちゃんとボタンがついているよ?どうして脱げるって言うの。やれやれと拾い上げてオレの寝間着と一緒にたたんでおいた。


もう明るいから、きっとみんなももうすぐ起きるだろう。その間は昨日できなかった図鑑のチェックだ。ひとまず、オレの持ち物をありったけ収納に突っ込んであるので、図鑑も教科書も何でもござれだ。

枕の上に乗り上げて、ご機嫌に足をぱたぱたさせながらページをめくる。火山、火山……おお、やっぱり火に関連する生き物が多いんだな。段々分かってきたことだけど、自然にある魔素は当然ながらその土地によって構成が違っていて、きっと火山だと火魔法に相性の良い魔素が多いんだろうな。だから、生態系もそっち方面に寄るんだろうね。

サラマンディモンの名の由来である、火の精サラマンダーも多く見られるらしい。

「妖精は見たことあるけど、精霊は見たことないなぁ。楽しみだな」

確か、生命体の人間、半生命の妖精、精神体の精霊、だっけ。

『見たこと、ない……?』

寝ているとばかり思っていたチュー助が、なぜか身体を起こして驚愕の目でオレを見ていた。

「うん、オレ精霊って見たこと………」

ハッ……?!

「な、なーーんて!!精霊はいつも見てるんだけど、火の精霊って見たことないなーって!!」

『そっか、火の精なんてその辺りにいないもんな!』

なーんだ、ともしょもしょヒゲを動かしたチュー助が、再びこてんと横になった。

あ、危ない……!すっかりチュー助が下級精霊ってこと忘れてたよ。

『ま、普段はただのねずみだものね~』

ふう、と額の汗を拭うと、全て把握していますよ、と言わんばかりのモモに呆れた視線をもらった。


しばらく楽しく図鑑を眺めていたのだけど、そろそろ出発しないだろうか?それにオレ、お腹がすいたな。ちらりとカロルス様を眺めてみるけれど、規則的に上下する胸とぴたりと閉じられた瞳は、目覚める気配がない。

「エリーシャ様は起きてるかな」

セデス兄さんは絶対に寝てる。1人で過ごすことに飽きてきたオレは、とりあえず隣の部屋に行ってみようと、そっとドアへ向かった。

「……どうした。どこへ行く?」

掠れた低い声に驚いて振り返ると、熟睡しているとばかり思っていたカロルス様が、うつ伏せて片肘をつき、眠そうな目でこちらを見つめていた。

フェロモンって寝ている間に溜まるのだろうか。だらしなくあくびするのさえ様になる姿に、思わずムッとして片手を突き出した。

「カロルス様、おはようブリーズ!!」

「はっ?!うおーーっ!!寒みぃ!やめろっつうの!!」

にっこり笑って、寝覚めの良い冷たいそよ風のプレゼントだ。

「ブリーズじゃねえよ!そりゃブリザードだ!!」

おや、ちょっとばかり気合いが入ってしまったようだ。慌てて布団にくるまったカロルス様に、少しばかり溜飲を下げてとことこ歩み寄った。

「この野郎!完全に目ぇ覚めちまったろうが……」

ブツブツ言いながらばさりと布団を投げ捨てると、またもや漂う色気が……もう一度、強めのブリザ……ブリーズが必要だろうか。

「ユータ、俺の服くれ」

んん、と伸びをしたカロルス様に、用意しておいた服を投げ渡す。ちゃんと顔を狙ったのに、にやっと笑ってキャッチされたのが腹立たしい。



「セデス兄さん!お腹すいた!はい、着替えて着替えて!」

「ぐっはぁ?!」

エリーシャ様のお部屋に行くと、さすがにちゃんと起きて身だしなみを整えているところだった。ひとしきりすりすりを受けてから、今度は問題のセデス兄さんのお部屋。当然ながら熟睡していたので、倒立前転からの宙返りで、どすりと身体の上にまたがった。

「ゆ……ユータ……僕を起こしたいの?それとも永遠に眠らせたいの……?」

ふるふると身悶えるセデス兄さんは、無事に目が覚めたようだ。オレは満面の笑みでぐいぐいと引き起こそうとする。

「早くごはん食べに行こ!」

「ちょっと待って……ユータも少しは大きくなってるんだね……ダメージが以前の倍になった気がする……」

大丈夫、セデス兄さん見た目に寄らず頑丈だから!


貴族用の食堂に皆が揃った時、すっきりした顔のエリーシャ様に比較して、男性陣はなんだかげっそりとしていたのだった。



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