第313話 宿場へ
そよそよと心地よい風がまつげをくすぐって、ごろりと寝返りをうった。胸元までかけられていた布がぱさりと落ちて、途端にひやりとした空気に包まれる。
「ムゥーー」
どうやら胸の上にいたらしいムゥちゃんがころころと転がり落ちた。
「あ……あれ?」
寒い、と顔をしかめて目を開けると、スカッと青い空に白い雲。
『ゆーたおはよう!お昼ご飯にしよう!』
「あら、ユータ様目が覚めました?」
布をかけ直そうとしたマリーさんが、にっこりと微笑んだ。オレはどうやらシロを枕に、草原で熟睡していたらしい。もうお昼……?いや、むしろお日様はてっぺんから過ぎてしまっている。
「馬車でもよくお休みでしたからね、そろそろお目覚めになるかと思っていました」
「うん……よく寝ちゃった。ここは休憩所?」
「あーー!ユータ起きた?!」
そうですよ、と言うマリーさんの声に被さるように、大きな声が響いた。セデス兄さんが馬車の方から慌てて駆けてくると、サッとオレを抱き上げる。
「ユータ僕お腹すいちゃったよ!早く出して出して!」
「わっ!ちょっ!待って!止めて!」
まるで塩胡椒の瓶のように上下に振られて舌を噛みそう。収納に入ってるんだよ!振っても出て来ないから!
「あー頭がぐらぐらする……」
「ごめんごめん」
なんとかセデス兄さんのシェイクから解放されて、収納から荷物を取り出した。保存食はあるけど、これにする?と聞いたら、にっこり笑って首を振られた。
「ユータがいるから保存食は食べないよ!あんまり時間ないから簡単なものでいいからね!」
何その亭主関白みたいな台詞……どうやらオレが作るってことは決定事項らしい。ジフのお弁当もあるのだけど、これはもっと短い休憩の時用に残しておこう。
「ねえ、あとどのくらい?」
手早く作って食べるなら、具だくさんにした保存食雑炊が一番早い。さっき鍋の上でムゥちゃんが神主さんみたいに葉っぱを振っていたので、きっと回復効果もあるだろう。
ほかほかと湯気をたてるお椀を抱え込み、暖をとりながらふうふうとさじを口へ運んだ。
「最初の宿場まであと少しだ。もう寝るなよ?夜眠れなくなるぞ」
「もう眠くないから大丈夫!宿場って何があるの?」
がつがつとかき込むカロルス様の横に、足りないだろうと干し肉を積んだ。
「何もないぞ!宿とちょっとした店があるくらいだ」
干し肉はいらんと押し戻されたので、仕方なく秘蔵の唐揚げを置くと、電光石火の早業でなくなった。むっ……よろしい、じゃあこれだ。さらに追加した唐揚げが再びカロルス様の口へ消えていき……
「む……?」
カロルス様が胡乱げな瞳を向けた。
「これ肉じゃねえな?」
バレたか。それはカロルス様のためにお野菜をそれっぽく唐揚げにできないか試行錯誤してる……途中のものだよ。
「唐揚げだよ?おいしいでしょ?」
「マズくはないが……肉じゃねえ」
そりゃそうだ。豆やら根菜やら色々入った塊だもの。でも、鳥肉ミンチも少し入ってるよ?
「あー!ずるい!僕もちょうだい!」
セデス兄さんが目ざとく見つけてひょいっと口へ運んだ。
「うん、美味しい!これ何?何の肉なの?」
「あら、これはこれで美味しいわ」
オレも結構好きだな、さしずめお野菜ボールの唐揚げだろうか。カロルス様はちょっぴり不満そうな顔をしつつも、手を止めることなく食べていた。
休憩所を出発してから、ゴトゴトと揺れる馬車の窓にかじりつき必死で外を眺めていたのだけど、ふと気がついた。
「これ、別に馬車に乗ってなくてもいいよね?!オレ外走ってもいい?」
もちろん走るのはオレじゃなくてシロだけど。
「いけませんよ、魔物や賊が出るかも知れませんから」
メッと指をたてて怖い顔をしたマリーさんに、そうなれば気の毒なのは魔物や賊の方だと心の底から思う。何が悲しくてAランククラスが詰まった馬車を襲わなきゃいけないのか。
「すぐ横を走るから大丈夫だよ!」
「でも……転んで怪我でもしたら……」
それは冒険者として活動してる人に言う台詞じゃないよね?!マリーさんの中では魔物も賊も転ぶのと同程度の認識らしい。
「危なくなかったらいいでしょう?じゃあ、アリス、イリス、ウリス、エリス……」
ぽんっ、ぽんっぽぽぽぽ……
「おわあ!ユータ、待て待て!!もういい!これ以上呼ぶな!」
「きゃーかわいい~!!」
クリスまで来たところで、カロルス様のストップが入った。馬車の中は管狐まみれ……さらに、呼んでないけど寂しくなったらしいクリス以降がそっと出現してきている。
「ユータ!なんでこんなにいるの?!おかしいでしょ!」
「オレじゃないよ!えーーと、ラピスの友達みたいなもの!ね、これだけいればお外走ってもいいでしょ?」
管狐部隊のど真ん中に陣取って走るオレ……なかなかの光景だ。若干守備に不安はあるけれど、攻撃に関しては一個中隊どころではないだろう。
「いいわけねえだろ!!むしろダメだろ!!戻せ戻せ!」
無慈悲な台詞に、せっかくこっちへ来たのに……と管狐たちが一斉に悲しい瞳でカロルス様を見つめた。
「うっ…………そんな目で見るなっての……人に見つからなきゃ好きにすりゃあいいだろ」
「「「「きゅう~!」」」」
喜んだ管狐たちの乱舞で視界が黄色い。エリーシャ様とマリーさんは……うん、無事じゃなかったみたいだけど、そっとしておこう。
「よーし、行くよっシロ!」
「ウォウッ!」
揺れる馬車からジャンプして飛び出すと同時に、オレからシロが飛び出して見事にキャッチ。驚いた御者さんが転げ落ちそうになったけど、手を振るオレを見てやれやれと納得してくれたようだ。
「ぼっちゃん、離れないで下せぇよ!」
「うん!大丈夫だよ!」
貴族の御者らしいきちっとした服装と姿の割に、違和感のある下町口調……この人も元冒険者かな。ロクサレン家にいる人で、全く戦闘できない人はいないのかもしれないね。
ダッダッと力強い走りに、サラサラと心地よい被毛の手触り。少しひんやりした風が、今はとても心地良い。サワサワと遠くからやってきた風がオレたちを通り抜けて、服がはたはたと鳴った。
『気持ちいいねー!』
「本当、気持ちいいね」
目を閉じて仰のくと、まぶた越しにお日様を感じる。
すう、と胸一杯に息を吸い込めば、色々な匂いがした。草原の草の匂い、お日様に温められた土の匂い、隣を走る馬車の油の匂い、馬の匂い。いろんなものの生きている匂いがする。
ああ、いいなあ。
なんだか満足してシロの背中に伏せると、胸元でもぞもぞと抗議の声が上がった。
『主、見えない!ちゃんと座って!』
寒いからとオレの服の襟元から顔を出したチュー助が、小さな手でぺちぺちとオレの鎖骨あたりを叩いている。もう、それならそこから出ればいいのに。
渋々座りなおすと、突撃ー!とご機嫌で片手を振り回した。
ラピスたちは上空で散らばって思い思いに過ごしているらしい。今日は旅行の日だから訓練はお休みだそう。モモとティアは寒いからと馬車の中でぬくぬくしているし、危ないからムゥちゃんはマリーさんがムゥちゃんポケットごと預かってくれている。
蘇芳も馬車がいいらしい。なぜかカロルス様を気に入っているのだけど、膝に座ってじーっと見つめられるカロルス様は居心地が悪そうだ。
「シロ、まだ火山の匂いはしない?」
『うーん、多分しないよ!でもぼく、どんな匂いか分からないな!』
それもそうか。分かれば探せるけど、知らない匂いを感じるのは難しいだろうな。
『でもね、多分今日お泊まりする所はもうすぐだよ!いろんな人の匂いがするよ』
そっか、宿場も楽しみだし、何より明日が楽しみで、オレは訳もなくくすくすと笑ってしまう。
宿場に着いたら、火山の植物や魔物について調べてみよう。そう考えるだけで、オレの小さな胸はどきどきと高鳴って、思わずぎゅうっとシロを抱きしめた。
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