第316話 お楽しみ

「せめてちょっとだけ町とかお山とか見たかったのに……」

到着はしたものの、あたりはすっかり真っ暗。すぐさま宿に連れて行かれてしまって、オレは少々ふて腐れている。

「そんなこと言っても真っ暗で何も……ああ、ユータは見えるもんね」

そうか、みんなは見えないのか。真っ暗な中オレのために出歩かせるのはさすがに申し訳ないと、渋々ふくらんだほっぺを潰した。

「でも、せっかく着いたのに……もう寝ちゃうの?」

こんなそわそわした気分で眠れないよ!……多分。しゅんとしてお部屋に向かっていると、エリーシャ様がくすくすと笑った。

「うふふ!寝る前にちょっとだけ楽しめることがあると思うわよ?できれば私も一緒に……」

「エリーシャ様!ならば私もメイドとしての務めを今こそ……!!」

「ダメです!マリーさんもちゃんと約束して来たんだよね?」

腰に手を当てたセデス兄さんに怒られて、2人がはい……と項垂れた。

「2人には楽しいことがないの?オレだけ?」

「ううん、行けば分かるよ。2人は……そっとしておいていいよ。荷物を置いて、さっそく行こうか」

どこへ行くのかは知らないけれど、とにかく楽しみだ!オレはセデス兄さんと手を繋ぐと、打って変わってスキップしながら歩き出した。



部屋に荷物を置くや否や、みんなを急かして連れてきてもらったのは、1階の随分端っこだろう場所だった。きょろきょろしてみても、そばに2つのドアがあるだけの行き止まりだ。

「ここ?何があるの?」

いささかガッカリしながらエリーシャ様を見上げると、うふふと笑って、さらりとオレの頭を撫でた。

「このあたりはね、お水が豊富なのよ。それでね、火山があるでしょう?この小さな町が人気なのは火山の産出物だけじゃないのよ?」

火山……お水……もしかして?!目を輝かせたオレに、エリーシャ様は分かったかしら?と、もう一度笑うと片方のドアへ向かった。

「じゃあね、私たちが一緒なのはここまでなのよ。あんまり長くはしゃいでいると体に障るから気をつけてね」

「ああ……マリーもご一緒したいですが……ハッ!むしろユータ様をこちらへ……?!」

何か閃いたようなマリーさんに、ゾッと寒気が走って慌てて背中を押した。

「いってらっしゃい!女性同士、話に花が咲いていいよね!!」

2人をぎゅっとドアの中へ押し込んでぱたりと扉を閉じる。ふう、これで一安心。

そう思った所で、一気にオレの全細胞のボルテージが最高点に到達した。

「ねえ!カロルス様!ねえ、温泉?!温泉があるの?!」

興奮したオレは、壁を駆け上がって三角飛びでカロルス様に飛びついた。

「うおっ?!妙なはしゃぎ方すんな!静まれ!!」

がしりと受け止められて、首に縋り付いたままじたばたすると、ぎゅう!と両腕で固く腕の中に閉じ込められた。だって体がウズウズするんだよ!

「ふふっ!ユータは好きそうだもんね。そうだよ、みんなで入れるお外のお風呂だよ」

「本当?!わー楽しい!!入る!!」

「もう楽しいんだ……」


苦笑するセデス兄さんを先頭に、カロルス様に捕獲されたままドアをくぐった。すぐに脱衣所だろうと思っていたけど、そこから先にまたドアがあって、ようやく脱衣所になっているようだ。

そわそわして先に浴場を覗きに行こうとしたけど、準備してからだと怒られた。

「お前は風呂が好きだからな、グレイがこういうのは喜ぶだろうってな」

カロルス様が、のろのろと服を脱ぎながら話した。普段より少しよそ行きの服は、装飾やボタンが多くてかなり面倒そうだ。めんどくせえ!とボタンをかけたまま無理矢理脱ごうとするので、破いてしまわないかとハラハラする。

そっか、どうやら執事さんが旅行先を選定してくれたらしい。これはおだんごだけで済ませるわけにはいかなくなってきた。でもせっかく選んでくれたのに、執事さんはどうして来なかったんだろう。そう思いながら、カロルス様の脱ぎ散らかした服をまとめていてハッとした。そっか、エリーシャ様のためか……。執事さんが来るならマリーさんが残ることになるもんね。


「ユータ、ユータ!ちょっと待って!これ着て!」

オレもスパッと全部脱いで、いざ行かん!!と飛び出そうとしたら、はっしと腕を掴まれた。

「……?お風呂じゃないの?」

渡された薄布に困惑していると、せっせとセデス兄さんが着せてくれた。

「他の人達もいるんだよ?裸で入っちゃダメなんだよ」

そうなのか……湯帷子ゆかたびらみたいなものかな?

着せられたのはどことなく懐かしい、しかしものすごく簡単なつくりの浴衣もどきだ。そうだなあ……子どもが雰囲気だけで作ったらこんな風になるかなっていう浴衣(?)だね。こんな薄手でお湯がかかったら完璧に透けるだろうに、それでも着た方がいいんだろうか。でもまあそういうルールなら仕方ない。

気を取り直してさあ行こうと振り返ったら、2人は腰巻き1枚だ。浴衣もどきと同じ薄手の布をぐるりと腰に巻き、エプロンのようにひもで結ぶようになっていた。

「えー!どうしてこれ着ないの?オレだってそっちがいいよ!」

「……えーと……15歳以上になったらこっちになるんだよ。それまでは我慢だね」

ちょっと目をそらして言ったセデス兄さんに疑問の眼差しを向けつつ、とにかく早く浴場に行く方が先だ。まあいいやと、オレは2人をぐいぐい引っ張って浴場の方へ歩いて行った。


「わーっ!広い!!すごーい!!」

オレは小脇に抱えられてバタバタと手足を動かした。浴場に入る直前、危険を察知したカロルス様に抱えられてしまったんだ。そりゃあ目の前にこの光景を見ちゃったら走り出すと思うけど!

「へえ、素敵だね!さすがグレイさん、この宿で正解だよ」

出入り口付近はすのこのようになっていたけど、広々とした奥は一面黒い石畳になっていた。もうもうと白い湯気の中、濡れた石が黒く艶めいてとても美しい。


しばしうっとりと湯気の帳が揺らめく様を眺めていたら、薄布を通り過ぎる風に、ぶるりと体が震えた。

「さむっ……あれ?ここ露天風呂?」

どうやら奥は外と通じているようで、湯気の向こうからひんやりした風が吹いてくる。オレの目なら外の景色が見えるはずだ!

「向こう行きたい!」

離してくれないカロルス様に、思い切り暴れてみるけれど、鋼の腕がその程度で揺らぐはずもない。

「ユータ、お魚みたいだよ!ピチピチしてる!」

人の気も知らずに腹を抱えて笑われ、オレはセデス兄さんをじろりと睨んで荒い息をついた。


「ちゃんと洗ってからな!走らない、泳がない、飛ばない、回らない、とにかく暴れないなら離してやるぞ」

「うん!大丈夫!」

即答すると、ほんとかよ……と訝しまれながらも拘束を解いてもらった。すぐさま洗い場へスライディングすると、だばーっと魔法で頭からお湯を被りながらごしごし体をこすった。これ、脱いでいいかな、すごく邪魔だ。

「待て待て待て!!滑り込むな!脱ぐな!魔法はもっとダメだ!!」

「だって、どうやって洗うの?」

もちろん洗い場にシャワーも蛇口もない。

「もう……ほら、ここに桶と洗い湯があるでしょ?」

振り返ると、桶が並べられた場所には小さく四角い井戸のようなものがあった。井戸と違うのは、なみなみとお湯が溢れていることと……。

「あ!フロートマフだ!」

井戸にぷかぷかと入道雲のように浮かぶのは、フロートマフじゃないかな?ナギさんの所で乗せてもらったものと、少し種類は違う気がしたけど、その雲のような見た目は他と間違えようがない。

「おや、よく知ってるね?……乗っちゃダメだよ?これはこの辺りで体を洗うのによく使われるんだ。こうしてちぎって使うんだよ」

言いながら手のひら大にむしると、お湯に浸して体をこすってみせた。

興味津々でフロートマフに触れると、ナギさんのフロートマフより荒く脆い感触がした。これならちぎれそうだ。片手に掴んで引っ張れば、思ったよりも植物らしい、プチプチとした感触と共に綿雲のかけらが手のひらに残った。

肌に滑らせると、なんとも不思議な感触だ。へちまと綿菓子が結婚したら、こんな子どもが生まれるかも知れない。




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