第309話 青い髪の人

まるで霊峰そのもののような、大きくて心地よい魔力に包まれて、オレはぐっすりと眠った。身じろぎすれば、あれほど重かった身体が嘘のように軽い。ふわっとほっぺにすりよったティアも、すっかり元気になったようだ。

柔らかに支えてくれる身体が嬉しくて、オレは気付かれないようそうっと目を開けた。

シャープな顎と、のど仏。形のよい鼻と、まつげ。見慣れない人型の姿も、確かにルーだと感じる。きりりと引き締まった男らしい顔は、どこかリラックスして遠くを眺めていた。

ふいと上がった手がオレの髪に触れようとして、わずかに視線を下げたルーと、目が合ってしまった。伏せられた黒いまつげに縁取られ、金の瞳が美しい。

「………起きたなら、どけ」

何事もなかったように、そーっと離れていく手を残念に思いながら、それこそ猫のようにルーの腹にすり寄った。堅くごつごつした身体は、獣の時のように心地よくはないけれど、そのぬくもりがたまらなく愛しい。

「ルー、とっても楽になったよ。ありがとう」

「フン……神獣をベッドに使うのはてめーぐらいだ」

そうかも、とふわっと笑うと、強い腕がオレを掴み上げて立たせた。もう少しそこにいたかったのになあ。


「おうおう、麗しき人の子、起きたかの」

地べたに正座していたお爺さんは、起きたオレに気付いて、くしゃっと微笑んだ。意外と身軽な動作でオレの側へやってくると、驚くオレに構わずスッと膝をつく。

「この度は、あいすまなんだ。そして、我らを救っていただいたこと、心より……心より礼を言う。ありがとう……儂の無念も救われた」

「えっ?!う、ううん!オレ、勝手にしたの。助かって良かったね」

慌ててしゃがみこんだオレに、お爺さんは手を伸ばして頭を撫でた。優しい金色の瞳が、じわじわと染みこむような穏やかな気配を伝えてくる。

「ほんに、良き子じゃ。ぬしが犠牲にならんで、それが何よりじゃ。……おお怖」

後ろからピリッと執事さんみたいな気配を感じると同時に、お爺さんがオレを撫でる手を引っ込めた。振り返ってもルーはそっぽを向いて洞窟の奥に視線をやっている。


そういえば、洞窟の奥の方は何やら少し騒がしい。首を傾げると、お爺さんがほっほと笑って言った。

「あやつらうるさいでの、よそへやったのじゃ。……ちいとは懲りたかの?ぬしが良ければ助けてやってくれんかの?」

助ける……?よくよく見れば、洞窟の奥にはシールドが張ってあるようで、どうやらその奥にラピスやモモがいるようだ。

「あれ?あの人は……?えっ、もしかして?」

「うるせーから向こうへ放り込んだ」

えええ……。向こうから響く地響きに、オレはなんだかどっと疲れたのだった。



――ユータ!もう元気なの?

『ゆーた!ゆーた!大丈夫?』

『もういいのかしら?心配したわよ』

シールドをくぐり抜けると、そこは戦場だった。洞窟が崩れるんじゃないかという破壊の痕跡をバックに、まるでそぐわない笑顔で飛びついてきたみんな。

「ありがとう!ゆっくり休んでもう大丈夫だよ。ねえ、ここで何してるの?」

『ぼく、練習がんばったよ!』

『いい訓練になったわ……加減しなくていいしね』


どうやら、お爺さんにしこたま怒られたらしい青い髪の人が、みんなの訓練相手に抜擢されたらしい。せっかく回復したのに、ズタボロじゃないか……。

一番関係ないですって顔してるけど、これやったの大体ラピスでしょ。

声もなくうずくまった人に駆け寄ると、ぜえはあと荒い息の中、それでもキッとオレを睨み付けた。

「さわ、るな……」

「事情はもう聞いた?オレ、君の敵じゃないよ」

「……」

少し気まずげに視線を逸らしたので、大丈夫と判断してその人を回復していく。さすがにラピスたちも訓練だから大けがにならないようにはしていたようだけど、後で言っておかないとね。

「はい、いいよ」

ふう、と息を吐いた人が、ぺたりと尻をついて力を抜いた。オレも並んで腰を下ろすと、じっとその顔を見つめた。

「………悪かった、よ」

まつげも青いんだな、とぼんやり眺めていたら、小さな声が聞こえた。叱られた子どもそのもののふて腐れた顔に、確かに浮かぶ気まずさと後悔を読み取って、オレはにっこりと笑った。

「うん。お爺さん、助かって良かったね」

何度もズタボロにして、オレも謝らなきゃいけないかなあと苦笑する。

「お前……それだけか?!死んでたかもしれないんだぞ!それですませるな!もっと怒っていい!」

「えええー」

胸ぐらをつかむ勢いで迫られて、困惑するしかない。もう全部終わったし、オレ、今さら怒れないよ……。

『そうだそうだ!いっぺん地獄へ落ちろー!』

――そうなの!ユータを攻撃したの!100回地獄へ落ちろなの!

「こら!チュー助!ラピスに悪い言葉教えちゃだめ!」

野次を飛ばすチュー助をたしなめ、ラピスを呼んでそっと撫でた。

「ラピスが一番分かるんじゃない?オレがあのお爺さんだったら、ラピスもこの人みたいになってるような気がするよ?どうかな、ちょっと考えてみて?」

――お爺さんが、ユータだったら。ラピス………。

ラピスは、じっと考え込んだ。オレ、似てると思うよ、ラピスとこの人。


「……」

おもむろにふよっと飛んだラピスは、思わず身体を硬くした青髪の人を覗き込んだ。


――ラピス、分かったの。……一人でよくやったの。ひとりぼっちで不安だったの。大事な人がいなくなるかもって思ったの。ラピスは、分かるの。ユータを攻撃したことは忘れないけど、ユータが許すならラピスも許すの。


ガバッと顔を上げた青髪の人は、目を見開いてラピスを見つめた。


――ラピスは分かったの。分からない?お爺さんはユータなの。ユータは、お爺さんなの。


言葉足らずなラピスの台詞に、ぐっと引き結んだ唇が震え、稲穂色の瞳がみるみる潤んだ。

「……爺様……そうか……悪かった……。ごめん、ありがとう……」

……二人とも、すごいね。それは、なかなか難しいことなのに。

ラピスも、この人も、何かつかえたものが取れたような表情で、瞳を合わせた。



「大丈夫?」

「大丈夫だ!」

まだ少し腫れぼったい目で、青髪の人はオレの手を振り払った。うん、穢れのせいで乱暴な人かと思ったけど、元々の性格もありそうだ。

――ユータが心配してるの!

「……分かったよ。悪かったって」

なんだか距離が近くなった二人に、思わず笑みがこぼれる。この人も、もう一人じゃないね。

「あっちへ戻ろうか。ね、行こう」

立ち上がって手を差し出せば、その人はムッとした顔で手を取らずに立ち、逆に手を差し出した。

「なんでお前が先導するんだ。私の方が年上だ」

意地っ張りな態度に吹き出しそうになって、慌てて取り繕って笑った。

「うん、じゃあ連れていって!あのね、オレはユータって言うんだよ」

「知ってる」

ぷいとそっぽを向く顔をじいっと見つめると、青髪の人は観念したように口を開いた。

「……マーガレット」

「え……ええっ?!」

オレのあまりの驚きように、マーガレットさんが不審げな顔でなんだ、とこちらを見た。えーっとどう考えてもその名前って……。

『はあー?!女の子だったわけぇ?!主の方がよっぽど女の子に見えるぅー!』

チュー助が余計なことを言ってギロリと睨まれた。

『どうしてかしらね……きれいな顔だけど女の子には見えないわ……でも飾りようによっては……?』

モモの思想が危険な方へ寄っている。いつかここに大量に洋服なんかを持ち込む羽目にならなければいいけど。

メイドさんたちが大喜びで協力しそうだと、恐ろしい未来を思い描いてぶるっと震えた。



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3巻発売まであと3日!早いところではもう少し早く店頭に並びますかね。どうか続刊に繋がるだけの人に手にとっていただけますように…。


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