第310話 地下に咲く花

「お、おぅ……?ぬし、どんな魔法を使ったのじゃ?あのきかん坊がなんと大人しくなったものよ」

手を繋いで現われたオレたちに、お爺さんが目を見張った。

「わ、私だって反省するんだよ!」

「ほうか、それは初耳じゃ」

ほっほと笑うお爺さんは、とても楽しげだ。

憎まれ口を叩いて、フン、と視線を下げたマーガレットさん。オレは視線が合わないように、そっと微笑んでよそを向いた。意地っ張りもほどほどにね……嬉しいって、辛かったって、言えるようになるといいね。



『ふーん……つまり、神獣になれば、遅かれ速かれあの呪い、じゃなかった、穢れに侵されていくのね?それで引き継ぎたくなかったってわけ……』

長い話にすっかり飽きて、じゃれ合うシロとチュー助を横目に、モモは難しい顔で(?)ふむふむと頷いた。

お爺さんは、本当にあのまま息を引き取るつもりだったんだね。次代の神獣候補であったマーガレットさんに引き継がないままに……。

「ほうじゃの、もう少し、せめてもう少し、見守ってやれると思うとったのじゃが……甘かったの。すまなんだなぁ、ろくすっぽ説明せんままに……儂も認めとうなかったのじゃ、ぬしをこのまま置いていく覚悟ができなんだ。ほっほ、神獣なんて言うても、自分の死期すら分からんのじゃ、まさに神のみぞ知る……いや違うの、神も知り得るものではなかったの」

お爺さんは、どこか辛そうな顔で目を細めた。

「穢れがなんだ!私はとっくに覚悟ができている!爺様の未練だってまとめて引き受けてやる!」

「やれやれ頼もしいのぅ。じゃがな、引き継ぐのは力だけではないのじゃ、記憶を継げば、元のお主ではのうなっとる。儂はその眩い輝きを曇らせとうない」

お爺さんがそっと青い髪を撫でると、マーガレットさんがくしゃりと顔を歪めた。

「尤も、ぬしはもうちいとばかし、大人しゅう輝いてもよいと思うがの」

泣きそうな顔をしたマーガレットさんが、今度は憤慨して顔を赤くする。ころころ変わる表情に、お爺さんは朗らかに笑った。

深い思いを胸の奥に沈めて、その表情は地底湖のように、波ひとつ見えなかった。



「やれ、性急なことよの、もう帰るのか。まだ礼もしとらんで」

「時間を持て余してるジジイとは違うからな」

「何を言う……ぬしはごろごろしとるだけじゃろて」

確かに!と笑えば、金の瞳がじろりとオレを睨んだ。その横では、妙に馬が合うようになったらしいラピスとマーガレットさんが別れを惜しんで(?)いた。


――まーがれっとはちゃんと話をして、話を聞かないといけないの。ルーみたいになるの。

「どういう意味だ!お前こそろくに話もせず攻撃してたろうが」

――ラピスはちゃんとユータとはお話できるからいいの!まーがれっとはお爺さんともできてないの。

「ぐっ……」

どうにもケンカ腰に聞こえるけれど、本人たちはいたって普通に会話しているつもりらしい。ラピスが諭すだなんて、珍しいこともあるもんだ。

調子に乗ったラピスが、ふんぞり返って偉そうに言った。

――まーがれっとは仕方ないの。だめな時はラピスを頼ってもいいの。胸をかしてやるの。

「フッ……!ははは!そんな小さな胸がかりられるものか!」

笑った……。

初めて見たマーガレットさんの華やかな笑顔は、地の底を照らす、お日様の光みたいだと思った。



「ではの……ほんに、ぬしになんとすれば恩を返せるのじゃろうの。儂にしてやれることはあまりないが、できることはしようぞ」

「ふふ、ありがとう!じゃあまた遊びに来させてね」

「それは楽しみじゃの。……ほうじゃ、ぬしよ……」

早々と背を向けたルーを追いかけようとした所で、お爺さんがささっと視線を走らせてオレに近づいた。

「儂の名前は、サイサイア・ジナ・ライジール……と言う」

「てめっ……!!」

ほわっと胸の内が温かくなった。あれ、これってもしかして真名……?お爺さんはルーに締め上げられながら、してやったりと親指を上げた。

「ほっほっほ!油断大敵じゃ!儂のことはサイア爺と……ぐえっ」

「この野郎!爺様を離せ!!」

あああ……なんだかまた大混乱……いや大混戦と言うべきか……。マーガレットさん、もう少し血の気を減らしておいても良かったかも知れない。ルーもね……あとシロとラピスは関係ないから混ざらないでくれるかな?!

「もう……どうしてルーが怒るの?」

「独占欲の強いヤ……ぐえぇ」

あー……もういいか。

結局この後、怒ったオレの最大出力浄化砲で吹っ飛ばされるまで騒ぎは続いたのだった。



ルーは例のごとく、森まで転移で送れという。それは構わないのだけど……。

「でも、ここって転移できるかなあ…。エルベル様のところは普通だったのに」

――フェアリーサークルなら、多分大丈夫なの。

でも、それだとルーが置いてけぼりだ。マーガレットさんはどうやってオレを引っ張り込んだんだろう。なんだか転移の意識が外へ行かないような感覚がある。

外へ出ればいいだろうから、ルーが乗せてくれたらいいのにと思ったけど、ダンジョン内は人型の方が動きやすいらしい。舌打ちしたルーが、むんずとオレを掴んで来た道を駆け戻る。

「生きているダンジョンは基本的に転移は困難だ」

「えっ……生きてる?」

荷物のように揺られながら、あっという間に縦穴を駆け上がった。

ここを抜けたら湖底のはず。慌ててシールドを張ったオレに、ルーは鷹揚に頷いた。

「階層ごとに魔力の流れがあるのは、生きているダンジョンだ」

そうなのか……転移ができるかどうかって結構重要なことだよね。今度からダンジョンに行く時には気をつけなくては。


「あ、待って」

ザパッと湖のほとりへ飛び出した所で、慌ててストップをかけた。振り返って眺めた地底湖は、相も変わらず恐ろしく澄んで神秘的だったけれど、怖気を感じるようなことはなかった。そこには、神様の寝所のような、息を潜めたくなるような畏怖だけがある。

「あれは、穢れのせいだったんだね」

「変質した魔物は変わらん。人にとってここが危険であることに何ら変わりはない」

変質……漏れ出した穢れで魔物が変質するなら、マーガレットさんも?オレはゾッとして唇を引き結んだ。間に合って良かった。お爺さんも、マーガレットさんも。

オレは湖に向かって手を振ると、今度こそ背を向けた。



「うわあ……まぶしいね」

ダンジョンの外はすっかり明るくなっていた。オレ、ルーに抱えられて結構な時間寝てたみたいだ。学校、今から間に合うだろうか。ええと、午前の授業は何かあったっけ……。

『いろいろあったんだから、もう諦めてゆっくりしたらどう?』

『スオーも疲れた。一緒に休もう』

うーんなんて魅力的な提案なんだ。学校をサボる後ろめたさはあるけれど、確かにいろいろありすぎて、今から授業を受けようっていう気にはなれない。


「何をしている」

早く転移しろとせっつくルーに唇をとがらせ、いつもの森へと転移した。

途端に獣の姿に戻ったルーは、日当たりの良いふかふかの苔の上へごろりと横になった。漆黒の毛並みに艶やかな光の輪ができて、柔らかな毛並みはますます温かそうだ。

堪らなくなってぽふっと飛び込めば、全身を覆う極上の肌触り。

「……どけ、俺は寝る」

ぽふぽふと顔を攻撃するしっぽを避けようと、うつ伏せて片頬を毛皮に埋めた。

「うん……おやすみ、オレも寝る」

この野郎、と言われたような気もするけど、ルーはきっとオレを振り落としたりしない。どんどんと心地よいまどろみに沈んでいく中、少し抱きしめる腕に力を込めた。

「ルー……来てくれて、ありがと……」

これだけは、と口にしたはずだったけど、ちゃんと声に出ていたろうか。ゆるやかな鼓動に揺られ、オレは再びルーに包まれて眠りについた。




――――――――――


早いところでは既に3巻が店頭に並んでいるそうですよ!!早いですね!!

たくさんの人に手にとっていただけますように!

ここで言っていいのか分かりませんが、アルファポリスさんの方に『幻獣店』という話をUPしました。しばらくはアルファポリスさんのみです。もふしらの合間に投稿するので、かーなーりゆっくりになると思います!

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