第290話 ひさしぶりだね

「ムムムゥ~!!ムィ~~!!」

「ムゥちゃん遅くなってごめ……?!」

長期依頼の間、ロクサレン家でVIP待遇を受けていたムゥちゃんは、どうやらメイドさんたちのお部屋に連れ込ま……連れて行ってもらったようだ。取り急ぎ迎えに行ったオレは、大きなテーブルの上を両手を広げて駆け寄ってくるムゥちゃんに思わず言葉を失った。

「ムィ?」

『素敵!かわいいわよ~!!』

ぽんぽん弾んで喜ぶモモと、何かおかしい?とわささーっと傾いて首(?)を傾げているらしいムゥちゃん。

その頭にはひらひらしたメイドさんカチューシャ、身体にはふりふりエプロン……。

に、にんじんが……服を着てる……。

純真無垢な瞳にきらきらと涙をためて、満面の笑みでとてとてやってくるムゥちゃん……笑うわけには…笑っちゃ……

「……っぶふぅっ!!あははっ!あははは!」

「ムッ?!ムムゥ?!」

無理だった……。

「ご、ごめんっ!なんでもないなんでもない!!えっと、それかわいいね?どうしたの?」

オレの爆笑にむくれたムゥちゃんは、手近なコップの中に入り込んでしまった。そうしているとコップが植木鉢みたい。

「ムゥ………」

ちらっとオレを振り返ってはそっぽを向く小さなムゥちゃんに、オレはもう一度ごめんね、と言ってコップごと両手で包み込むと、こちらへ引き寄せた。

「寂しかったのに、おるすばん頑張ってくれたんだよね?ありがとう!おかげでちゃんと依頼をこなせたよ!海の中にも行ったから、ムゥちゃんがいたら大変だったと思うよ」

「ムムゥ!!」

海の中、と聞いてムゥちゃんが恐ろしげにわっさわっさと葉っぱを揺らした。塩水はマンドラゴラにも良くないらしい。海岸のお散歩も、あまり行きたがらないもんね。

「それとね、タクトが随分ムゥちゃんに助けられていたんだよ」

聞くなりぴたっと挙動を止めて、ぴょんとコップから飛び出したムゥちゃんが、むふーっ!と胸を(?)張って得意げな顔をした。うんうん、十分誇っていいと思うよ!だってタクトはムゥちゃんかオレがいなかったら冒険に行けないかも知れないからね!ドラゴンやグリフォンに乗りたいなんて言ってたけど、馬車で酔うのに無理じゃないかな……。


ご機嫌のなおったムゥちゃんを連れてオレのお部屋に帰ると、ばさりとベッドに身体を投げ出した。思い切り両手足を伸ばしても、まだまだ余裕のあるベッド。クロールどころか平泳ぎだってできちゃうんだもんな。

「きたよー!」「ゆーた、なにしてるの?」「いっしょにやるー!」

ぽぽぽふっ!とお布団に飛び込んで来たのは妖精トリオ。

「わあ!久しぶりだね!」

「ひさしぶりー?」「ゆーた、ちょっとかわった?」「なんだか、のびた!」

の、伸び……??あ、もしかして成長したってことかな!?

「本当?!オレ、大きくなったかな?!」

「うーん……」「おおきくはないのー!」「のびたー!」

大きくはない……きっぱりと言われて布団に突っ伏した。どうやら妖精たちは幼児体型から少年体型に変わってきていると言いたかったらしい。まあいいか……それも成長だよね。

一緒にやると言うので平泳ぎを教えてあげて、みんな一緒にすーいすい。

「ゆーたのまねー!」「おふとんすべすべー」「じょうず~?」

真似かなあ……オレ、もうちょっと上手にできていると思うよ!それじゃあお布団なでなでしているだけじゃない。

「……何やっとるんじゃ……」

呆れた声に、がばっと起き上がって満面の笑みを向ける。チル爺、本当に久々だ!相変わらず仙人みたいにもっふりしたおひげの妖精さんは、ちょこんとムゥちゃんの隣に腰掛け、しげしげとオレを眺めた。

「人の子はすぐに成長するの。お主も大きく…………なったかのぅ?」

どうして!どうしてそこで疑問系にしちゃうの?!

頬を膨らませたオレの抗議もどこ吹く風で、チル爺は興味深げにムゥちゃんを眺めた。

「ふむ……このマンドラゴラは良い魔力を受けて素直に育っておる。さすがじゃの、聖域以外でこのように育てられるとはの」

「聖域のマンドラゴラはムゥちゃんみたいになるの?」

「そうじゃの、ワシらが育てているのは正確には聖域と接する場所、じゃがのう。聖域では当然このようになるじゃろうて」

そうなのか……!じゃあ聖域や妖精の国に行けば、ムゥちゃんにたくさんお友達ができるかもしれないね。

「のう、葉っぱを1枚いただけないかのう……ばあさんが欲しがると思うでな」

「ムィ!」

はいどーぞ!と何のためらいもなくプチリとむしって渡された葉っぱに、チル爺が嬉しそうにムゥちゃんをなでなでした。

「ほんに気立てのよいマンドラゴラじゃ。のう~?」

「ムゥ~!」

二人して鏡あわせみたいに首を傾げてにこにこ。チル爺、まるで孫をかわいがるおじいさんだ。


「ねえ、チル爺ハイカリクの街にも来てって言ってたのに、どうして来てくれないの~?」

「もうそんなに時が経ったかの?それはすまんのぅ、秘密基地とやらに行けば良いのじゃな?あとで案内してくれるか?酒……ゴホン、森人の店はユータに潜んで行くのが良さそうじゃの?」

「うん!じゃあとりあえず行ってみる?」

言うが早いかチル爺のちいちゃな手をとってふわわーっと光に包まれた。チル爺のなんとも言えない声が聞こえた気がしたけど……。

「はい、到着!」

「ぶはっ!はあ、はあ……わ、ワシ……生きとる?!ちゃんとワシになっとる?!」

秘密基地の床に座り込んだチル爺が、放心状態でぺたぺたと全身を確認している。

「チル爺、転移慣れてるでしょう?」

「お主の転移はちょっと違うじゃろう!ワシが溶けてなくなるようで怖いわ!!」

セデス兄さんも怖いって言ってたなぁ……そうかなあ?ふわっと拡散するの、心地いいと思うんだけど。

「で、ここが秘密基地じゃな?……よし、これでここへは来られるわい。たまに遊びにくるとしようかの」

「うん!オレ、日中は学校にいることが多いけど、放課後なんかはここに来ることも多いんだよ!妖精さんたちが遊べるスペースを作っておくね!」

地下だから植物を育てるのは難しいけど、魔法生物なら大丈夫かな?妖精さんサイズの公園を作ったら楽しそうだ。


「どうしておいていくのー!」「ずるーい!」「つれてってー!」

再びお部屋へ戻ると、妖精トリオから非難の嵐だ。トリオも今から秘密基地へ行くと言って聞かないので、チル爺の設置した転移ポイントの動作確認作業も含めて行ってくるらしい。

行ってもまだ何も楽しいものはないよ?

オレはこれから行く所があるから、妖精さんたちとバイバイすると、お互いに光に包まれて部屋から飛び立っていった。



「美味しい?おもしろい食感でしょう?」

「……甘い」

ファンシーなカラフルボールを頬ばる大きな獣。そんな口いっぱいに入れるものじゃないと思うけど……一粒一粒味が違うんだから、もうちょっとこう……1つずつ味わってほしい。

海人料理をお土産にルーの所へ来たのだけど、ルーは貝や海藻料理よりもアガーラがお気に召したみたい。口から出た感想は気に入っているとは言い難かったけれど、しっぽはご機嫌だ。


「それでね、タクトは水中戦闘にものすごく強くなってね、ラキは……」

ルーにもたれて話す、オレの止めどないおしゃべりにはまるで興味はなさそうだけど、一応耳をぴくぴくさせてこちらへ向けているので、ちゃんと聞いてはいるのだろう。一通り腹へ納めて満足した様子のルーが、目を閉じて伏せ、『撫でさせてやってもいい』モードになったので、ぱたん……ぱたんと動くしっぽを眺めつつ、うつ伏せて手を滑らせる。

艶めく漆黒の被毛には光りの輪ができて、オレのなでる手に沿って移動していく。しばらくここに来られなかったけど、以前ほどの獣臭がしなくなったのは、定期的におふろに入っているのだろうか?もしかして、人型で入るとお手軽で泡もイヤじゃないと気付いたのだろうか。頭にタオルを乗せ、仏頂面で露天風呂に浸かっているルーを思い浮かべ、くすくすと笑った。


また一緒に入ろうね。人型になったら、きっと兄弟でおふろに入ってるみたいだよ。

……断じて親子ではない……そう、断じて!





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