第289話 甘えたいとき

「ちょっと君たち何をしたのよぉ~?!大好評よ?!ギルドの評判まで上がっちゃったわよ?!もうっ、最高なのは見た目だけにしてちょうだい~!?」

無事にハイカリクに到着、報告は必要だろうとギルドに入った途端に聞こえた低い声。スッとシロの後ろにまわったオレと、いつの間にか距離をとってにこにこしていたラキ。必然的に……

「おぐぅっ……?!」

「うぅ~んもう!羽化したばかりの蝶々!!しなやかな若木!!なんて無垢でかわいいのぉ!」

美しい金髪が左右に振られてキラキラしている。腕の中の蝶々タクトは哀れにも蜘蛛に捕まったかのような様相を示しているけれど……。

「連絡来てるんだね~それじゃあ、報告はもういいの~?これで帰っていい~?」

「あっ!そうね、書類を持ってくるわ!」

緩んだ腕から、サッとシロがタクトをくわえて攫ってきた。

哀れなタクトは随分と萎れて、ぐにゃりとシロの口元から垂れ下がっている。タクトはジョージさん苦手なんだよね~その割に一番よく捕まるんだけど。



「ふう、帰ってきた!って感じがするね!すっかりここも『帰る場所』になった気がするよ」

「そうだね~。ホッとするよ~!僕、冒険者になってもこの街に住もうかな~」

ギルドで依頼完了の手続きをすませてきたのだけど、タクトが思いの外ダメージを負ってしまったので、今日はここで解散、オレたちは寮の部屋へ戻ってきた。

旅に生きるってカッコイイと思っていたけど、帰る場所が欲しいと思うのは、やっぱり地に根を張って生きる民族故なのかな。オレには結局、畑を耕して日々を静かに暮らす生活が合っているのかも知れない。

「……でも、楽しかった!」

「ん?そうだね~楽しかったよ、色々と勉強にもなったし実力も上がったしね~……依頼とは関係ないとこで~」

そっか!そうだね、ラキもタクトもぐっと実力が上がっているし、オレは料理のレパートリーが増えたし!1回の遠征で随分といい経験を積むことが出来た。


ラキは見た目だけ大きいかばんを下ろしてうーんと伸びをした。わあ…ラキ、本当に背が伸びた。そうやって腕を伸ばすと見上げるほどに背が高い……。

「なに~?」

「……ううん。ねえラキ……」

首を傾げて振り向いたラキに、言い淀む。こんなこと、優しいラキたちに聞くのはずるいことじゃないだろうか。

なんでもないよ!とにっこりしたオレに、背の高い影が苦笑して近づくと、両脇に手を入れふわっと持ち上げられた。同じ視線の高さで見つめたその顔は、どこか真剣味を帯びていて首を傾げる。

「ラキ……?」

「置いていかないし、パーティを外したりもしない」

ラキの芯の強い瞳が、真っ直ぐとオレを見据えてゆっくり言った。

ぽかんとしたオレに、ラキはくすりと笑って表情を崩し、肩をすくめた。途端に柔らかくなる表情は、子どものラキの顔だ。

「……ユータはね、先に随分中身が大きくなってるから、成長していない気がするだけだよ~ちゃんと大きくなってるよ。僕たちだけ大人になっていくわけじゃないんだよ~?……なに?違った~?」

違わないでしょ?と言いたげにくすくすしながら手を伸ばし、上のベッドへオレを乗せてぽんぽん、と肩を叩いた。

「……じゃ、僕は疲れたから少し寝ようかな~?そうだね、夕飯前まで寝ることにするよ~」

随分と水気の多い瞳で、ふくれっ面を作って睨んでみても、それもきっとお見通しなんだろうと思うと、無性に悔しい。そしてラキの強い瞳に安堵してしまう自分が腹立たしい。守る側にいたいのに、守られて安心してしまう心に、どうしてもオレは幼児だと思い知らされる。


なんとなくざわつく心で、誰かと一緒にいたいと思ったのに、ラキはと言えばまだ明るいのに寝ちゃっている。誰かの固い腕と温かな体温に包まれて安心したい、そして低い声が身体に響いて………そう、カロルス様……オレ、カロルス様に会いたい。エリーシャ様に、セデス兄さんに会いたい。そう思うとたまらなくなってきて、そっと布団に潜り込んだ。ラキは夕飯前までは寝るって言ってたもの、それまでは大丈夫だよね。

ざわざわする心で大好きな顔を思い浮かべ、オレは布団に隠れて光に溶ける。

『あなたは本当に……思惑通りね』

モモの呆れた呟きもふわりと消えた。



館に着いた途端に走り出すと、一直線にカロルス様の所へ。

「お、ユータ帰ってきたか!おかえ……おうっ?!あぶねえ……」

階下にカロルス様を見つけ、オレはその満面の笑みに向かってジャンプする。なんなく受け止めた強い腕に、固い身体に、ぎゅっと口を結んでしがみついた。

「……どうした?嫌な目に遭ったか?辛いことがあったか?」

心配そうな声音と共に、ピリリ、と感じた空気に慌てて顔を上げて首を振れば、いつの間にか周囲にマリーさんと執事さんがいた。一瞬怖いオーラが漂いそうになったのは阻止できたみたい。

「……ううん、大丈……夫」

答えた途端にぐっと喉から何かせり出してしまいそうで、慌てて固い胸板に顔を埋めた。


「ふふ、寂しかったかい?」

クスクス笑う声がからかうように、オレのほっぺをぷにっとつついた。

「ユータちゃんは甘えたくなっちゃったのね~」

優しい指がオレの髪をさらさらと撫でて、ますますカロルス様に顔を押しつける。オレ、もう冒険者だもの……魔物だって倒せるし、依頼もこなせるようになった。なのに、ここへ来るとどうしてこう赤ちゃんみたいになってしまうのか。

「おいで、ユータちゃん」

そっとカロルス様の腕から、どこもかしこも柔らかなエリーシャ様の腕へ移される。そっとソファーに座ったエリーシャ様の膝で、温かな腕に包まれ、ふんわりと香る優しい香りに、思わずゆるみそうになった涙の栓を慌てて閉め直し、きゅっと唇を結んでごしごしと顔をこすった。

「ユータちゃん、いいのよ、ここはおうちなんだから、甘えたらいいの。頑張ってきたんでしょう?こんな小さな身体で頑張ったのよ?ちゃんと気を緩める時も作らないといけないわ」

まるで、それが必要なことであるようなエリーシャ様の言葉に、オレの身体から力が抜ける。

「いいの……?でも、でもね、タクトとラキは泣かないと思って……二人とも、大きいし、固いし、オレよりずっと早く大きくなるの。オレの方が大人だと思ってたのに……なのに……」

とことんオレを甘やかす優しい指に撫でられて、つい不安が口をついて溢れてきた。

本当にオレも成長してるのだろうか。むしろ薄れていく前世の記憶と共に、どんどん後退しているようで怖くなってくる。ぎゅっと胸を締め付ける苦しさに、熱い涙がほろほろと声もなく溢れては流れた。

「そう、置いて行かれるみたいで怖くなっちゃったのね。ユータちゃんは随分大人びていたから、そう思っちゃうのね。でも、大丈夫よ、置いて行かれたりしないから」

きっぱりと断言したエリーシャ様に、オレは思わず顔を上げてエメラルドの瞳を見つめた。

「二人が随分早く大人になっていくのはね、ユータちゃんがいるからよ。あなたを守りたくて頑張ってるのよ。あなたに守られたくないってね。」

きょとんと瞬いた瞳から、大粒の涙がころりと流れてオレの手の甲に落ちた。

「ユータだって、アンヌちゃんと一緒にいて、アンヌちゃんの方がしっかりしてたら、もっと頑張ろうって思わない?」

こくりと頷いたオレは、今度はセデス兄さんの腕に支えられてその膝に座った。冒険していてアンヌちゃんにいつも引っ張られていたら……それは悔しい。

「二人だってそうだよ、いくらユータがしっかりしていて強くたって、頼られたいし守りたいと思うよ?守らせてあげてよ、ちゃんと頼っていいんだよ。友達だって、頼って、頼られていくもんだよ?」

頼って、頼られて。そっか、オレが得意な所はラキたちは頼ってくれる。オレがダメな時、ダメな所は同じように頼ったらいいんだ。

「それによ、お前みたいな優秀ぽんこつ誰も手放さねえよ!勿体ねえ」

わはは、と笑ったカロルス様が片手でオレを掴んで肩へ乗せた。天井のランプシェードに頭をぶつけそうになって、思わずきゃっきゃと笑うと、エリーシャ様たちもふわっと微笑んだ。

カロルス様の頭をしっかりと抱えて頬を寄せると、硬い眉毛がチクチク頬に当たるのがなんだかおかしくて、オレは何度も頬ずりしては笑った。


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