第288話 完璧な作戦

「ただいまー!おじい、調子はどう?」

「おかえり、調子はいいとも。お前たちが無事に帰ってきてくれたからな。ほら、少しだけど薬草も採ってきてある」

ベッドから起き上がったおじいさんは、粗末なテーブルを指して弱々しく微笑んだ。

「無理したらダメって言ったのに!そうそう、おじい、馬車ですっごいことがあったんだから!天使様みたいな子にも会っちゃった!」

「すっごく、すっごく美味しいもの食べてきたの!でも、おじいにあげられなくてごめんね…」

目をきらきらさせる少女たちにおじいさんが嬉しそうに頷く横で、おばあさんはさっそく回復薬をと、ぺたんこのかばんに手を入れた。

「……あら?うふふ、これは大切にとっておきましょうね」

回復薬と一緒にころりとテーブルに転がり出たのは、小さな茶色い小瓶。黒髪の幼子の笑顔が思い起こされ、おばあさんは柔らかく微笑むと、小瓶を大切に棚に飾った。



回復薬を使ったおじいさんは、確かに元気になった。大喜びする少女たちに、そっと微笑んでみせたおじいさんとおばあさん。二人には分かっていたけれど、それでもつかの間の健康に頼って働く以外、方法はなかった。

「この回復薬で完治はできんからなあ…この子らが自分で生活できるようになるまで、もつだろうかの……やはりお前が魔法を取り戻す方法を……」

「おじいさん、それは貴族でもないと難しいって分かってるでしょう?この子達ももう大きいわ。そろそろ自分たちでなんとかできる歳よ、私達の役目ももうそろそろ終わっていいのよ」

少し寂しげな微笑みで返したおばあさんは、ろうそくを吹き消すと自分も横になった。


寝息だけが聞こえる質素な室内で、月明かりとは別に、ぽうっと明かりが灯る。

ひら…ひら……

小さな小さな光の蝶が、1匹…2匹……

導かれるようにおじいさんの元へ集うと、やがて暗闇に溶けるように消え去った。

「………ありがとう……あなたは、やっぱり天使様だったのね…」

隣で眠っていたはずのおばあさんの瞳から、一筋、涙が流れた。


* * * * *


「ゲイラさんを覚えておいてくれよ?いいな?次に来た時は必ず指名するんだぞ?」

「う、うん!だいじょうぶ、覚えてるよぉ……!」

ぎゅう~っと抱きしめられて、じたばたする。ゲイラさんこそ、オレの名前覚えてね?!美味い飯を作る子どもとしか覚えてないんじゃないだろうか…。


名残を惜しむゲイラさんと別れたら、オレたちはまた別の馬車に乗り込んだ。今度はハイカリクに向かう馬車だから、大きめの幌馬車に乗客がいっぱいだ。

「姉ちゃんたちのじいさん、治ったかな?今度ここに来たら、見に行こうぜ!」

「そうだね~、きっと治ってるよ~」

ラキが、ちらりとオレを見て言った。

『少なくとも、おばあさんは治ったものね』

肩に乗ったモモがふよん、とオレの頬をつついた。

『えっ?主いつの間におばーさん治したんだ?』

チュー助も出てきてクイクイとオレの耳を引っ張るので、仕方なく耳打ちした。

「時間はいっぱいあったでしょう?オレ、おばあさんのお膝にいたんだから」

『そっか!おばーさんの治療するために主は寝たふりしたんだな!俺様感心したぜ!』

「…………うん」

せっかく感心してくれているんだから、そういうことにしておこう。

オレは今晩はもう一仕事、おじいさんの治療をしなきゃ!そのためにあの小瓶を渡したんだから。今回はアリバイを確保した絶対大丈夫な作戦なんだもの!オレは家の近くで遠隔に蝶々を発動させるだけでいい。生命魔法として消費すれば、茶色の瓶はただの回復薬だ。徐々に離れていく町に向かって、オレは自信満々で微笑んだ。


「ちぇ~、オレ達だって護衛できるのにさ!」

「早い者勝ちだし、他にも冒険者がいるのにわざわざ僕達に頼もうって人はいないと思うよ~」

ガラガラと走る馬車の上で、タクトがばさりと教科書を下げて空を仰いだ。ハイカリク行きの馬車は人気があるから、冒険者の数も多いし護衛希望の数も多い。今回オレたちは普通にお客さんとして乗車だ。護衛はいかにも冒険者って感じの人達。こういうのを見ると、護衛には見た目の印象も大事なんだなって思う。実際に強い人達かどうかは戦闘にならないと分からないけど、強そうだと思えば魔物も人も襲っては来ないもんね。

「オレたちは子どもだから損だね…」

大きな逞しい護衛さんを見つめてぽつりと呟くと、ラキとタクトが気の毒そうにオレを見た。

「まあ……ユータは損だろうな」

「大人になったからって……ねえ~」

意味深に顔を見合わせた二人に、なんだか無性に腹が立つ。

「二人だって子どもなんだから!オレと一緒でしょ!」

「今はな……でも俺は今にカロルス様みたいになるからな!」

「僕も家族みんな大きい方だからね~多分大きくなるよ~」

オレだってカロルス様みたいになりますー!オレの方がカロルス様と同じごはん食べてるんだから、タクトより近いはずだ!

「ユータは1年生より大分ちっこいからな」

うっ……でも、でもそれはオレが飛び級と年齢詐称してるから!だから、だから心配ないの!わしゃわしゃ、と頭を撫でるタクトの手を払いのけ、オレは動揺を押し隠して流れる景色に目をやった。どんどん開いていくラキやタクトとの身長差に焦りはあるけど……この間村で見かけたトトが随分大きくなっていてビックリもしたけど……オレの成長期はまだまだあるもの。



「今日は見張りしなくていいんだね!」

「そう思うと護衛じゃない旅っていいね~」

「それもそうだな!馬車で勉強しなくてもいいなら俺、護衛じゃなくていい!」

のんびり進む乗り合い馬車は、何事もなく夕方には休憩所に到着した。ここは利用者が多いせいか、大抵の休憩所は簡素な柵で囲っただけの空き地、という造りが多い中で、おいそれと越えられない高さの塀がぐるりと囲み、かがり火が焚かれた出入り口には兵隊さんがいる。なんでも森が近い割に人が多いから、結構厳重なんだそう。


「なんだよ、こんな護衛なら楽でいいじゃん…兵隊さんが見張ってくれてるなんてズルいぞ!」

「これもあって人気のある護衛なのかもしれないね~」

不満そうなタクトは、バターが滴りそうになったイモをがぶりと頬張った。

「あっあふっ!ふぁふ、はふ……!」

じゃがバターだもの、そりゃあ熱いよ…。じゃがいもって名前ではなかったけど、味も見た目もじゃがいもだからもうそれで良いだろう。無意味に立ち上がってハフハフするタクトに冷たい水を渡し、オレも黄金のバターが溢れそうになったお芋をはぐっとひと口。

熱々のお芋にハフハフすると、暗がりの中に白い湯気が上がった。

「これ、シンプルだけど美味しいよね~」

「ほんとに…!とろけたバターのわずかな塩味がお芋の甘味を引き立て、ほこほこしたお芋にじゅわっと絡んで食感とコクをプラスする…これで完成形、もうこれ以上のトッピングは無粋だね。シンプルで完成された味…これは目玉焼きと並ぶ、究極の料理の形だと…そう思わない?!」

「……そこまでは思わないけど~」

ホクホクのじゃがバターを頬張りながら、拳を握って熱く訴えかけたのに、ラキの薄い反応に口を尖らせる。

「ま、とりあえずうまいぞ!熱いけど!」

涙目になっていたタクトは、生命魔法水で口を癒して、既に焼おにぎりでほっぺたを膨らませている。

今日は休憩所にたくさん人がいるので、目立たないようにと、シンプルなじゃがバター、焼おにぎりに、角切り肉入り野菜スープで夕食だ。こういうのも、冒険ごはんって感じでいいよね!

『スオー、これ好き』

「あ、こら蘇芳!バターだけ食べたらダメだよ!お芋と一緒に食べるから美味しいんだよ」

『じゃあ、スオーはバターお代わりする』

もう…お芋が冷めちゃったらじゃがバターの美味しさは消えちゃうんだよ?仕方なく蘇芳のお芋に追いバターしてあげると、タオルでくるんだお芋を両手両足で抱えて、今度はちゃんと大事そうに食べていた。両手のもふもふ毛並みは、バターとお芋で無惨なことになっていたけど…。


* * * * *


「……ふう、今回の作戦は完璧だったよね!」

『そうかしら……』

二人が寝静まった頃にこそっとテントを抜け出して戻ってきたオレは、満足して寝袋に潜り込む。夜更かししちゃって、明日起きられるかな……。

「おかえり~大丈夫だった~?」

「あ、起きてたの?大丈夫だよ!」

「そう~。またこの町に来たら、顔を出しに行こうね~」

「うん!」

満面の笑みで頷いたオレに、ラキはくすっと笑っておやすみ、と言った。

『あなたって人は…!もういいわ……』

モモがまふまふとオレの上で柔らかアタックしてくる。なんだかそれ、トントンしてもらってるみたいで、眠くなるよ……。


―おやすみ、ユータ。

作戦隊長ラピスも、つぶらな瞳をとろんとさせ、小さなお口で大きなあくびをすると、ユータの胸の上でころりと横になった。

………おばあさんが起きてたような気がしなくもないけど、言ったらユータが気にするから、まあいいの。もしユータにまずいことがあったらあの辺り更地にすればいいの。

大好きなユータの気配に包まれて、ラピスも無防備に眠りについた。

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