第287話 茶色い瓶

翌朝早めに休憩所を出発したオレたちは、朝食片手に馬車に揺られていた。

「これも美味いな-!片手で食えるのもありがたい!…あんた嫁に来ないか?」

いつかのニースみたいなこと言ってるけど……ゲイラさんのとこに行くなら普通に婿じゃダメなの?どうしてオレが嫁なの……いやどっちにしても行かないけども。ちょっぴり納得いかない気分で、あむっ!と朝食にかぶりつく。今日の朝食は、薄めに焼いたホットケーキを二つ折りにして具材を挟み込んだもの。甘さは控えめでおかずタイプのパンケーキなんだけど、一応フルーツとクリームを挟んだタイプも作ったら、ゲイラさん以外の女性に大人気だった。

「あたしはこっちの方が美味い」

幸せそうに頬ばっている3人を横目に、ゲイラさんはロースト肉を挟み込んだスパイシーなやつを豪快に口に放り込み、ほっぺをぱんぱんにしてズボンで手を…

「ゲイラさん!服で拭いちゃだめ!」

「ふぉう、あいふぁほう。ふぁふが、ふぉめ!」

「……なんて言ってるか全然分かんないよ……」

とりあえずゲイラさんの手を布巾で拭ってから、新たに熱い濡れ布巾を渡すと、喫茶店のおじさんみたいにわしわしと顔を拭いてにっかり笑った。

「おう、ありがと!さすが嫁だっつったんだよ!あーサッパリした!もうちょっと拭いていい?」

すっかりおっさんと化したゲイラさんがわしゃわしゃと首筋や胸元まで拭きだして、慌てて退避してきた。おっさん風味が強すぎて色気のカケラもないけど、さすがにそれはダメだと思う…。


「美味しかったわあ~!お腹もいっぱいだし、私今までで一番幸せよ!」

「ホントねえ~!もうすぐ町に着いちゃうのが辛いな……こんなのが食べられるなら、ずうっと馬車に乗っていたいわ」

「姉ちゃんたちは貧乏なのか?」

ばっ!と左右から口を塞いだオレとラキの手も間に合わず、タクトから気持ちいいほどストレートな質問が飛び出した。

「ふふっ!そうなの、私たち一緒に住んでるんだけどね、ちょっと貧乏なのよ」

「そうか!ウチも貧乏だけどな、俺が冒険者でいっぱい稼いでやるんだ!」

「あら、偉いわねぇ。ウチはおじいさんが植物に詳しくてね、色んな薬草なんかを採って売っていたのだけど……ちょっと身体を壊しちゃってね。それで回復薬を買ってきたのよ」

お姉さんがかばんからきれいな瓶を取り出して見せてくれた。瓶の中で揺れるのは、ほんのり黄色の液体。

「あれ?オレが教えてもらったのと、ちょっと色が違うね?」

チル爺に教えてもらった回復薬は、きちんと作ったら緑色だったよ?

「おや、そんな小さいのに調合のお勉強をしているのかい?そうだね、初歩の回復薬は緑色だけれど、そこへ他の薬草と種を加えてうまく魔力を通せばこうなるのよ。こうなると2ランクは上の回復薬なの」

おばあさんが少し嬉しそうに話してくれた。

「すごい!もしかして、おばあさんは調合師さん?」

ぴょんとおばあさんの隣の席へ飛び乗ると、期待を込めてじっと見つめる。

「うふふ、そうねえ…昔は、って言った方がいいかしらね」

「おばあは今も調合師だよ!」

「そうだよ!おばあが回復薬作ってくれるから今までやってこられたのよ!」

二人が一生懸命抗議して、おばあさんは少し困った顔で微笑むと、二人の頭を撫でた。

「ありがとうね。二人はいい子ねえ……天使様はきっと見ていて下さるからね」

「もう……おばあはすぐ子ども扱いする……」

頬を膨らませた女性は、どう上に見積もっても12~14歳くらい。十分子どもだと思うけど、そのくらいで結婚する人もいるそうだから、もう大人に近いのだろうか…。


「ばあさんスゲーな!調合師って難しいんだろ?姉ちゃんたちも調合師になるのか?」

「ううん、そうできたら良かったけど、私たち魔力がないから調合師はちょっと無理みたいなのよ」

そうか、調合師にも魔力がいるんだね。じゃあおばあさんには魔力があるってことで……あれ?おばあさんが調合できるのに、どうして危険を冒してまで回復薬を買いに行ったんだろう?オレは不思議に思ってじっとおばあさんを見上げた。

「……あなたにはバレちゃったかしら。そうなの、私はもうおばあちゃんだから魔法が使えなくなっちゃったの……こう見えてね、魔法使いとしても活躍する腕前だったのよ」

おばあさんは少し寂しげに微笑んで、オレの頭を撫でた。

「……おばあさんになると、魔法が使えなくなるの?」

「うーん、そうねえ……そうなっちゃう人もいるのよ。身体に害はないのだけど、病気みたいなものね」

そうなの…?老化現象だと無理だろうけど、病気なら回復薬で治せないんだろうか?その買ってきた回復薬をおばあさんが使えば、これから先お薬を作り続けることができるんじゃないだろうか?オレの視線に気付いて、お姉さんが首を振った。

「……私たちもね、おばあにこれを使ってもらったらどうかって言ったの。でも……」

「いいえ、その回復薬では治らないわ。それに、私のは別に命に別状あるわけじゃないの、おじいさんはこれが必要なのよ」

おばあさんは、きっぱりと言った。じゃあ、おじいさんは命に別状があるってことだ……だから決死の覚悟で町を出たのかな。回復なら、オレの得意科目だけど…なんとかしてあげられないかな。

「うふふっあなたは本当にいいこね、こっちへいらっしゃい。あなたがそんな顔で悩む必要はないのよ?こんなに小さいんだから、もっと自分の好きなようにすればいいの」

おばあさんはオレをお膝にのせて、胸元に寄りかからせた。リズミカルに背中を撫でる、慣れた手つきがなんだか無性に懐かしくて、きゅっと喉の奥が痛くなった。そのごわごわしたよれた服は、砂とほこり、そして収納していたであろう木箱の香りがした。



「ユータ、着いたぞ。町を見たいんだろ?」

「え……え?」

タクトの声にまぶたを開ければ、目の前を塞ぐ何か。

「………どうしてオレの頭を机にしてるの!」

オレの視界を塞いでいたのはタクトの教科書。どうやらオレはタクトの膝枕で寝ていたようだ。

「だってよ、ちょうど良かったし。ちゃんと枕もしてやったろ?」

そうだけど!オレの顔面に教科書広げて勉強するのはどうかと思う!これはありがとうって言うべきなの?!

「ユータ、おばあさんのお膝で寝ちゃうんだもん~重いでしょ?気をつけないと~」

「えっ?!そっか、おばあさんごめんなさい!足、大丈夫だった?」

慌てて謝ると、おばあさんたちはクスクスと笑った。

「町に着くまで抱っこしていたかったのだけどね~取り上げられちゃったのよ。おばあちゃんは嬉しかったわよ、抱っこさせてくれてありがとうね。あなたはぽかぽかして柔らかくて、とても気持ちよかったわ」

や……柔らかくて……オレ、そんなに柔らかいかな…タクトみたいに固くはないと思うけど…それでも柔らかくは……。

『柔らかいのはいいことよ!誇るべきことだと思うわ!』

ぺたぺたと自分の身体を触ってみるオレに、モモが胸を張って(?)主張した。

―ラピスも、ユータは柔らかい方がいいと思うの!すりすりした時気持ちいいの!

う……うん…それは確かにそうかもしれないけども………オレだってラピスとモモは柔らかい方がいいけども……なんかちょっと違うよね…?


「あなたたちはこの先へ行くのね。残念だわ……美味しいごはんをいただいたのに、何もお礼できなくてごめんなさい。天使様のご加護がありますように!」

「またここに来たら顔を出してね!町の北門の近くで、一応薬屋としてやってると思うから……おじいが治っていたらだけど」

ゲイラさんの馬車を降りて、オレたちは次の馬車へ乗り継ぎだ。お姉さんたちは随分別れを惜しんで、オレたち3人をそれぞれぎゅっとしてくれた。

「これね、オレの作った回復薬なの。ちゃんとできてるかわからないけど、あげるね!」

「まあ、うふふ、小さな調合師さん、ありがとう。あなたに天使様のご加護がありますように!」

小さな小さな茶色い瓶を手渡して、オレたちは手を振った。

天使様のご加護がありますように!





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