第286話 後悔があるから改心がある
「お姉さんたち、ありがとう!大丈夫だった?お疲れ様~」
食糧は休憩所内の人に行き渡ったみたいだね。オレは手伝ってくれたお姉さんたちを労って、テーブルにお食事を並べる。
「ねえ……本当に良かったの?こんなにたくさん…いくら貴族様でも……」
「うん、買ったのはパンと調味料ぐらいだもの。あとは残っていた食材だから大丈夫」
「食材が……残るの……?」
あんまり上等なものを出しても良くないと思ったから、食材はなるべく安いものや、シロが狩って来ちゃったのを選んだのだけど、みんなとても喜んで食べてくれて良かった。よっぽどお腹が空いていたんだろう、じっと見つめて涙ぐむ人もいた。
「こんなおばあさんが余計なことを言ったばっかりに…小さな子に負担をかけてしまって……」
「違うよ!どうしたらスムーズにみんなに配れるかなって考えてたんだ。だからおばあさんが天使様の話をしてくれて、すごく助かったんだ!」
オレは責任を感じて元気のないおばあさんを一生懸命励ました。
あの時、どうしたらいいかと悩むオレに、おばあさんが微笑んで言ってくれたんだ…『優しい子ね、きっとその心は天使様が見て下さっているわ』って。冒険者でない人達にまで天使の話が広がっているとは驚いたけれど、それなら利用しない手はないよね!何をするにしたってこんな子どもが他人へほどこしなんて、良くは思われないだろう。でも、宗教関連の炊き出しだと思えば素直に受け取ってくれるかもしれないでしょう。
「ねえ、ゲイラさんも機嫌直してよ」
オレはもくもくと無言で食事を貪るゲイラさんに、困った顔をする。
「……別に、ぼっちゃんに怒ってるわけじゃないさ、ぼっちゃんのは世間知らずでお人好しがすぎるってだけだ。でもあいつらは……なんだよ!都合のいい……今度ぼっちゃんがお腹を空かせていても、助けてくれるとは限らないんだぞ?しめしめってほくそ笑むようなヤツらだ!大丈夫だったから良かったようなものの、根こそぎ強奪されていたかもしれないんだぞ?!」
むすっとむくれる姿は、なんだかオレの代わりに怒ってくれているみたい。
「ありがとう、でも強奪は無理だと思うよ?シールドもあるしね。」
「……だとしても!あんなヤツラにここまでしてやる必要があるか?痛い目に合った方が薬になるだろう!」
ゲイラさんもきっと、今まで嫌な思いをしてきたんだろうな。痛い目をみないと分からない、っていうのも頷ける……特にあの二人のことかな。
「俺だって放っておけばいいのにって思うぜ!でもユータだからなぁ」
「ちょっと常識外れだもんね~ユータって感じだからしょうがないよ~」
どうしてオレの名前がそう批判的に使われるのか…ちょっぴり頬を膨らませて二人に視線を向ける。
「でも……自分が被害にあっていたら、この方がうれしいでしょう?できないことはできないけど、できることがあればやってもいいんじゃない?」
オレはテント内でまだ眠っているであろう、二人の冒険者の方へ目を向けた。
「……それにね、色んな人がいるけど、助けてもらったことのない人は、あんまり人を助けようとは思わないんじゃないかな?」
たった1回の助けで、何が変わるとも思わないけど、その1回はきっと…ゼロよりはるかに価値があるんじゃないかなぁ。
「………あんたの器はでっけえな」
「ぶっ?!」
席を立ったゲイラさんが、乱暴にオレの頭をかき抱いてぎゅっとした。これがカロルス様だったらオデコをがつんと胸板にぶつけているところだ。
「……はは、あたしも天使教に興味出てきたな。あんたみたいなヤツが増えたら、一体どんな世の中になっちまうんだ。お姉さんたち、ちょいと天使様のこと教えてくれよ」
解放されたと思ったらぶにっと片頬をつまんで、ゲイラさんは離れていった。…どうやらオレはぼっちゃんから降格してしまったらしい。
オレだって、聖人さんじゃないもの、そこまで誰も彼も信用しているわけじゃない。収納袋や食糧なんかを狙ってよからぬことを企む輩だって出てくるだろうし、今夜はお姉さんたちのためにもきっちりシールドを張っておこう。
* * * * *
「う……」
「あ、おはよう…?どう?痛いところはない?」
かわいそうだけどまた騒ぎ出しても困るので、みんなが食事を終えて落ち着いた頃をみはからって冒険者さんたちを回復する。攻撃した張本人のタクトたちがいたらまた暴れるかも知れないし、テント内にいるのはオレとシロだけ。ほとんど同時に目を覚ました二人は、呆然と周囲を見回した。
「はい、これ二人の分」
状況をつかめず大人しい二人に、これ幸いと、簡易テーブルに食事を出してにこっとした。おなかが落ち着いたら、凶暴ではなくなるだろう。動物だってお腹が空いている時は危険だからね。
くわっと目を見開いた二人が、ものも言わずに食事をむさぼりはじめた。大きな身体だもの、エネルギー消費も多いだろう。行動に大いに問題はあれど、辛かったことは嘘ではない。
スープはおかわり可なので、空になった椀におかわりを注いでは渡していると、徐々にかき込むスピードが遅くなってきた。
「おなかいっぱい?食べ過ぎるのもよくないよ」
「…いいや、もっとだ…もっと寄越せ……!……温かいんだ……これ、温かい」
ぽたぽた、と水滴が落ちて視線をあげると、冒険者さんは随分ひどい顔で泣いていた。もっと、と言う割に、椀を抱えたまま離さない。
「てめえ、何泣いてやがる……お前が泣いても誰も喜ばねえよ」
もう一人の冒険者さんは、ぐっと口を結んで相方を小突いた。
『お腹空いて怒ってたの?ぼくもねぇ、お腹すいてるとチュー助に怒ったりするんだよ。お腹いっぱいになったら、幸せだよね~』
「ぅわ、なんだこの犬、やめろっ!どけっ」
シロがぺろぺろと冒険者さんの顔を舐めだして、どうやら涙も引っ込んだようだ。押しのけようとするのに構わず、ぐいとのしかかったシロに、彼は空の椀を抱えたままひっくり返ってしまった。
「は、はは……あははは!」
固い表情していた相方さんが大きな声で笑い出し、シロから抜け出した冒険者さんは、乱れた髪を撫でつけて笑う相方を睨んだ。
「てめえだって泣いてんじゃねえか、みっともねえ」
「何言ってやがる、これは無様なお前を見たからだ!笑い泣きだ!」
どこも痛くなくて、安全で、お腹もいっぱい……安心するよね。
オレはいつもたくさんの人に満たしてもらっているから、他の人にも分けてあげられる。オレだって自分の中が空っぽだったら、どう頑張ったって分けてはあげられないよ。この人たちも、いつもいっぱいだったら分けてあげられるようになるのかもね。
お互いを罵倒しあって笑う変わった二人に、オレもそっと微笑んだ。
「……ぼうず、大丈夫か?」
テントをめくったのは、この冒険者さんたちと一緒にここへ来た人たちだろうか?どうやらオレが一人で冒険者さんたちといると聞いて、心配して来てくれたようだ。
「なあに?大丈夫だよ!」
慌てて顔をごしごしやった冒険者さんたちは、少しばつの悪そうな顔をして頭を掻くと、ハッとオレを見た。
「………いやいやお前……何やってんだ、荒くれ二人と一緒にいるなんて、正気の沙汰じゃねえ!いいか、絶対こんなことすんじゃねえぞ?!」
「この野郎、無事ですんだからいいものの!どれだけ危ねえことをしたのか、分かってんのか!」
真剣な顔で詰め寄る冒険者さんに、テントをのぞく人がきょとんとしている。
「あんたら……なんか憑き物でも落ちたみてえだな」
自分たちといるなんて危険だと怒る二人に、オレは可笑しくなってくすくす笑った。
その後、促されるままにテントを出ようとする二人は、長く逡巡して一言、ぼそりと呟いた。
「……うまかった」
「どういたしまして!あっ、天使様のご加護がありますように!」
危うく大事なことを言い忘れるところだった。オレたちは熱心な信者だから献身的なんだってことにしているんだから。
「なあ、これ……」
一旦出ようとした冒険者さんが、まだ椀を握りしめていたことに気付いて戻って来た。まだ握りしめていたの?本当に簡素なスープだったのに、空きっ腹にはそんなに美味しかったろうか。
「これ、高価なもんか?金がねえんだ…これと交換してくれねえか」
オレが土魔法で作った、てきと……非常にシンプルで実用的なお椀を見つめ、冒険者さんはおもむろに腰の剣を外してテーブルに置いた。
「……?え?ええええ?!こんな椀、お金にならないよ!あげるよ!剣なかったら護衛できないじゃない!」
どうしたって言うんだろう、椀があっても食糧が出てくるわけでもないのに。他に交換できるものがないかとごそごそしだす彼に椀を押しつけ、オレは咄嗟に両手を挙げた。
「じゃあさ、オレを抱っこして!テントの天井にタッチできたらプレゼントするよ!」
「はあ?!」
戸惑う冒険者さんだったけど、バンザイして抱っこ待ちのオレに根負けして、そっと両脇を支えて持ち上げた。カロルス様みたいに大きな手だ……オレの背中で両手の指がクロスするくらいに。
壊れ物を扱うように怖々とオレを掲げた冒険者さんに、オレは楽しくなって手足をばたばたさせた。
「やめろやめろ、落ちるぞ!」
オレなんて指でつまめそうな太い腕で、大汗かいてやわやわと支える姿にますます笑ってしまう。
「何やってんだ……」
なかなか戻らない男に、しびれを切らして戻って来た相方が呆れた目をしていた。
「う、うるせえ!ふにゃふにゃなんだよ!てめえもやってみろ、潰しても知らねえぞ!」
ふむ、片方だけ笑われるのも不憫だもんね!タタンっとステップを踏んで飛び上がったオレは、見事相方さんの首にぶら下がった。ふにゃふにゃとは失礼千万!どう?オレだって鍛えてるんですけど!!
「うわ、うわっ」
慣れていないんだなあ、そうありありと分かる不器用な彼に、オレはぎゅうっとしがみついた。ふふっ!オレは中身がいっぱいだから、分けてあげるよ!カロルス様やエリーシャ様が、そうしてくれるみたいに。
「二人とも大きいね!オレも大きくなったらそんな風になりたいな!」
「俺たちみたいに…?何言ってやがる…」
スッと視線を逸らした冒険者さんに、にっこり笑って椀を差し出した。
「はい、抱っこしてくれたから、あげるね!」
相方さんにも椀を差し出すと、てっきりいらん!って言われるかと思ったのに、真剣な顔で受け取られてしまった。二人とも、どうしてそんな大事に椀を持って帰ろうとするの……。
* * * * *
「…………」
真剣な顔で手を合わせる男に、隣の男が不審げに声をかけた。
「あんたいつも何やってんだ?それ、形見かなんかか?」
「いいや、これは俺が馬鹿な男だったとき、天使から賜ったものだ」
「へえ、誰に騙されたんだ?お前はお人好しだからな!それにいくら払ったんだよ?」
大切そうに椀をしまった彼は、からかう男に真剣な眼差しを向けた。
「いいや、直接受け取ったんだ。まあ聞けよ……あの時、俺達は金がなくてな、依頼の品さえ渡せば飯が食えると…そればっかり考えてたんだ。そんな矢先に、事故で全部なくなってよ、荒れてたんだ。よくあるこった。そこで――」
あの温かさを、あの美味さを、あの後悔を。俺は一生忘れない。
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いつも読んでいただきありがとうございます。
今回のお話は、すごく好みが別れるだろうなと思いつつ書いてます。
でも、私ならともかくユータたちならこうするだろうなと。
案外人って簡単に変わってしまうもので…病気になったとき、手術の後、精神的な苦痛。その程度は本当に人それぞれで、どんな痛みにも耐えられる人なのに、たった1日の絶食が耐えられなかったり、たった3日の便秘に耐えられなかったり。その人の身体が何を生命の危機!と捉えて変貌するかはコントロールできないのかもしれません。
でも、それが解除された後、大体の人は言うんですよ。
「あの時はごめん……」
冒険者さんたちは、本来どんな人だったんでしょうね?
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