第285話 そうしてほしいから
「ちくしょう……」
煤けた服の冒険者がぼそりと呟くと、相方は不機嫌な目を向けて、イライラと馬車の床を踏みならした。睡眠不足の上に、腹が減るわ荷は失うわ…散々な目に合った。時刻は既に休憩所についているはずの時間なのに、何度も馬車の不具合で止まるものだから一向に着かない。この分だと今日も外で夜を明かすことになるのではと、他の乗客も押し黙って不安に耐えていた。
ガララララ…
またもや馬車をとめた御者に二人組の冒険者が文句を言ってやろうとした時、その脇を軽快な音を響かせて後ろから通り過ぎようとする馬車。どこにも焼け焦げや煤のない馬車に乗っているのは、見覚えのある女御者と小さな子どもだった。
「なっ…………」
二人の冒険者は駆け抜ける馬車を見つめて目を見開いた。あいつら、どうして……馬車を出すなんて不可能だったはずだ。馬車も荷も失って泣いておればいいとせせら笑っていたのに。
「どういうことだ……」
二人はうすら寒い思いで煤だらけの顔を見合わせたのだった。
「やっとか……」
それから休憩所に着いたのは既に昼下がり、普段ならそろそろ町に着く頃合いだ。それでもすぐに出発すれば、夜には到着出来るだろう。
しかし………
「それは出来ねえです、考えてもみて下せぇ!昼間あれだけ止まったでしょうが、夜にあれをするつもりですかい?!魔物の群れの中で?!」
「ぐ………」
魔物が多い夜に馬車をとめて街道脇で休むなんて、熟練した冒険者でなければ無理だ。それも、馬車と非戦闘員を守りながらなど、二人の冒険者にできるはずもなかった。
一方で、空きっ腹を抱えた乗客は、今日も野宿が決定したことに、諦めのため息をついた。
「なんだ……?思いの外多いじゃねえか」
普段ならこの時間、ここに残る馬車はほとんどいないはずだったが、今日は随分と多くの馬車が留まっている。どの馬車も煤けているところを見るに、状況は似たようなものなのだろう。
「どいつか食い物持ってねえか?おい、ちょっと見て回ろうぜ」
休憩所に着いた所でこの馬車の乗客はほとんど荷を失った者ばかり、食い物もテントもなく、馬車の中でそのまま休もうとする乗客を尻目に、二人の冒険者はすぐさま馬車を降りた。
平民もたくさんいるんだ、やつらは2,3日食わなくても平気だろう……身勝手な思いで休憩所を見回した二人は、その場の和やかな雰囲気に目を丸くした。
「こ、これは……?どういうことで……??」
貧しい暮らしで空腹には慣れているとはいえ、さすがに気分のいいものではない。ギスギスした雰囲気が広がるのが常であるはずなのに、まるで祭り会場のように楽しげな休憩所に、御者の男が困惑して辺りを見回した。
「おう、コリン遅かったな。馬車は大分イカレてんのか?」
こちらを見つけて歩み寄ってきたのは、御者の知人らしき男性。にこやかに声を掛けた男は、右手に美味そうな食べかけのパンを持っていた。目ざとく見つけた2人の冒険者がごくりと生唾を飲む。
「あ、ああ……お前のとこは?ここで泊まりか?」
御者は冒険者二人の視線を遮るように身体を入れると、知人らしい男性に早く食っちまえと合図を送る。
「おうともさ!ここで泊まらにゃ損だ!……ふん、これが欲しいか?やらねえよっ!」
あろうことか、男はひょいと顔を覗かせると、これ見よがしにパンを口へ運んだ。
「野郎!!」
当然ながら額に青筋を立てて腰の剣に手を伸ばした冒険者に、男は笑った。
「だってお前らの分もあるからな!……俺はさ、ちょっと心を改めようと思っちまったぜ…ほら、怖い顔してないで来いよ、こっちだ。中にもまだ客がいるんだろ?騙されたと思ってついてきな!」
* * * * *
「ばあさん、こいつらで多分最後だ、いいか?」
「はいはい、天使様のご加護がありますように」
休憩所の一画には、以前にはなかったはずの土壁で仕切られたスペースができており、入り口には痩せたばあさんが座って、それぞれの顔をじっと見ると壁の中を示した。どうぞということらしい。
御者と知人男性を先頭に、冒険者と乗客は狐につままれたような顔で足を踏み入れた。
「一人ひとつずつね~!まだ欲しかったらまた並んでね~」
「あ、熱いので気をつけて下さいね!天使様のご加護がありますように!」
壁の中のスペースでは、中央に大きなテーブルが設置されており、小さな子どもが二人、そこに並んだ美味そうなパンをとっては並んだ人々へ手渡していた。横合いでは痩せた女性二人が、大きな鍋から湯気のたつものを注いでは手渡している。
壁の中のにはほんのりと美味そうな香りが漂い、順番に皿と椀を受け取って立ち去る人々の顔には、穏やかな微笑みが浮かんでいた。
思いもよらない状況に、乗客たちが目を丸くしていると、彼らを押しのけて前へと出た冒険者二人組が、下卑た笑みを浮かべて突進した。
「それを寄越せ!!」
「あっ……あんたらっ…」
止めようとした男性を突き飛ばし、怒鳴り声を上げながら迫る大きな男に、痩せた女性が身を強ばらせた。
「……並んでくれる~?」
スッと割り込むように女性の前へ立った幼い子どもが、ゾッとするほど静かな瞳でまっすぐと冒険者を見据え…
額への激しい衝撃と共に、そこでぷつりと意識を飛ばした冒険者は、ドウッとその場へ倒れ伏した。
相方が倒れたことも知らず、よだれを垂らす勢いで走ってきた冒険者の片割れは、突如視界が反転し、背中から地面に叩きつけられて目を見開いた。
「……ん?あんたあの時のヤツじゃん」
「てめえ!」
覗き込まれ、自分の足を払ったのが幼い子どもだと気付いた冒険者は、額に青筋をたてて飛び起きた。そのまま剣を抜き放った姿に、遠巻きにした乗客が悲鳴をあげる。
「はあ……腹減って苛ついてんだろ、いいぜ、食って。みんな順番に、1人1つずつな」
やれやれ、という素振りで肩をすくめた子どもが、列の最後尾を示した。
「うるせえ!ガキが…生意気なんだよ!」
引っ込みのつかない男は、怒りにまかせて剣を振り下ろした。
ガキン!
無様に転がると思った少年は、なんなく剣の鞘で受け止め、目を細めた。
「それ、マズイんじゃねえ?犯罪になるぜ?」
「野郎!!」
剣を抜こうともしない少年に、男は血走った目でもう一度攻撃をしかけた。
「ほら……やっぱ俺の方が強いじゃん」
少年に届くことのなかった剣が地面をえぐったと同時に、ぐわんと衝撃が襲い、男の視界は暗転した。
* * * * *
「はい、これで大丈夫だね」
「おお……ぼうず、ちっこいのにすげえもんだ……本当にいいのか?」
「うん、お姉さんがね、天使様がきっと喜ぶよって言ってたから。それに、オレだってそうしてもらいたいって思うから」
「そう、か……」
腕の火傷を回復すると、おじさんは少し考えるような顔をして、オレの頭を撫でてから出ていった。
「はい、次の人~」
「ユータ、こいつらここに転がしといていい?」
がばっとテントをまくって、タクトが大きな男性を二人放り込んできた。
「えっ?!どうしたの?重傷?!」
意識のない二人に慌てたけれど、どうやらタクトとラキの仕業らしい。順番を守らない乱暴者だったから仕方なく、らしいけど…気絶するほど乱暴にしなくても…。
「今起こすと、きっと面倒だから~、みんなに食事が行き渡ってから起こそう~」
「ユータ、もうみんな飯食ってるから大丈夫だと思うぞ!オレたちも食おう!」
「そう?じゃあみんな一緒にたべよう!」
オレは救護室にしたテントを出て、おばあさんとお姉さんに手を振った。
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