第283話 帰りの馬車

「仕方ないね~、馬車が全部出ちゃう前に空いてるの見つけてお客として乗るしかないね~」

「それで何かあったら俺らが護衛すんの?なんかやってられねえ…」

「でも、冒険者も普通に乗合馬車には乗るよ?のんびりできていいんじゃない?」

「そうだね~じゃあゆっくりタクトの勉強時間にしようか~」

ラキの言葉にタクトが目を見開いて食って掛かろうとしたとき、目の前に影が落ちた。


「君ら、護衛したいって言ってたんだろ?ウチ、一人も護衛いないんだけどさ…乗ってく?」


あまり本意ではないのだろう、ガリガリと頭をかきながら声をかけてきたのは、まだ若い女性の御者さん。無造作にまとめられた髪はばさばさと乱れかかり、長い前髪で瞳は片方しか見えなかった。オレ、女性の御者さんは初めて見たよ。

「その、すごく助かります~。でも、いいんですか~?」

「んーまあ正直言うと良かぁないよ。でもさ、護衛がつかないんだよ…護衛いないわ客がアレだわ御者もコレだわ…ちょっとマズイでしょ?その犬がいるだけでも違うかなって思ってさ。」

お姉さんが肩越しに親指で指した馬車には、粗末な服装の12歳くらいの女性二人とおばあさん…だけ?!さすがにそれは危ないんじゃないかな…この世界では特にこどもと若い女性は悪人の餌食になりやすい…オレもよくさらわれるし。

「喜んで!乗ります!誠心誠意!護衛完璧!!」

タクトがすがるようにお姉さんの前に飛び出した。

「うーん…その馬車に僕たちが乗ると~女子どもだけってことになるよ~?さすがに危険が大きすぎない~?それでいいの~?」

確かに…金目の物こそないけれど、魔物や人さらいなんかにはまさにごちそう馬車だ。お姉さんは不機嫌そうに腕を組んで眉根を寄せた。

「良かぁねえって言ってるじゃん。でも、あんたらがいてもいなくてもこっちは出発しなきゃなんねえの。ぎりぎりまで待ってみるけどさぁ…護衛いないより犬でもいた方が冒険者乗ってんだなって分かんじゃん?それに…オリーブちゃんが黒髪のちびっこがいるパーティはイチオシ!!って力説してたんだよね、あんたらじゃないの?」

お姉さん、どうやらオリーブさんとちょっとした知り合いらしい。オレたちのこと、宣伝してくれてたんだ…。喜ぶオレたちを胡乱気な目で見るお姉さんは、オレたちを戦力として考えてはいないご様子。

どうやら馬車を完全に幌で覆って、外をシロに走ってもらうって寸法らしい。大きなシロを見て、盗賊たちが腕利きの冒険者がいる可能性を考慮してくれたら御の字ってところだ。

「どうする~?危険だとは思うけど~……」

「でも、放ってもおけないよね…オレたちがいて助けられることもあるかも…」

「一も二もなく!護衛決定!!」

実力も経験も不足したオレたちで、そもそも自分たちの身がどうなるかわからないけど、でも知ってしまって放っておくのは難しい。結局護衛を受けたオレたちは、少し馬車から離れて待機するように言われた。


「僕たちがいたら、余計に護衛がつきにくいんだろうね…」

「なんだと!俺、結構強そうに見えねえ?ナギさんだって俺が強いって認めてくれたぞ?」

うーん…タクトは強いけど、見た目はやっぱりただのやんちゃ坊主だ。大きくなったとはいえ、この世界の人はみんな大きいから………そう…みんなが大きいんだ…オレが小さいんじゃないんだよ…。

ほどなくして、ため息をついた御者のお姉さんがオレたちを呼びに来た。もう馬車乗り場の中はオレたちの馬車だけだ。

「出発だ!いいか、絶対に顔を出すんじゃないよ?しっかり幌を下ろして声も出しちゃだめだ」

ピリピリしたお姉さんが、幌がまくれないかしっかりと固定を点検しながら乗客に声をかけた…オレたちを含めて。

「あ、あの、護衛は…」

「警戒はあたしがやるよ!顔を出される方が狙われるっての!犬だけ出しといてくれよ」

完全に戦力外扱い…まあいいか、お姉さんが言うことも一理ある。でも、次の町に着くのは明日の昼だよ?ずっとこの調子だとお姉さん自身は相当に疲れるだろうな。

『ぼく、ちゃんと見張りできるからだいじょうぶー!ユータ寝てていいよ~』

そうだろうね…シロのお耳とお鼻を潜り抜けて馬車を襲う生き物なんていないと思う。せめて御者台に座ろうかと思ったのだけど、「引っ込んでろ!」と蹴飛ばされそうになったので大人しく幌の中でお勉強することにした。


「なんで…なんでだ…護衛についたはずだったのに……」

「護衛として乗せてもらいながら勉強できるなんて、ありがたいよね~」

「ホント、タクトもこれで遅れが取り戻せるね!」

タクトはすぐに酔っちゃうので、ムゥちゃんの葉っぱを咥えながら頑張ってもらおう。ちなみにオレとラキは授業の範囲はもう勉強ずみなので、交代でタクトの個別授業をしている。でも交代でやると片方は暇になっちゃうわけで…。

「ねえ、あのお姉さんが頑張ってるからおいしい夕食用意しようかと思うんだけど、どうかな?どうせオレたちの分作るんだしね」

「賛成!美味い飯!!」

「それがいいね~。じゃあタクトは僕が見てるから、ユータは何か必要なことしておいて~」

よーし、お任せ!…とは言うものの、何がいいかなあ。オレたち以外女の人だし、エリーシャ様たちみたいに甘いものが好きだったりするのかな?


『ユータ、これおいしいお肉じゃないからポイするよ』

「うん、ありがと。ねえお姉さん、夕ご飯何食べたい?」

ちょうど、シロがプレイリーキャットをぶん投げるところで、少し幌を開けて声をかけてみる。放り投げられた魔物の悲鳴が尾を引いて彼方へ消えていった。

「……犬……すげ……」

お姉さんが片方しかのぞいていない目をまん丸にして、それだけ言った。

「シロ、強いんだよ。だからお姉さんも楽にしてね!それでね、オレたち乗せてもらってるしお食事をごちそうするよ!何が好き?」

お姉さんはじっとシロを見て、張りつめていた表情を少しゆるめたようだった。

「はは…オリーブちゃんやってくれるじゃん。本当にお買い得物件だったわけだ…え?それでなんて言った?食い物の話?あたしはもちろん肉が好きさ」

当然!と言わんばかりの顔で宣言するところを見ると、どうやらカロルス様と同じ人種らしい。とりあえず肉!その次も肉!って人だね。

正直お肉好きの人はアレコレ凝ったものよりズバン!とお肉そのものの方が喜ばれる気がするので、塊肉を漬け込んでローストしよう!ついでだから今後の分もたくさん漬け込んでおこうかな。


「ね、ねえ…君なにしてるの?」

揺れる馬車の中で、せっせとお肉をたれに漬け込んでいると、乗客のお姉さんがおずおずと声をかけてきた。

「夕ごはんの準備してるんだよ!」

「夕ごはん…?あなたが作るの?どこで?」

そうか、お外で調理するのはあまり一般的ではないんだよね。せっかくだから、このお姉さんたちにもごちそうしようか!なんだかオレたちだけ食べてるのも心苦しいし。

「オレたち、いつもお外でお料理して食べるんだよ!美味しいよ。お姉さんたちにも作ってあげるね!」

二人のお姉さんもおばあさんも、とてもやせっぽっちだもの…しっかり食べなきゃ。

「私達も?でも…悪いわ、保存食は持ってきてるから大丈夫よ」

「偉いわね、他の人に分けてあげようなんて。でも私たちは大丈夫よ、おなかいっぱいお食べ」

二人のお姉さんは随分遠慮していたけど、作ってしまえばこっちのものだろう。美味しいのいっぱい用意するからね!


休憩所まであと少し…そう言えば休憩所は先に行った馬車も使っているはず…。オレたち一番最後になっちゃったけど、空いてる場所はあるかなあ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る