閑話 ハロウィン 後


がつがつ食べるカロルス様だけど、案の定かぼちゃ容器だけはまだ原型を留めるくらい残っている。

「カロルス様、ちゃんとお野菜食べようね!」

「ぐ…でもよ、中身食っちまったし…これだけ食うのはな…」

そうだろうと思ったよ…そこで秘策!寂しく残った容器をちょっと崩し、小さなお鍋を取り出すと、おたまでとろーりと中身をかける。

「…お?美味そうな匂いだな…」

「これなら食べられるでしょう?」

これは胡椒とニンニクで香りをつけて、チーズをとろとろにしたもの。シチューとの相性もいいし、なんせこってりしたものが好きなカロルス様だから、これなら食べるでしょう。

「あーっ!父上だけいいな!僕もうこれだけしか残ってないのに…」

「私も!全部食べちゃうところだったわ…」

とろーりとろーり、二人のかぼちゃにもチーズをかけて、オレもはふはふしながらかぼちゃをほおばった。ほこほこしたかぼちゃのおかげでシチューまで甘いオレンジに色づいて、じんわり優しい。今回は甘さを強調したくて、小さく切った甘芋…サツマイモも溶け込ませてるんだよ。


その時、どこからともなく小指の先ほどの黒いものがふわりと落ちてきた。

「ん、虫か?」

「あっ…待っ…シールド!」

カロルス様の大きな手のひらが小さな黒いものを叩き潰す寸前、シールドが割り込んだ。

「?なんだ?ユータどうした?」

「あのね、虫じゃないと思って…」

そっとカロルス様の手を避けてシールドを解除すると、そこにいたのは豆粒ほどの生き物。

「虫…じゃなさそうだけど…」

たとえ虫でも問答無用でつぶさなくていいと思うよ?手のひらに乗せてまじまじ眺めると、かぼちゃ色の瞳に真っ黒な体…腕の位置には小さな翼、頭にはツノ、おしりにはとかげのようなしっぽ。どことなくワイバーンを思わせる姿をしていなくもない。

「あ、もうそんな時期だね。ローウィじゃない?」

「ホントね。ってことは…今からユータちゃん特製のスイーツがお出ましになるってことかしら?!」

そうだけど…それとこの生き物に何の関係があるんだろう?

きょとんとしたオレに、執事さんが説明してくれた。

「ユータ様は初めてでしたかな?ローウィはこの時期になると出現して、すぐにどこへともなくいなくなってしまう変わった生き物ですよ。特に甘い菓子なんかを食べようとしたときに出現して、おこぼれを欲しがるのです。縁起が良い生き物と言われますので、皆少し分けてやるんですよ」

「そうなんだ!甘いのが好きなの?ちょっと待っててね」

それにしてもカロルス様、縁起のいい生き物を叩き潰すところだったよ?!


「はい、おまちどおさま」

今日のデザートはかぼちゃとクルミのタルトだよ!フィリングはかぼちゃペーストを入れたカスタードを焼いて、かぼちゃとクルミはキャラメリゼして上にトッピングしてある。

「わあ、きらきらしてるね!おいしそうだよ」

「ん~甘くて香ばしい香り!紅茶に合いそうね~」

「これ、底も食えるのか?凝った菓子だな」

ザク、ザクと音をたててジフがタルトを切り分け、きれいな三角になったタルトをサーブしてくれた。

「ローウィさんも、どうぞ」

小さく小さく切ったタルトをそっと差し出すと、ローウィは小さな羽をパタパタさせて喜んだ。一見真っ黒でどこに口があるのかわからないけど、あむっとかぶりつくところを見るに、ちゃんとしかるべき位置にあったらしい。

ひとしきり食べ終わってもまだ物欲しそうにオレの手元を見つめるので、クルミを一つ置いてあげると、コウモリみたいな羽で器用に抱え込み、カリカリといい音をさせてかじりはじめた。なんだかお菓子を抱えて食べるチュー助みたいだ。


小さなおなかをぽんぽこにして、グフーっと満足そうに息をついたローウィは、ティースプーンの上でぽてんと横になると、小さなカボチャ色の瞳を閉じた。

あんなに甘いものを食べて寝ちゃって、虫歯にならないだろうか…瞳を閉じると完全に黒一色で、まるで影になってしまったみたい。

「あ…そうだ、オレ行かなきゃ!」

黒一色で思い出して、慌てて立ち上がる。

「ちょっと行ってくる!また戻ってくるよ!」

「あ、ユータちゃん…」

エリーシャ様の声を置き去りに、ふわっと転移したオレは、真っ黒で巨大なかたまりに突っ込んだ。

「しばらくぶり!ルー、おやつ持ってきたよ!」

ふかふかの胸元に顔をうずめてぎゅうっと抱きしめると、長いしっぽがぱふんと頭を叩いた。

「来るなりなんなんだてめーは…放せ」

ぽふぽふとしっぽはオレを叩くけれど、特に振り払うでもないルーに安心して、存分にふかふかを堪能する。

「ほら、ルー甘いのも好きでしょ?タルト焼いたから持ってきたんだ!」

「ほう…」

れろっと大きな舌が口の周りを一周して、ちらりと白い牙が垣間見えた。このお口でスイーツを食べるってなんだか不思議。人の姿もとるのだから、そんなにおかしな話ではないのかもしれないけど。

ルーの分は切り分ける必要はないかな。丸ごとのタルトをどん、と出すと、金の目が嬉しそうに細まった。

ザクザクと小気味いい音をたててタルトをほおばるルーに、これ幸いとオレはオレで背中に乗っかってくつろがせてもらう。


皿の粉まできれいに舐めとって満足そうに体を伏せたルーが、ふとオレを見ていぶかし気な顔をした。

「時にてめー、その恰好はなんだ」

「あ、そうだ!これ、ルーとおそろいの衣装なんだよ!すごくカッコイイでしょう?!」

くるっと回ってカッコイイポーズをとってみたけど、反応はいまひとつ。

「フン、どこがおそろいだ…ただの子猫だろうが」

「そんなことないよ!みんなルーみたいでカッコイイって、強そうだって言ってたもん!」

「そんなわけねー」

くああ、と大あくびしたルーに頬を膨らませたところで、ぽんっとアリスが現れた。

「アリス、どうしたの?……あ、そっかどこに行くって言わずに出ちゃったもんね」

どうやら館でエリーシャ様が心配しているとのこと。そういえば眠るローウィもそのままにしてきちゃったし、ルーに別れを告げると慌てて館へ戻った。


「ただいまー!」

「もうっ!ユータちゃん心配するじゃないの!そんなにミラクルかわいらしい格好で一人で出ていくなんて…さらってって言ってるようなものよ?!」

「……かわいらしい…?」

「そうよっ!食べちゃいたいくらいかわいらしいのだから……」

オレの呆然とした様子に、マリーさんがツイツイとエリーシャ様の袖を引いた。

「エリーシャ様……」

「何……ハッ?!」

ほっぺをぱんぱんにしたオレを見て、慌ててお口を押さえたけどもう遅い。

「違うの!ユータちゃん!カッコイイのよ?カッコイイけどかわいくもあってね…それで…!!」

オレは必死に弁明するエリーシャ様に背中を向け、シロをぎゅっとして顔をうずめた。知らない!カッコイイって言ったのに……!


「あ、ユータ、ローウィが消えちゃうよ!」

えっ?!慌ててテーブルへ駆け戻ったら、すやすや眠ったスプーンの上のローウィが、徐々に…徐々に淡く透けていく…。

「ローウィ消えちゃうの…?」 

オレの声にぱちっと目を開けたローウィは、キョトキョトと周りを見回し、自分の姿を確認し、納得したように頷くとオレを見上げた。

(ばいばい、またね)

もうほとんど掻き消えそうな姿で片方の羽をひらひら振って…そう言われたような気がする。

「そっか……うん、また…ね?」

最後にふわっともやを残して跡形もなくいなくなってしまったローウィに、オレはにっこり微笑んだ。また今度ね、次もおいしいお菓子作って待ってるからね。





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なろうさんの方でローウィ画像あり

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