第225話 こどもの矜恃
ポポイッポイポイッ、シャキシャキシャキーン!
チュー助の活躍で、なかなかのスピードでミカナンの皮むきは進んでいる。それでも、この量だ…まだまだ小山の様相を示すミカナンを横目に、タクトが暴挙に出た。
「なあなあ、チュー助、どのぐらいいっぺんに投げてもいい?このぐらい?」
『ちょ、タク…おまっ…!!』
数個ずつ投げるのがだんだんじれったくなってきたらしいタクト。口では質問の形を取りつつ、がさっと掴んだミカナンをそのままチュー助に放り投げる。
シャシャシャシャシャキーーン!!!
「「「おおぉー!」」」
パチパチパチ…!
『は…はあっはあっ…こ、このくらい…わけねえさ…』
ぜーはーしながら格好つけるチュー助。
「すげーじゃん!よーしじゃあどんどん行こうぜ!早く食いてえし!」
『えっ…』
「よっしゃーさすがチュー助!師匠、漢だぜー!」
「タクト…師匠を敬う気持ちがカケラもないね~」
「えーと…チュー助大丈夫?その、助かったけど」
テーブルの上で、行き倒れのように真っ白に果てているチュー助。いや、オレも結構疲れたけど!
「ま、まあひとまず早くすんで良かった~。せっかくだから、川の方へ行って休憩しようか~」
頑張ったチュー助のおくちに、せめてとミカナンの実を入れてあげると、チュー助は脱力したまま、幸せそうにもぐもぐした。目を閉じたままもう一つ、と手を差し出すので大丈夫そうだ。
「ユータ、何手伝ったら良い~?」
「んーと…じゃあ…」
「俺も手伝うぜー!」
林のそばを流れる川に移動すると、さっそくキッチンスペースを確保する。二人とラピス部隊に手伝ってもらって、今日はたっぷりあるミカナンを使ったパウンドケーキにしようかな。手早くできるから野外で作るのにも重宝してるんだ!火加減担当のラピス部隊がいないと、安定して焼けないのがネックなんだけど…。オーブンの魔道具ってないのかな?王都とか行ったらありそうだけど…高いだろうなぁ。それを買うのを目標にお金を貯めようかな。
収納からバターや砂糖、卵に小麦粉を取り出して順に混ぜていく。この混ぜる作業だけはどうしてもオレじゃないとうまくできないみたい。
手慣れた様子で簡易かまどを作るラキ。最近こういったものを作るのはもっぱらラキの仕事だ。さすがに街の外では魔力温存のために食器ぐらいに留めるけど、日常的に使う魔法のおかげで、順調に魔力も増えてきているらしい。
タクトの方はあんまり手伝うことがないので、シロとチュー助の遊び相手だね。チュー助はまだ拗ね…へばっているからそっとしておこう。
「どおぉすこーーいっ!」
『わ~タクト、力持ち~!』
きゃっきゃ言いながら相撲モドキ?をしているらしい二人。……間違えた、シロがタクトの遊び相手…かな。
ミカナンの実は、ザクザクと刻んで生地に混ぜ込んでいく…ん~漂う香りが幸せだ。
さやさやと流れる川の横で、ミカナンの爽やかな香りに包まれていると、なんだか身体が軽くなるような気がした。
出来上がった生地を型へ流し込んだらかまどへ投入、あとはラピス部隊にお任せだ。
「ありがとう!もうあとは焼けるの待つだけだよ!」
「よっしゃー!川行こうぜ!」
「水浴びしよう~!」
ラキとタクトは何のためらいもなくぽぽいっと服を脱ぎ捨て、下着1枚で川に入っていく。わ、ワイルドだな~よし、オレも…
「あ、ユータは何か着ておいた方がいいよ~」
「えっ?どうして?」
「えーっと…人目があるかもしれないし…そう、貴族だしね~!」
「そうなの?」
渋々上着だけ脱いだ状態で川へ飛び込む!
「うわぁ~冷たい!!」
海とも湖とも違う、きりりと冷えた水の流れ。ごろごろした川底の石が、裸足の足に痛い。足の間をすり抜けて、小さな魚がたくさん泳いでいくのが見えた。
冷たい水に両手を浸して、ぱしゃんと顔を洗うと、なんだかとてもスッキリする。
「くらえー!スプラッシュソードぉ!!」
「うわーっちょっとタクト!もうっ!」
いい気持ち、なんてのほほんとしていたら、ざばーっと冷たい水が降り注いで、滴る水滴にぷるぷると頭を振った。じゃばじゃばと走って離脱したタクトが大笑いしている。
「むっ…お返し-!水鉄砲ー!!」
「あっお前!魔法は反則!反則!!」
「あははー!待てー!」
ジャキーン!と水鉄砲型に両手を構えると、ぬるつく苔に足を取られつつ、ざぶざぶとタクトを追いかけた。
「背中がお留守だよ~っ」
「ぅひゃっ!つ、つめたーっ!!」
緩やかなウォーターボールが背中に直撃する!ラキ~!!水冷やしたな?!器用なヤツめ~!
3者入り乱れての白兵戦は、焼けたんですけど!ケーキが焦げちゃうんですけど!!と怒ったラピス部隊のゲリラ豪雨で終わりを告げた。
「あーうまぁ…」
「うん、美味しい~」
ざっと服と身体を乾かして、オレたちはミカナンのパウンドケーキに食らいつく。
辺りには爽やかな柑橘系の香りとバターの甘い香りが漂って、ふんわりと空気まで柔らかくなった気がした。焼きたてのパウンドケーキは思いのほか外側がサックリして、ミカナンの風味がとても美味しかった。すっかり冷えた身体に熱々なケーキが嬉しい。たくさん焼いたから、残りはお土産にしよう。時間をおいてしっとりしたケーキも、とっても美味しいんだよ。
『上品な味ね…いいわねコレ』
『美味しい!これも美味しい!いつも美味しい!!』
『シロは何食っても美味いもんな。いいか、この芳醇な味わいが―』
お手伝いしてくれたラピス部隊とティアも、小さな器で満足そうに貪っている。焦げなくて良かった…。
さらに温かい紅茶を飲んだら、冷えた身体もすっかり温まり、3人でごろりと寝転がって空を見上げた。曇り空はいつの間にか青空に変わって、ゆったりと流れる真っ白な雲が、お日様の光を反射してまぶしく光っている。
小さな両手を青空にかざすと、ふやけた指がしわくちゃになっていて、オレは誰にともなく微笑んだ。
「…楽しかったね」
「……そうだな。なあ、ユータ楽しかったろ?」
タクトは片肘をついて半身を起こすと、オレを覗き込んだ。
「?うん…すごく楽しかったよ?」
オレに落ちるタクトの影。光の加減だろうか、どこか真剣味を帯びた瞳に戸惑った。
「だろ?…な、お前はまだ子どもなんだよ。なのにさ……色々考えすぎなんじゃねえ?」
とん、と額をつつかれてどきりとする。ずっとモヤモヤしていた心中を言い当てられたようで。
よっこいしょと起き上がったラキも、じっとオレを見つめた。色々と見透かされているような気がして、オレは少し目を伏せる。
「あのね、ユータも僕たちもまだこんなに子どもなんだよ~?おばあちゃんがね、こどもはいっぱい失敗したらいいって言ってたよ。……100回失敗したら、100回叱ってあげる…って!…それでね、ちゃんと、100回許してあげるから……って。ユータの周りの人だって、きっとそうだよ」
「!!」
「…ユータが何考えてんのかは知らないけどさ、それでいいんじゃねえ?足踏みするよりなんでもやっちゃえよ!なんかちっちゃくなってるユータ、ぽんこつらしくないぜ!」
「まあユータは…やることの規模が大きいからさ、なんでもやっちゃえっていうとちょっと大変だけど…でもさ、僕はユータはそのへんのさじ加減分かってると思うよ?今回だって……色々、考えたんでしょ?ぽんこつなりに、ね…?」
ぽんぽん、と肩を叩かれて、揺れる瞳から、ぽろりと涙がこぼれてしまった。怒られても、泣かなかったのに…頑張ったのに…。
「……ぽ、ぽんこつ…じゃ、ないもん……」
せめてもの抵抗を口にして、俺は、久々にわんわん泣いた。
温まった身体と共に、温かく満たされた胸の内が、嬉しくて、こそばゆくて…なんだか少し悔しかった。
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