第181話 モモのおつかい
あの日からモモは毎日の訓練施設通いが日課となった。主にオレのクラスの子達で毎日予約はいっぱい、それぞれの試合に時間制限が設けられるほど大人気だ。
なんせ、
「あのぽよもふっとした攻撃を!もう一度!」
「ああーあの感触が忘れられない!」
という変な人達が増殖してしまって…。ただモモはしっかりお姉さんなので、やる気がなければ攻撃すらしないし、全身にぽよもふアタックを!なんて人にはシールドオンリーの痛い攻撃をプレゼントしたりするので、必然的に全力で訓練に臨むことになり、我が5組はやたらと素早い敵への対処がうまくなりつつあった。
そして、毎回ついていってはぼうっと闘技場で暇をもて余しているだけのオレが耐えられなくなって、受付さんに懇願した。召喚獣だけ来てもいいようにして、と。
「全く1年生ってヤツはそんなことも分からないなんて…今年の召喚の先生は何やってるんだ。いいかい?召喚獣はそんなに長時間術者から離れて存在できないし、意思だって希薄なんだから、面倒がらずにちゃんと指示してあげなきゃ。」
至極まっとうなご意見をいただいたけど、受付さん、いつも試合見てないんだもの…オレが試合中に体育座りをして地面に魔方陣を描く練習をしてるとは思ってもいないようだ。
「うーん…じゃあモモになにか言ってみて?モモはとてもしっかりしてるしお話してることが分かるんだよ?オレから離れても大丈夫だから、何かお願いしてみて!」
「ははっ!召喚獣は他人の言うことなんて聞かないよ?どれ、じゃあモモちゃん?そっちにある赤いペンをとってくれるかい?」
『全く、馬鹿にして。何をしたらぎゃふんと言わせられるかしら。』
ブツブツ言いながら赤いペンを渡すモモ。
「…えっ?もしかしてオレ召喚士の才能が…?いや、従魔の方?」
ううん…残念ながらないと思うよ。
「もっと難しいことを頼んでみて?それがうまくできたら、モモだけでここに通ってもいいことにしてくれる?」
「う、ま、まぁ…そこまで他人の言うことを聞けるなら危なくもないし…そもそもスライムだし。」
モモが自分のお願いを聞いてくれることへの興味が勝ったらしい。どうせできないし危なくは無いとOKが出た。よーし、モモ頑張ってくれ!
「じゃあそこにある…」
「この部屋より遠くに離れないと、大丈夫ってことにならないでしょ?」
「いやでも…まあ送還されるだけか。」
外の石を拾ってきてとか、中々おつかいの難易度を上げようとしない受付さんにモモがイライラしている。
「モモ、怒ってるよ。もっと難しくしないと、うろついても大丈夫って証拠にならないから…。」
「はあ、そもそもスライムにおつかい頼むだなんて馬鹿馬鹿しい。よーしじゃあ食堂で今日の日替わりが何か聞いてきてくれよ!」
投げやりに言う受付さん。いやモモは話せないから!
『ふん、やってやるわよ!ここに用事を書きなさい!』
急に上がった難易度に、モモは挑戦と受け取ったようだ。おもむろにペンとメモ紙を持ってくると、受付さんに押し付ける。
「えっ?なに?これを持ってくるんじゃないぞ?」
『お馬鹿さん!』
モモがみょーんと変形して手にペンを持たせると、その手をメモまで引っ張って書け!と訴える。
「な、なに?まさか、ホントに分かってるなんてことは…?おつかいするつもり?ここに書くの?」
目を白黒させながら、とりあえず今日の日替わりなんですか?と書く受付さん。
『じゃあゆうた、行ってくるわね!』
「うん、気を付けてね!」
メモとペンを取り込むと、バウンドしながら出ていくモモ…受付さんは目が点になっている。
さて、オレはちょうど戦闘できる人がいないか探してみようかな。
「お願いしまーす!」
受付さんがぼんやりしてる間に、施設内在室中で空いている召喚士さんと対戦する。
オレの前で迫力満点に唸り声をあげているのは、大きめのオオカミっぽい召喚獣だね。ただ、普段からルーを見ていると大体の獣は小さく思える不思議。
「お前、召喚士じゃなかったっけ…??しかも一年だろ?暇だから受けたけど…こんなチビとは。怪我したからって俺のせいにするんじゃねえぞ!」
「大丈夫!怪我しないよ。」
「…なめてんのか?」
大丈夫と伝えたら、急に不機嫌になった。呼応するように大きくなる唸り声と共に、始まりの合図のベルが鳴る。
まるで放たれた矢のように飛び出した召喚獣に、『あっ』って顔をした召喚士さん。大丈夫?ちゃんとコントロール下に置いてる?
バクン!猛烈な勢いの突進食らいつき、生徒相手にこれって結構危ない召喚獣だな。噛まれる位置によっては怪我ではすまないと思うけど。
ちなみに今日の戦闘テーマは「紙一重」だ!紙一重を見極めて避ける練習なんだ。
グァルルル!
バクン!ガチン!!今にも捉えられそうで捉えられないオレに苛つく召喚獣は、徐々に興奮しているようだ。なかなか凶暴な魔物だなあ…こんな荒っぽい召喚獣は嫌だな。さっきから召喚士の指示は常に『戻れ!』な気がするけど、言うこと聞いてなくない?それともそういうフェイント攻撃?
「はあっ?!ちょっと!?君何やってんの?!君も早く!召喚獣引っ込めて!!」
ちゃんと受付から見える闘技場を選んでいたせいか、我に返ったらしい受付さんが慌てて見学席にやってきた。
「どうして?オレちゃんと受付したよ?」
「ああっ!危ないっ!!……あれ?あぶっ!…あれ?」
オオカミの猛攻を紙一重で避ける様は、あまり見物人の心臓に良くないらしい。真っ青な顔をした受付さんだったけど、オレが避けるたびに『?』が増えていく。
「…あたらねえよ、何なんだよあいつ…。」
「あ、あたらねえじゃないでしょう!あなたもこんな凶暴な魔物を使って!早く引っ込めなさい!」
「…まだ魔力が残ってるから無理。」
「はあ!?」
「無理だっつってんの!こんなに怒らせやがって…!!強制送還しようとしたら俺が危ねえよ!」
なんてはた迷惑な…。コントロールできない魔物を召喚してはいけませんって習ったよ?召喚では実力より上の魔物を喚べるので、中には送還命令をはね除ける個体も出てくるらしい。強制送還するには多少の詠唱時間が必要だから、この速い魔物の前では唱えることができないんだろう。
「なんでそんな危険な魔物を召喚したんです!」
「だって…依頼で強い魔物が出て…しょうがねえんだよ!」
うーん、それで自分の魔力が切れるまでここにいようと思ったのかな?戦闘したら魔力消費が早いしね。付き合ってもいいけど…
『ただいまー!』
ほら、モモが帰ってきた。試合はおしまいだね!なんだかざわざわと施設内が急に騒がしくなった気がする。
飛びかかってきたオオカミの下を抜けると、空中にある後ろ足を掴んでひっくり返す。
ぎゃうん!
背中から落ちたオオカミののど元へ、鞘に入ったナイフを当てて試合終了。
でも、試合なんておかまいなしと、案の定跳ね起きたオオカミは何事もなかったように猛然と向かってくる。いくら凶暴でも、よその子を送還されちゃうくらい傷つけるのはちょっと抵抗がある。
「モモ、この子閉じ込めておいてくれる?」
『OK!ヤンチャ坊主は押し入れに閉じ込めちゃうわよ!』
お、おう…モモ、なかなか厳しい。モモのシールドはオオカミ梱包にピッタリサイズ。身動きのとれないほどに狭い空間に閉じ込められて、オオカミくんは怯えている。
「……は??」
「え…??」
不自然にピタリっと固まったオオカミに二人が素っ頓狂な声を上げる。
「モモがシールド張ったからもう暴れないよ。魔力なくなるまで待つ?強制送還する?」
「「シールド…??スライムが…??」」
結構戦ってるから、モモのシールドを知ってる人は多いと思ったけど、やっぱりスライムが魔法って信じられないみたい。
呆然とした召喚士さんを放置して受け付けへ戻ると、モモが取り込んでいた紙を受付さんに渡す。
「………なんで?どうやって?」
どうやらちゃんと今日のメニューを書いて貰ってきたようだ。
「うおおー本当に渡しやがった!見ろよ、マジにスライムがお使いしてんだぞ!」
「嘘でしょー!私も欲しい!かわいー!!」
ざわざわ。
モモは後ろに群衆を引き連れて帰ってきていた。まあ校内をスライムがうろついていたらそうなるよね。お使いの一部始終を見守っていたらしい人達から歓声が上がった。
「じゃあ、これからはモモ一人で来るからよろしくね!」
「え……あ……。」
よーしこれでオレの自由な時間がとれる!その上モモと同級生の訓練もできて一石二鳥にも三鳥にもなるね!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます