第182話 おかえりを言うのは


「さて、召喚術の授業はこれで終わりです。皆さんは神秘の術を使う召喚士の才能があるのですから、自覚を持つように。」

先生がぐるりとみんなの顔をみつめて、タクトでスッと視線を逸らした。


今日は最後の召喚の授業だ。たった6回の授業でスライムを召喚し、召喚士の役割や召喚獣について学んで、それで終わりだ。各々独自の召喚獣を喚べるのは授業外になる。


召喚獣は従魔のように食費やその他のお金がかからないので、かなり有り難い存在のようだ。中でもたくさん召喚できる人は、移動や食費は一人分なのに、召喚すれば一人で一大戦力。このへんが召喚士がチヤホヤされる要因のようだね。

ウチの召喚獣は普通にごはん食べるけどね…食べなくてもいいけど美味しいものは食べたいらしい。みんなを喚んだら、召喚獣のはずなのに食費がかかりそうだな…早く冒険者になって依頼を受けられるようになろう!オレが大黒柱になってみんなを支えなきゃ!

みんな揃ったらそんな大勢で寮生活は難しいし、家も欲しいよね…広い庭のある家。早く転移を覚えて森の中に一軒家とか作っちゃおうか。


「この召喚陣は差し上げますが、いつまでもこれに頼らないように。きちんと覚えて各自で書けて初めて一人前と言えます。今後スライム以外に召喚獣を喚ぶ時は予約を取りますので、きちんと準備を整えて来なさい。では、今から予約したい方はどうぞ。」

先生の示した日程表みたいなものに、わっと群がる生徒たち。みんな早く独自の召喚獣を喚びたくて仕方なかったからね。


「…ユータ君、君はいいのですか?」

「あっ…その……オレはついてくれる人がいるので…。」

「……あなたは貴族でしたね。そう、ですか…。」

先生がとても寂しそうだ。見つめているのはモモだけど…。先生、ユータはこっちです。

「俺も予約しよっかなー!先生準備って何がいるの?」

「…あなたは一人で召喚しても構わないですが…水槽でも持ってきてはいかがです…。」

「そうか!なるほどな。水槽水槽っと。」

タクト、次は何を喚ぶつもり…?


「ユータは次どんなの喚ぶんだ?カロルス様のところで見て貰うのか?」

「う、うん…そうだね~召喚を見て貰えそうな人がいるんだ。」

「ドラゴン喚んでくれよ!でっかいヤツ!オレ赤いのがいいな!」

「……タクトは何を喚びたいの?」

伊勢エビとか?それともジャンルを変えてホタテやサザエなんかもいいかもしれない。

「そりゃカッコイイやつだ!!でっかくてさ!」

「でも…タクトの魔力量だとエビビくらいになる気がするよ…?」

「えーそんならもうエビビだけでいいかな。こいつを強いエビに育ててたら、いつかでっかくなるかもしれないしな!」

いやーそれはどうだろう…。それに万が一でっかくなってもエビはエビじゃないかな…食べ応えはあるかもしれないけど…。


切ない目でモモを見つめる先生には申し訳ないけど、オレは今後の召喚は先生の元でやるつもりはないんだ。

モモの時だってかなり光ってたみたいだし、ものすごい魔力を消費すると思うから。それに、みんながどんな姿で登場するか分からないしね。モモが言うには、こちらの生き物の中で相性の良い姿、強く望む姿で召喚されるんだって。


モモの時は唐突だったけど…今度はきちんと準備して。


次の休みに、オレは白山さんを喚ぶ。


魔力保管庫にもかなりの魔力を貯めているから、大丈夫じゃないかな。毎日魔力を注いでいる保管庫は、かなりの掘り出し物だったらしく、いまだにいっぱいになる気配はない。ある程度貯めると手を当てるだけで魔力が取り出せるようになった。でも、注いだ魔力が全て貯められるわけでもなさそうだ。どうも何割かは減っている気がする。

これだけ貯めて足りないなら、他のメンバーを喚ぶのはかなり難しくなる…。魔力保管庫が一体何個必要なのか…。



* * * * *


「…うん、うまく描けてると思う。」

何度も何度も確認して確かめる…大丈夫、どこにも間違いや歪みはないし、魔力もうまく通る。召喚陣は授業でもらったものでも大丈夫なんだけど、自分で地面に直接描く方が喚びやすく、さらに熟練したら自分の魔力で魔方陣を描くらしい…なのでオレは土魔法を使って魔方陣を描いてみた。細かな文様はかなり難しくて、何度も何度も練習したんだよ。


召喚するならここで、と決めていた、ルーのいる湖。もし…万が一魔力が暴走したり、恐ろしいものが呼び出されたりした時…オレに何かあった時…そんな時に頼れるのはルーだと思ったから。それに、ここに溢れる生命の魔素、ここで成功しないならもう聖域にでも行くしかない。

『…ゆうた、無理しないでね?あなたがもう少し大きくなってからでもいいんだから。』

「うん…ありがと。でも、やっぱり早く喚んであげたいよ。この綺麗な世界を見せてあげたいし、美味しいものもたくさん食べさせてあげたい。それに……オレがみんなに早く会いたい。」

にこっとするオレに、モモは心配げな目をした。

『あなたはすぐに無理をするから…誰もあなたを辛い目に合わせてまで喚ばれたいとは思わないのよ?』

「……そうだね。みんな、優しいもんなぁ…。」

この小さな身体で、異世界からの召喚を行うのは、確かに無茶なんだろう。でも、でもオレはそのためにここに来たんだもの。みんながいなきゃ意味が無いんだもの。


オレは静かな心で魔方陣の前に立つ。さわさわと湖を渡った風が、オレの前髪を揺らした。


ふう……緊張する。


いつもは「ここでやるな!」って言いそうなルーも、何も言わなかった。本当に危険だから、目の届く範囲でやれってことかな。

ラピスやモモたちも心配そうに見守る中、オレは魔力保管庫を抱えると、座禅を組んで集中する。


ねえ、白山さん、白山さん。もうすぐ会えるよ。必ず、必ず喚びだして見せるからね…!!


考えるのは、ただただあの懐かしい姿。楽しく過ごした過去を強く思う。

いつも全力でオレを好きだと示してくれる白山さん。あの時、一番遠く、崩落に巻き込まれない位置にいたはずの白山さん……土砂に巻き込まれる寸前、オレは確かに猛然と駈けてくる姿を見た。オレを助けたくて、自ら崩落に巻き込まれたんだ…ごめん、ごめんね。


「白山さん…一言、謝らせて。お願い……ここへ来て!!」


オレは全力で魔方陣へ魔力を注ぎ込む。どのくらい魔力が必要なのか分からない…!出し惜しみしない、とにかく使い切るつもりで爆発的な魔力を込める。


「…召喚!!」


周囲が真っ白になるほどの光がほとばしり、身体ごと吸い込まれるかのように激しく魔力を消費する。


「ピピッ!」

ごうごうと魔力の渦巻く中で、ティアが必死にオレに魔力を流してサポートしてくれるのが分かる。大丈夫、まだ大丈夫!


ともすれば力が抜けそうになる身体を叱咤して、保管庫からもぐんぐん魔力を補っていく。


「…ふ……うっ……。」


まだ…?まだだめなの…?!

保管庫はまだ大丈夫!でも…あまりに急激な魔力の消費に、オレが…オレの意識が飛びそうだ…!


その時突然、パタリと魔力の流出が止まった。

ドッと吹き出す汗に全身ぐっしょりと濡れながら、固唾を呑んで魔方陣を見つめる。オレにはこんなに魔力があったのかと驚くほどの魔力の渦…それは圧縮されるように魔方陣に収束していく。


カッ!!

「わっ!?」

見つめる先で、再び魔方陣が強烈な光を発し、思わず目を閉じた。


「?!」

同時にどすんと衝撃を受けて、背中を地面に押しつけられる。

そして、生温かいものがオレの顔をべたべたにしていく。


懐かしい、懐かしいよ……

「来て、くれた…。」


…白山さんだ…間違いなく、白山さんだ。いつも全力でオレを迎えてくれる、あの白山さんだ。


『ゆーた!ゆーた!ゆーた!!ゆーただ!大好き!大好き!!ゆーた!!おかえり!!』


ぴんと立った耳、ぶんぶんと振られるふさふさしたしっぽ、きらきらする白銀の毛並み。そして喜びを溢れんばかりに伝える淡い水色の瞳。

オレは押し倒されたまま、その首をぎゅうっと抱きしめた。


「お……おかえりを言うのは…オレだよ。おかえり…おかえり…。」


オレは白山さんの大きな身体を抱きしめてぼろぼろと泣いた。


おかえり…帰ってきてくれて、ありがとう…。


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