第175話 余計なこと
「やあっ!」
『さすが俺様!虫の装甲なんて柔い柔い!』
首を落とすのは魔法より物理攻撃の方が向いてるだろうけど、はたして短剣で固いアリを倒せるのか?と、現在許可を得て戦ってみている。幸い(?)アリはたくさんいるので困らない。
魂の重さに差は無いと言うものの、申し訳ないけどやっぱり動物っぽい魔物よりも虫っぽい魔物の方が攻撃の際にためらいが少ないな。
手持ちのナイフだと回転を加えて関節部ならなんとか、チュー助ならどこでもスッパリ切れる。やっぱりランドンさんが使っていたというのは伊達じゃ無いな。
「その短剣、本当にいい物だったんだな。うるさい精霊が憑いたまがい物かと思っていたぞ。」
『ま…まがい物……うるさい精霊…。』
「チュー助は本物なんでしょ?まがい物って言われて傷つく必要は無いよね?」
『そう…?そうか!俺様本物!遠からん者は目にも見よ!我こそはランドンの短剣であるぞ!わははー!』
「うるさい…。」
アリが増えてくるとオレ達はともかく馬が危ないので、目に入る距離でウロウロしているヤツは積極的に倒していく。魔法だと馬に乗ったまま使えるから便利でいいよね。その代わり素材が手に入らないけど、巣があればどうせ値崩れするぐらい出回るからいらないそうだ。
「お前、便利だな!お前とパーティ組むヤツが羨ましいぜ!グレイもマリーも便利なヤツらだが口うるさいからなぁ。」
どうかなーオレだってカロルス様のパーティに入ったら口うるさくなりそうだよ。もう少し戦闘以外も頑張れって。
「あ、カロルス様!あそこ!」
「ああ、あれが巣だな。」
オレが考えていたアリの巣とちょっと違った…地中タイプじゃなくて蟻塚タイプだったみたいだ。見渡す限りの草原の中、蟻の作り出した巨大な土色の建造物は、まるで風化した古代遺跡のようだった。
「すごい!これ全部アリが作ったの?」
「ふむ、そういう時もあるが、これはどうだろうな。」
このアリは一から蟻塚を作り出すことも多いが、遺跡や廃墟を利用することがちょくちょくあるそうだ。魔物がいて調査はままならず、通信機器もないこの世界、『発見されていない遺跡なんて冒険者やってたら一度は見かける』なんてカロルス様は言う。遺跡を発見・ギルドへ報告したら報奨金がもらえるものの、貴重な品があれば独り占めしようと、報告せずに一人で探索して行方知れず…ということが起こってなおさら発見が遅れるそうな…。
「これって巣にいるうちにドーンと何かで吹き飛ばしちゃったらいいの?」
「どーんと吹き飛ばせるようなものがあればそれもいいかもしれんが、巣は地下にもあるから全部とはいかんな。」
そうなのか…じゃあアリもすごい数がいそうだね。ここは魔法使いとか魔法の道具で一掃するのかな?さすがに剣でちまちまはちょっと大変そうだ。
「あまりに数が多いと冒険者の被害が多くなるからな…少しだけ減らしていくか?」
「どうやって?攻撃したらアリ全部出てこない?」
「出てくるな。飛ぶヤツも出てくるはずだ。お前、ちょっとアリの出入り口塞げるか?」
「塞いだらアリ死んじゃわないの?そのうち掘って出てくるかな。」
「いやいやその程度で死んだら苦労しねえぞ?ただ冒険者が来たときには塞いだ形跡がバレたら困るな。」
え~痕跡が残らないように塞ぐって…丸投げしてくるんだから…。
ん~これならどうだろ?とりあえず尋ねるより先に発動してみる。
「お、氷か!いいじゃねえの。言ってみるもんだな!これなら溶けるしバレねえわ。お前、そっちのひとつつぶしていいぞ!」
分けてあげるよ、みたいなノリで言われても…まあいいか。蟻塚はでっかい塔みたいなのが全部で6つ、カロルス様は二つ減らして帰るつもりのようだ。
アリ塚から少し離れた所に立ったカロルス様。ぐっと顔を引き締めて集中する姿は、ぎりぎりと引き絞った弓のような緊張感と迫力を醸し出していた。
すごいな…魔法を使えないのに魔素をあんなに集められるなんて。オレの目にはカロルス様の構える剣が五倍くらいに大きく、さらにまばゆく輝いて見えた。
「おらぁ!!」
まさに弓から矢が放たれるように、神速で振るわれた剣は飛来する斬撃を生んで巨大な建造物を真っ二つにした。と、同時にごうっ!!と巻き起こった風が逆巻いて、みるみる竜巻となる!
ガガガガッ!!
家よりも大きな蟻塚は、哀れな居住者と共にあっという間に瓦解し空の彼方へ飛んでいった…すごい!斬撃の竜巻?普通の竜巻ではあんな風に飲み込まれたものが粉々にはならないだろう。
「ふーっ、久々にやると堪えるがスッキリするな!」
「すごい!カロルス様、あれ何?!」
「飛ぶ斬撃を発展させたらああなったぞ。何がどうなってるのかは知らん!」
腹が立つほどの感覚派!カロルス様に説明を求めても無駄だな。
オレもひとつ任されたけど…どうしようかな?アリと言えども、できることなら無駄に苦しめたくはないし、あまり派手な魔法だと他の塔も崩れちゃう。
やってみたことはないけど…相手が巣の中のアリならできるかもしれない。
ぺたりと地面に手を着くと、イメージを固める。塔の下から順番に…行くよっ!
「……?お前、何かしたな?何をしたんだ?」
カロルス様…野生の勘?とても静かな魔法だったのに、なんで分かるんだろ。
サラ…サラサラサラ……
「なっ……?!」
オレ達の目の前で、塔はまるで無音映画のように静かにさらさらと崩れ落ちていく…。あまりにも静かなその様は、どこか神秘的にも、不気味にも見えた。
ついには塔のあった場所には、ただ風で流れる大きな砂の山だけとなった。
「な、何が…?中のアリは?アリはどこに行ったんだ?お前…何したんだ?」
「アリも、塔の崩落の衝撃で粉々になってると思うよ。えーと…瞬間的に強く凍らせたんだよ。」
「凍らせ…?だが凍れば固くなるだろう?」
「そう、だから瞬間的に凍らせたの。」
オレは足下の花を手にとって、瞬間冷却すると、手を離した。
「?!」
花は地面にぶつかると粉々に砕けてしまう。液体窒素を使った実験なんかでよくあるやつだね。
カロルス様はまだ呆然と花を見つめている。そうだよね…見たことのない現象だもの、不気味に思うよね。
「…カロルス様、大丈夫。人に使ったりはできないから…せいぜい虫くらいだと思う。心配しないで。」
魔法の効果は相手の抵抗力によっても結果が違ってくる。無機物に使うのと有機物に使うのでは段違いだ。そして体内魔力のある、構造の複雑な生き物や魔力の高い生き物はそれだけ魔法への抵抗力も高くなる。だから、人みたいな複雑で抵抗力の高い生き物には使えない……普通に凍らせることはできるけど。
カロルス様の前で使わなければ良かったね…怖がらせてしまったろうか。
「ぅわっ?!」
ぐいんっと上がった視界に、平衡感覚が狂ってくらくらする…突然オレを持ち上げたカロルス様は、ぎゅうっとオレを抱きしめた。
「お前、なんつう顔してんだ。バカが、そんなこと心配するかよ!」
ぐりぐり、と乱暴に頭を撫でつけると、きょとんとしたオレを馬に乗せ、両のほっぺをむにっとつまんだ。オレ…どんな顔してたの?!
「あのな、俺はお前が何しても怖がったりしねえし離れたりもしねえよ。お前ってヤツを知ってるからな。…すぐに余計なことを考えるヤツだってこともな!」
にやっと口の端を上げたカロルス様は、ひょいと馬に乗って片手で俺を抱え込んだ。
ぐっと喉の詰まったオレは、カロルス様の大きな身体にしがみつく。いつも温かい、大きな大きな身体。どうしてカロルス様はあんなにニブチンなのに、こんな些細なことには気付いてしまうんだ。
落ち着いて…オレはもう赤ちゃんじゃないから、泣いたりしないんだ。大きく息を吸って、吐いて…馬が揺れるたび、固い腹筋にぶつかるおでこに意識を集中して気を逸らす。
「ほら、もういいのか?草も花もいっぱいあるぞ。」
ややあって、どうにかこうにか心を落ち着けているというのに、そのからかうような声音にむっとして顔を上げると、ざああっと吹いた風が良い香りを運んできた。思わず身体の向きを変えて見回すと、鮮やかな色彩が目に飛び込んでくる。
「うわあ~!ここ何?!すごーい!」
カッポカッポとゆっくりと歩く馬、その周囲には一面の花畑が広がっていた。
「どうだ?お前が好きそうな場所だろ。…落ちるぞ。」
こくこくと頷いて身を乗り出す俺を、片手で抱えなおすと下ろしてくれる。
「さて、ここで飯でも食おうか。」
「えっ…急いで帰らなくていいの?」
「おう、今日はお前の褒美だろう?」
「…!で、でも…。」
「村の周りでアーミーアントなんて見かけなかったろ?あのアリは縄張りがあるから急に遠くまで行かねえよ。村にはあいつらもいるから心配ないしな。」
ああ、そっか…。カロルス様以外の戦力がみんな村にいるもの。アリがどんなにたくさん来たって平気だったね。ようやく表情を和らげたオレに、カロルス様もニッと笑った。
「…こんなに広い場所で、わざわざ俺の上に座ることないだろうに。」
「………いいの。…背中があったかいから!」
どこまでも広い場所、二人しかいない場所で、カロルス様のあぐらの上に座るオレ。いいの、ここがいいんだから。
「そうだ、カロルス様、さっきね…あの時どうしてじっと黙ってたの?」
「あの時……??ああ、花を凍らせた時か?悪かったよ、誤解させたな。…言ってもいいが……お前、笑うだろう。」
「笑う??どうして?笑わないよ!」
あのシーンのどこに笑う要素があったんだろうか?一体何を思ってじっと押し黙っていたのか…オレは真剣な顔でカロルス様を見つめる。
「あー…まあ、その…あれだ。あんな風に粉にしてスープにでも入れちまえば、野菜も食いやすいんじゃねえかと思って……。」
「……。」
「……。」
「……んぅっ……ぶっ…ぶふふうっ!!!」
あは、あはははは!!!
お花畑には、オレの大爆笑が響き渡ったのだった。
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