第174話 ご褒美に

「ユータ、お前なかなかやるようになったじゃないか。どうせ一太刀も当たらんだろうとは思ったが、攻撃にもっと困ると思ったがなぁ。」

わはは、と笑いながらも視線はまじめに書類を追っている。カロルス様は試合終了と同時に執務室に連行され、執事さん監視の下、滞っている執務をこなしていた。

「攻撃には困ったよ!オレ力ないし武器も軽くて打撃にならないし。」

「そうだろうよ、そもそも回避は一級品だが、お前の体術のレベルがここまでとは思っていなかったぞ。マリーたちも熱心に教えてたんだな!お前相手に攻撃できんだろうに。」

「カロルス様、別にオレに攻撃しなくても指導はできるよ…?」

むしろ生徒に向かって攻撃する必要なくない?そんなことするのカロルス様だけだから!マリーさんやエリーシャ様はとても丁寧に指導してくれるし、いちいち褒めてくれるのでモチベーションはとっても上がる。ちょっと大げさに褒めすぎて照れくさいけどね。

「そうか?自分で攻撃受ける方が相手の避け方や受け方も予想できていいだろ?緊張感あるしな!」

受けると痛いからね!そりゃあ緊張感増すよ…。

「あっ…そうだ、カロルス様ひどいよ!オレ連戦で3対1なんて!」

「はっは!いいだろう、勝てるんだから。1対1じゃ新兵に負けたりしねえだろ!これも多人数だと難しいって経験をだな…。」

「え~カロルス様が試合を見たかっただけでしょう。」

「ま、まあ…そういうメリットもあるな。」

書類に集中するフリで誤魔化そうとしているのが見え見えだ。じーっと机の端から見つめる視線に根負けて、ついに視線を上げるカロルス様。

「…なんだ?」

「あのね、オレ頑張ったでしょ?」

「お、おう。」

「だから……」




* * * * *


「わあーーー!広いね!!」

「おう、田舎だから何もないだろ!」

朝の透き通った空気の中、ドドッドドッと草原を駈ける馬。馬ってこんなに速く走れるんだね!しっかりと鋼の腕に抱えてもらって落ちる心配も無いし、クッションも持ってきたから完璧だ。

「ふむ、ちょっと大きくなったか。前は頭がもっと下にあったと思うが。」

「ちょっとじゃないよ!大分大きくなったよ!」

さすが子どもと言うべきか、こんなに背が伸びるもんだと嬉しく思ってたのに!後ろのカロルス様に比べたら些細な変化かもしれないけども…。

それにここの人達はみんな大きいよ…昨日久々に会ったら、村の子たちが大きくなっていてビックリした。子どもの成長は早いなぁ…。1ヶ月に1㎝以上伸びてるね!絶対!それにトトが…トトがあんな大きくなっているなんて……。


「それで?どこに行きたいんだ?」

少し遠い目をしていたら、カロルス様から声がかかる。背中を通して響く、低い声が心地良い。

「うーんと、どこでも!オレ、何があるか知らないもん。」

「何がってなぁ…何もないぞ。とりあえず端まで行くか!」


昨日カロルス様にお願いして、試合に勝ったご褒美をもらったんだ。

「お前はやっぱり変わってるな、こんな草と木しかない所を見て回りたいなんて。」

「そう?見たことない所に行くのはとっても楽しいよ!」

「草も木も見たことあるだろうが。」

草と木って…このあたりは植物がとても豊富なので、場所によってこんなにも様々な表情があるのに…。

「あっちの木も向こうの花も見たことないよ!ほら、見てあのお花の群生地!きれいでしょう?」

「そうか?確かに花は咲いてるな。どこも似たようなものじゃなかったか?」

全く、冒険者にあるまじき観察力だと思う。そう言ってみたら、俺は戦闘担当だと逃げられた。採取や選定なんかは執事さんが担当なんだとか。それってやらざるを得なかっただけでしょう…。


オレがご褒美に望んだのはこのあたりを見て回る、馬での遠出!特に、街道がない北東方面には行ったことがなかったから。馬車で街道を行き来するのではなくて、冒険者みたいに自由に草原をうろついて回りたかったんだ。

カロルス様にとってみれば近所の野原かもしれないけど、オレにとってはファンタジー世界の未知なる領域への冒険だ!楽しくて仕方ない。冒険を味わいたかったのでカロルス様と二人だけで、ラピスたちには勝手に行動しないように言ってある。その代わりモモのシールドは張っておくように言われたけど。


「この辺りにダンジョンはないの?」

「村の近くにダンジョンがあってたまるかよ!」

「どうして?」

「どうしてってお前…魔物の巣だぞ?わざわざ魔物の巣の近くに住もうって酔狂なヤツは…居ないことはなかったな。ダンジョンが多い地方は物が売れるからな、商人が集まって街になっちまった所があるぞ。」

「そうなんだ!行ってみたいな。」

「お前が冒険者になったら、いつか行くんじゃねえか?リスクは高いが、なんせ稼ぎやすいからな、商人と冒険者ばっかりの街だ。」

また行きたい所が増えてしまった。でも冒険者になったら、こうやって連れ出してもらわなくても自由にあちこち行け……あれ?でも馬車以外の移動手段が馬しかない…馬に乗れなかったらもしかして冒険に支障が??徒歩では行動範囲が限られるよね…。行きたい所はたくさんあるのに、この世界では他の場所に行くって簡単じゃないんだった…。

―ラピス達が先に偵察に行って、フェアリーサークルで移動すればいいの。

確かに!ラピスのフェアリーサークルならあちこち行けるし、転移を覚えたら問題解決かも。でも…一瞬で移動してしまうとなんて言うか風情がない?よね。いずれにせよ転移の習得を急ぐ必要があるのは変わらないけど、旅を味わいながら移動するのも目的のひとつかなって思うよ。お馬に乗る練習も頑張らないといけないかなぁ。



「あ、カロルス様、魔物!」

もはや無意識に発動しているレーダー、最近は学校や街にいるので、なんだか久々の反応だ。

「どこだ?お前、やってみるか?」

「えっ?いいの?」

「お前も強くなったからそうそう危ない目には合わんだろう。むしろ今後は戦闘の経験を積んだ方がいい。危なくなっても俺がいる。」

そう言ってオレを抱えて馬を下りると、少し離れた位置で見守ってくれるようだ。

一人での魔物との戦闘は初めてかもしれない。ラピスにはオレが戦いたいともう一度念を押して、気合いを入れる。

レーダーに反応があったのは3匹。虫っぽいかな?


「来たよ!」

「げ、アーミーアント。3匹か…全部いけるか?」

「うん、多分大丈夫!」

カロルス様が少し心配そうだけど、ただの大きなアリだ。実地訓練で見たやつとはちょっと種類が違うかな?少し角張っていて動きが速い気がする。ただ兵士3人よりは戦いやすいし、魔法が使えるなら数はあまり関係なくなる。

ここは学校で習った魔法を披露するべきだろう。アリにはどんな魔法が効くのかな?


「ファイア!サンダー!ロック!」


どれが効くのかお試しに、とりあえずそれぞれに1種類ずつぶつけてみる。

ごうっと火柱が上がり、ズドンと稲妻が走り、ドゴンと巨大な石が出現した。

魔法っていつ見てもすごい、魔法のようだってまさにこういうことだよね。ウォータとウインドはあまり攻撃向きじゃないので今回は使わなかった。

「なんだ、どれも一緒だね。」

結果、どれも「こうかばつぐん」だったみたいだ。

消し炭になった2体と石の下で潰れた1体。これって素材は絶望的だね…。どうやって倒すのが正解だったんだろう。

「……滅茶苦茶だな。アーミーアントは大して強くないしランクは低いが、装甲殻が硬くて魔法も剣も通りにくい初心者殺しなんだぞ?一度に遭遇する数が多いってのもあるが。お前はどの魔法も高威力か…苦手な属性はないのか?」

「うーん…得意な属性はあるけど苦手っていうのはあんまり分からない。練習してないやつが苦手だと思うよ?」

「そういうもんじゃないと思うが……。まあ今はいい。お前、索敵の範囲広げられたな?もう少し広範囲を見てくれるか?」


ちょっと真剣な面持ちに、首を傾げつつレーダーの範囲を広げる。

「あれ…?カロルス様、なんか向こうにいっぱいアリがいるかもしれない…。」

「やっぱりかー。こいつらは主に巣を作って群れで生活するからな…村の方には来てないからまあ巣の位置は遠いんだろうが…増えたら困る。」

「調査しに行こうよ!オレがいたら巣の場所が分かるよ!」

「う……まあそうなんだが……。俺としちゃもうお前は一人前だと思うんだが…お前を連れて行くと俺が怒られるだろう。」

「今日はオレのご褒美なんだからいいの!」

「そ、そうか?お前ももうすぐ冒険者登録するもんな…これもいい経験…だよな?」

「そうそう!いい経験!!ちゃんと大人の人がいる時に経験できる方がいいよ!」

「そうだな!ちょっと偵察してくるか!」


適当にカロルス様を言いくるめたら、アリの多い方多い方へと誘導していく。

ちなみにこのアリは硬い装甲殻が素材になるので首を落とすのが一番スマートな倒し方だそうだ。

「偵察だけなの?倒してしまわないの?」

「うーん、全部オレがやってしまうと良くねえって言われんだよ。これも金が動くことだから、ちゃんと仕事として他へ回せって。そりゃ危険が迫ってるような時は別だがな。」

「あ、そっか…冒険者さん達のお仕事を取っちゃダメだもんね。」

経済を回すのも治める者の義務か…貴族って大変なんだな。

「……なんで幼児が分かったような顔してんだよ…。」

俺はいまだによくわかんねえのによ、なんてカロルス様は少し憮然とした顔で呟いていた。


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