第176話 ユータの代わりを
「ねえ、オレが明日帰ったら、領地の生命の魔素はまた減っていくの?でもそうしたら、せっかく療養に来た人たちに影響あるんじゃないの?」
「当然だな。勝手に来たヤツらがどうなろうと関係ないだろうが。」
ふさふさしたしっぽが、機嫌良さげに揺れている。久々のブラッシングに、ルーはとてもご機嫌だ。いつもより返答の言葉が長い気がする。
お花畑から帰って、夕食後の短時間にルーに会いに来たんだ。なんだか過密スケジュールのお休みだった気がする…。
「でもさ…変な噂が広まったのはオレのせいだし…オレがいなくても生命の魔素が自然と多い状態にできたらいいのにな。」
生命の魔素ってマイナスイオンみたいなものだろうか?滝でも作れば増えたりする?…マイナスイオンが実際身体に良いのかどうかは置いといて。
「お前が毎日帰って来ればそうそう減りはしねーよ。」
「そんなこと言って…毎日はちょっと無理だし、なんか…おうちが恋しい子みたいで恥ずかしいじゃないか…。」
「じゃあ人を消して森でも作ればいいじゃねーか。」
それ本末転倒だから!まじめに考えるつもりのさらさらない、ルーの適当な返事に憤慨しつつ、オレもいいアイディアは思いつかない。
『生命魔素発生装置みたいなのはないのかしら?』
「マイナスイオンドライヤーとかあるもんね、そういう魔道具ってないのかな…。」
「魔法を発動するための魔道具が、魔力を放出するわけないだろうが。」
「そっか…でも魔道具って魔石で動くんだから………あれ?魔石は?!魔石があればなんとかならない!?」
『生命魔法の魔石?それを置いておけば確かに魔素は集まりそうだし、漏れ出る分もありそうね!』
「大きな魔石があれば、オレの代わりになるよね、きっと!」
「フン、生命魔法の魔石なんざ、超のつく貴重品だ。そんなもん村にあるのを見つけられたら戦争だな。」
そ、そうなのか…確かに聖域やそれに近い場所にしかなさそうな魔石だもんね…。生命魔法っていうのはイメージとして『聖』に限りなく近いので、少なくとも魔物から出てくることはないだろう。
うーーん、こっそり埋めておくしかないかなぁ。でも開発とかで掘り返されたりしたら…。深く埋めたら効果あるのかどうか分からないし…。
いいアイディアだと思ったんだけどな…八方ふさがりだなぁ。オレはううむと唸ってふかふかした漆黒の被毛に顔を埋めた。
「お前、生命魔法の魔石がある前提で話してるが…まさか…。」
「作ったらいいかなって。オレの得意分野でしょ?ここなら魔素は豊富だし、オレの魔力からも抽出できるし簡単そうじゃない?」
「簡単なわけねーよ。バカが!絶対に漏らすなよ、それだけは人に言うな!」
言わないよ…魔石が作れたら、確かに金の卵を産むニワトリ状態だもんね。それにしても『それだけは人に言わない』ことが結構あって分からなくなりそう。
「うん…。簡単じゃないのかな?確かに生命魔法の魔石は作ったことないし、カケラもないからイチから作らないといけないもんね…使えるかどうか分からないけど、やるだけやってみようかな。」
作れなかったらそもそも計画倒れだし、作れても使わなかったらこの湖に捨てていけばいいかな。ルーがいるから安全だもんね!
ルーに背中を預けて座ると、目を閉じて集中する。気持ちいいな…魔素に意識を集めると、本当に生命の魔素に溢れていて心地が良い。ここの魔素を減らしたくないから、できるだけ自前の魔力を使って、足りない分だけ補わせて貰おう。まるで祈りの姿勢のように両手を合わせ、その中心に魔素と魔力を凝らせていく。
『わあ…ゆうた、綺麗ね。』
『主、すげー!』
「きゅっ!」
「ピピッ!」
みんなが嬉しそうにはしゃいでいるのが分かる。生命の魔素が集まると、それだけ聖域に近く、魔物で無ければとても心地の良い空間だ。
やがて手のひらに生まれた小さな固い感触…よし、種石ができれば簡単だ、種石に魔力を巻き付けるように少しずつ少しずつ成長させていく。
どのくらい必要…?あまり大きくて何か悪影響があっても困る…。どんどん魔力を吸われてオレの額に汗が浮かぶ。ビー玉サイズからゴルフボールサイズへ、さらにテニスボールサイズとなった所で、湿ったものがオレの頬を突いた。
「そこまでだ。意識を保て、集めた魔力が暴走するぞ。」
ハッと目を開けると、心配そうにオレを見つめる小さな瞳が4つ。
「大丈夫、大丈夫だよ。ルー、ありがと。オレもうろうとしてた?」
「てめーの魔力の底ぐらい把握してろ。危なくてかなわん。」
フン、とそっぽを向く金の瞳。背中を通して、ルーが全身の力を抜いたのが分かる。
「うん、助かったよ。」
にこっとすると、ぎゅうっとふかふかの首筋にしがみついた。
『主ぃ、それが魔石?』
『綺麗ね、宝石みたい!』
テニスボール大の透明な魔石は、角度によって七色に輝いて見えた。気怠い身体を起こして、周囲の魔素を補うことでなんとか人心地ついた。
「ふう、魔石はできたけど…さてどうしようかなぁ。」
「きゅうっ!」
あ、もうそんな時間?
アリス―ラピスを通じてカロルス様からそろそろ帰ってきなさい指令が来た。
「じゃあね、ルー!また来るね。」
「待て待て!さりげなく置いていこうとするな!持って帰れ!」
ぽいっと魔石を草むらに放り投げて帰ろうとしたら怒られた。仕方ない、収納に入れておこう。使い道がなければそのうちこっそり湖に沈めよう。
「おかえり、お前と遊べなかったとセデス達が拗ねてるぞ…なんとかしてくれ。」
直接執務室へ戻ると、カロルス様に懇願された。そんなこと言われても…また今度遊ぼうね、ではダメそうだ。こういう時は…オレは真っ直ぐ厨房へと向かった。
「まあ~!美味しいっ!こんな美味しいものを開発してたの?!」
「しゃりしゃりする!もっと暑くなってきたらこれ最高じゃない?!」
うん、上手くいった。ご機嫌をなおしてもらうには、やっぱり美味しいものを添えて、だね!今回はカロルス様との共同開発、お野菜入りスムージーだ!普通に凍らせた果物をベースに、瞬間冷凍して粉砕した野菜も入れて、ミキサー(ラピス)にかければほら簡単!これならカロルス様も美味しく簡単にお野菜をとることができます!
「でもその瞬間冷凍?はユータちゃんしかできないでしょう?この液状に砕くのなら…もう少し荒くなりそうだけど回転の魔道具を使えばなんとかなるかしら?」
「別に瞬間冷凍じゃなくて大丈夫なんだよ、カロルス様は野菜が好きじゃないから粉状にしてるだけで、普通に果物と一緒に入れたらいいと思うよ。」
「あら、そうなの。じゃあ私たちでも作れそうね!」
「まずは魔道具だね!職人に頼んでみようか!」
魔道具製のミキサーか!なんだかカッコいいな。形状のアドバイス、というより国で使っていたものとして具体例は描いておいたので、なんとか形にはなるだろう。氷を砕くパワーがなければ普通のミックスジュースにすればいいし。
機嫌のなおった二人におやすみのハグをもらって部屋に戻ると、ベッドの上で天井を見つめる。
しょっちゅう帰ってきている気がしていたけど、こうして過ごすとお休みだなって気がする。まとまって帰ってくる時間ってやっぱり必要だね。
明日は学校に戻らないといけないけど、道中はエリーシャ様も一緒なんだ。アリの件で直接ハイカリクのギルドに行って依頼してくるらしい。カロルス様とセデス兄さんも行くと主張したけど、カロルス様は昨日たくさん遊んだから却下、セデス兄さんは
アリがいるのは北東の平原で、向こうは海だし街道も何もない場所なので普通人は近寄らず、縄張りが拡大するまでは特に慌てる必要もないそうだ。
蟻塚の迫力は凄かったな…でもあれがもし遺跡だったら、オレとカロルス様が跡形もなく破壊したの、マズかったんじゃないだろうか。
―あれは遺跡じゃなかったの。
蟻塚が珍しかったらしいラピスは、こっそり中まで見てきたようだ。遺跡だったらちょっと夢があるなと思ったんだけど……
「そうだ!!ねえ、ラピス、ちょっと蟻塚の所まで連れてってくれる?」
「きゅ?」
『急にどうしたのよ…?』
「ちょっといいアイディアがあるんだ!」
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